まだ君は泣いているんだね
張り裂けそうな悲嘆を抱えて独り、空に立っている
乾いた素振りで暴れてみても
その瞳は晴れた日差しを忘れて雲に隠れて
涙を湛えて耐えてきたのだろう
幾度も日が昇り、月が巡る、永い時の中に閉じ籠り
もはや価値を無くした冠一つ抱き締めて
迸る光だけが君に残された雫だった
君は愛されずに生まれて、多くを愛した
多くを望み、それ以上を与えた
惜しみなく、つつがなく、君は空に立っていた
いつか君を穿つものがあるならば
それは鬼でも蛇でもなく、頬を伝う雨なのだろう
神が運命を定めるならば
君は何処へ向かうのだろう
旅立ちの時、僅かでも笑えていたら良いのだけど
美しい心の行き着く先は、きっと
聞いているか、聞こえているか
例え忘れてしまっても、結んだ縁が断たれても
君のことを迎えにいくよ
いつか世界が砕ける瞬間に、今度こそ共に在ると誓おう
手を繋いで共に終わり、次があるなら並んで歩こう
君が唄う神鳴りを標に、迎えにいくよ
傲慢だと笑っておくれ
それでまた君が寄り添ってくれたら良い
泣き止んで虹も霞む笑顔を見せてくれるのなら
それに勝る幸福などないのだから
(遠雷)
耳を塞いで、目を瞑って、膝を抱えて縮こまる
息を潜めて、神経を研ぎ澄まして、見つからないように
けして見つからないように、口を覆って縮こまる
薄暗い倉庫の隅、埃に誘われて音を出さないように
物言わぬガラクタの山、どうか私を隠しておくれ
父に連れられ、聞かされた真偽不明の冒険譚
胸を躍らせた幼い私のこと、覚えているだろうか
もう二度と聞くことの出来ない物語
帯紙に書かれた英雄の言葉に憧れた私のこと
まだ導いてくれるのなら、どうか崩れぬ城のままで
もう長い間、静寂に包まれた山の麓
錆びた窓枠から覗き見る世界は廃れて虚しく
不貞腐れた空が灰色の雲を呼び集める
やがて雨が降り出すだろう
重苦しい空気が私のことを告げ口してしまいそうで
予兆すら分からず震えている
私は弱く、誰も守ることが出来なかった
愛していると伝えることも出来なかった
悪夢を洗い流して、目を醒させてくれれば良いのに
あるいはまだこの胸の内に燻る炎があるだろうか
私の幼い頃、母の語った言葉を追想する
盗んで学べ、その一雫を見つけて選んで掴み取るように
あの日、彼女は何処を見ていたのだろう
繋いだ手は温かかったけれど、不思議と教訓は沁みず
雨粒のように、腕を伝って落ちていった
水溜りはとうに枯れ果てて、風景すら思い出せない
あの後、彼女はどんな顔をして告げただろう
さよならを、天秤から零れ落ちた私へ
泣き叫んで抱き締めて、引き留めたら良かったのか
尊重だの自由だの知った風に、大人ぶって頷くべきか
涙を涸らし、喉を潰して、得られる未来があれば良い
本当にあれば良かったのに
そして曇天から白い手が降りてくる
血の通わない、招かれざる五本の指
静寂の中、濃霧に紛れて誰もがきっと隠れている
不可視の縁に生かされている
友よ、未だ交わらぬ名無しの輩よ
まだあなたが生きているのなら応えて欲しい
帰らねばならぬ、そう告げてくれ
いつか晴天の下で名乗り合い、祝杯の明日へ至る為に
(終わらない夏)
満たされた世界は幸福か
籠の中の鳥、あるいは蝶、何だって構わないけれど
小さな瞳は蒼天の夢を見るか
ある人は言う
あるべき姿は自然の中に
見下して愛玩する、管理を慈しみと謳う哀しきエゴ
けして離さず浸らせて、呆けた童を絞殺するように
飾り立てた言葉で陶酔する偽善者
食い漁る命は美味しかろう
肥やした花月を彼等は二度と忘れられない
またある人は言う
輪郭を描く手、瞬くような奇跡
尊き命に慈悲の雨を、覚悟を超えて至る絆を
透明な涙はやがて乾くけれど、抱いた温もりは伝える
形なき価値、音なき呼吸、空の掌に積もる
それは消えることのない宝
何人たりとも奪うことのできない記憶という富
閉じ込められたか、籠ったのか
囚われたのか、選んだのか
蒼天はいつか真実を語るか
必要ないのだと思う
初めからそんなもの無くてもいい
答えを得る前に例え世界が滅びても
この目の映す視界だけが、私の選んだ生なのだから
(遠くの空へ)
あなたは弾丸だった
優しくて温かくて離れがたくて、ゆえに残酷な鉛玉
気障な言葉で飾ってみても
本当に撃たれたことなどないのだけれど
私を貫いたあなたは空へ消えて、二度と戻らなかった
寄る辺のない心は一向に根を出さない
風の凪ぐ街、大樹のそば、向日葵の咲く黄金の海の中も
噴き出す想いを慰めてはくれなかった
汗だくになるほど暑いのに、寒くて
誰も振り向かない街並みが穏やかで、寂しかった
報われないと分かっているのに
たとえ四方八方から刺されても
胸が騒いで仕方なくて、飽く暇などなくて
毎日、街灯の下で待つのをやめられなかった
鳥が鳴き始める頃、月が何度巡っても
きっと約束を果たしに帰ってくると信じていたくて
あなたのことを勝手に背負って泣き暮れていた
全て捨ててしまえ
初めから無かったのだと繰り返し刻み込む
胸に穴を開けた痛みも、焼け付く熱も、滴る血も
初めから無かった、何も失ってなどいない
馬鹿な私
赤く赤く染まる視界の中、けれどあなたを忘れられない
何度だって指切りをする
照れ臭そうな、そのくせ強引なあなたが好きだった
些細な悪戯で振り返る
大袈裟に怒って、呆れて、また笑ってくれる
晴天のようなあなたのことが好きだった
堕ちた鉄塊から悪魔が生まれる前に
最後の一発はこの時の為
私も弾丸になって羽ばたくの
(!マークじゃ足りない感情)
君がさよならを告げる頃
私は汗の匂いとシミばかり気にしていた
焼かれて転がる蝉を踏まないように歩いたあの日
夕焼けに滲む花畑が、嘘みたいに綺麗だったあの場所で
私が気にしていたのは君じゃなかった
塗りたくった化粧は溶けていないか
傷んだ鼻緒が今に千切れてしまわないか
立ち寄った喫茶店で忘れ物をしなかっただろうか
湿った髪の項垂れる気配がする
滴る汗が煩わしくて、纏わり付く裾に苛立って
洗った服は皺になるかな、面倒だな、なんて考えて
投げ出した現実を尻目に、無益な明日を憂う
呆れた顔で笑う君のこと、本当はどうでもよかった
初めから恋していなかった
最後まで愛せなかった
早く自由になりたくて、一人の私へ帰りたくて
なのに、どうして応えてしまったのだろう
それより次に買う服は、スカートじゃなくても良いかな
二人を割くように飛び上がる花火の何と虚しいこと
本当は嫌いだったの
嫌で嫌で、仕方が無かった
君のことじゃないけれど
いや、結局合っているのかも
嫌いだよ、大嫌い
誰よりもずっと
(真夏の記憶)