耳を塞いで、目を瞑って、膝を抱えて縮こまる
息を潜めて、神経を研ぎ澄まして、見つからないように
けして見つからないように、口を覆って縮こまる
薄暗い倉庫の隅、埃に誘われて音を出さないように
物言わぬガラクタの山、どうか私を隠しておくれ
父に連れられ、聞かされた真偽不明の冒険譚
胸を躍らせた幼い私のこと、覚えているだろうか
もう二度と聞くことの出来ない物語
帯紙に書かれた英雄の言葉に憧れた私のこと
まだ導いてくれるのなら、どうか崩れぬ城のままで
もう長い間、静寂に包まれた山の麓
錆びた窓枠から覗き見る世界は廃れて虚しく
不貞腐れた空が灰色の雲を呼び集める
やがて雨が降り出すだろう
重苦しい空気が私のことを告げ口してしまいそうで
予兆すら分からず震えている
私は弱く、誰も守ることが出来なかった
愛していると伝えることも出来なかった
悪夢を洗い流して、目を醒させてくれれば良いのに
あるいはまだこの胸の内に燻る炎があるだろうか
私の幼い頃、母の語った言葉を追想する
盗んで学べ、その一雫を見つけて選んで掴み取るように
あの日、彼女は何処を見ていたのだろう
繋いだ手は温かかったけれど、不思議と教訓は沁みず
雨粒のように、腕を伝って落ちていった
水溜りはとうに枯れ果てて、風景すら思い出せない
あの後、彼女はどんな顔をして告げただろう
さよならを、天秤から零れ落ちた私へ
泣き叫んで抱き締めて、引き留めたら良かったのか
尊重だの自由だの知った風に、大人ぶって頷くべきか
涙を涸らし、喉を潰して、得られる未来があれば良い
本当にあれば良かったのに
そして曇天から白い手が降りてくる
血の通わない、招かれざる五本の指
静寂の中、濃霧に紛れて誰もがきっと隠れている
不可視の縁に生かされている
友よ、未だ交わらぬ名無しの輩よ
まだあなたが生きているのなら応えて欲しい
帰らねばならぬ、そう告げてくれ
いつか晴天の下で名乗り合い、祝杯の明日へ至る為に
(終わらない夏)
8/17/2025, 11:27:33 AM