『君と一緒に』
模試が返却された。前回と変わらない平凡な成績だった。また親から小言を言われるかもしれない、と憂鬱な気分になる。
家に帰ると一足先に帰っていた弟と会った。手には成績表が握られ、弟のクラスでも模試が返却されたようだった。
弟が嬉しそうに成績表を見せる。前回より大幅に点数が上がっていた。クラスで1番だ、親から褒められたと聞かされる。
弟は優秀だ。要領良く何でも器用にこなし、勉強や運動もできる。友人関係も広く、大人数で遊びに出かけることも多い。兄の俺も慕ってくれる理想の弟だ。
嬉しそうな弟は見ていて微笑ましい。弟の成長を嬉しく思う反面、ヘドロのような思いが湧き上がる。口から漏れ出ていかないよう奥歯を噛み締める。
惨めだ。弟と過ごすにつれて俺が嫌なヤツになっていく。心の内で何度も繰り返した願いごとをまた呟いた。一緒にいたくない、早く離れられますように。
『何でもないフリ』
お風呂上がり、ふと体重計が目に入った。最近は寒さで動きなくないうえ、美味しい物が多い。そっと乗って薄目で確認した。
体重計から音が鳴った。増えてた。それも予想より多い。これはまずい。これから美味しい物が多いイベントばかり控えている。ダイエットする機会がない。体重計に乗ったまま頭を抱えた。
これが昨日の出来事で、明日からダイエットすることを決めたのだ。
しかし、今目の前にケーキがある。母が買って来てくれた滅多に買えないケーキだ。口の中に唾液が溜まる。
今日はダイエット初日だ。このケーキは我慢した方が良い。だが、この機会を逃せば次はいつこのケーキを食べられるか分からない。胸の中で天使と悪魔が囁き合う。
迷って迷って、目の前はケーキが乗っていた皿だけが残った。食べました。昨日は体重計に乗らなかったし、私は何も見なかった。ちくりと胸が痛む。ダイエットは明日から。
『逆さま』
昼下がりの授業は眠くなる。特に窓際の席に座る私は注意が必要だ。満腹感と暖かい日差しがあいまって眠気が誘われる。
今日の授業も退屈だ。既に眠気はピークに達している。いっそのこと寝てしまおうか。頬杖をついてぼんやりと晴れ渡った空を眺める。
その瞬間、窓越しに逆さまの笑顔を見た。日差しが遮られ、顔に影が掛かった。瞬きをするとその笑顔は消えていた。次いで何かが激突したような破裂音が響き渡った。
『たくさんの思い出』
部屋の掃除をしていたらアルバムを見つけた。中には自分が赤ちゃんの頃の写真や小学校入学時の写真などさまざまな写真が載っていた。
懐かしい。自分にもこんな頃があったのだ。
ページを捲るにつれて、写真の中の自分が大きくなっていく。当時のエピソードを思い出すこともあり改めて自分の成長を確かめるのは少し照れくさかった。
一通りの写真に目を通し、アルバムから自分が載った写真を取り出していく。全ての写真を取り出すと予想より少し多かった。油性ペンを手に取り、写真に向かい合う。それからはひたすら自分だけを塗り潰し、これまでの思い出を一つ残らず消していく。
その後、塗り潰した写真たちは燃やした。これで自分の写真は見つからないだろう。立つ鳥跡を濁さず、全て綺麗に掃除しておかなければ。遺影にあんな楽しそうな写真を使われてたまるか。
ひどく質素になった部屋の机には遺書とロープが置かれていた。
『スリル』
手のひらサイズに切り取られた紙を折り、紙を更に小さくする。紙には、定義や成り立ち、記述問題の長文解答が書かれている。小さくなって見える範囲が限られた。
服はオーバーサイズの物を用意した。袖口からは折った紙が入るかの確認も忘れない。
俺は今日の試験でカンニングをする。
カンニングペーパーを仕込み、紙に書いた解答をバレないよう解答用紙に写していくのだ。
試験中は教壇から試験監督が監視しているから、試験前に少し工夫しておく。前から問題用紙や解答用紙が配られている最中に、カンニングペーパーを机に置き、その上から用紙で隠す。後は、カンニングペーパーの存在がバレないように問題用紙で隠しながら解答を書く。解き終わったら袖口にカンニングペーパーを押し込み、何食わぬ顔でペンを置いて解答を終えるのだ。
前方から教師が用紙を配り始め、これからの行為に心臓が僅かに速まる。
体が言いようのない緊張感に包まれた。