白亜の檻にて綴られるただ一つの詩
埋もれた原稿の片隅に残されていたような
靴跡塗れの絵空事
天蓋の中で書き殴った紛い物
遠い昔、そのまた昔、踏み躙られた無辜の殻
透明な蕾は涙を啜り
虚飾の色を吸い上げて
奈落より暗い花を咲かせた
誰も知らない御伽噺
けして叶えてはならない不思議の国よ
掠れた深淵を丁寧に
何度も重ねて周到に、確かに沈めたはずなのに
溢れる雫はこの顔を溶かして
望まない祝福を、夜明け前まで染め上げる
朝が来なければ良い
彼が来なければ良い
願ってはならなかった崩壊の序章
楽園は翻り、無垢な少女は突き落とされる
黒い花は踊り狂う
ただ一つの詩を携えて
(物語の始まり)
刺された荊は数知れず、無様を晒して生きてきた
曇天を越えれば沛雨に見舞われ
泥に足を取られれば、夥しい手に掻き毟られて
結局どこにも辿り着けない
燃え滓の絶叫と曼珠沙華
惨めなばかりの枯れ尾花
慰めの唄を忘れた卒塔婆の群れ
灯火の届かない夜のしじまに飽いて酩酊
幾度朝を迎えても、私を迎える国はなく
吼える獣も喰らわぬ毒が
ただただ蔓延り世を腐らせる
神よ仏よと願っても、お誂え向きの偽善は門前払い
呑み干す灼熱で喉を焼き
浅い眠りで私をあやめて
三途の川を漫ろ歩き、それでも迎えは訪れない
待ち惚けの髑髏
吐いても泣いても目は覚めて
この体はまだ肉を纏っている
耳障りな鼓動が鳴り止まない
どれほど黄泉を描いても、この器が渇望する
呼吸を止めれば、それは怒涛のように押し寄せる
芯から来たりて響く責務
こんな騒音の中では眠れないだろう
(遠くの声)
あの頃は狭い壇が全てだった
当たる陽なければ世界の終わり
伸ばした爪では割れない硝子の先に
群がる花を睨みながら
きっと同じように咲いてみたかった
出る杭を打つか、上手に接ぐか
箔押しの絆で満足するか
爪を立てて剥がす輩に、手向けられる色などない
星に願いながら見つかる日を恐れた
遠ざかるばかりの崖に唾を吐いて
狂った芝居で冷める頬
叶う夢などありはしない
左足で捏ねて作られた土塊は
乾いて崩れて去っていく
自ら這いずり出た素振りで
幻影に後ろ髪を引かれながら
幼い私を捨てていく
またひとつ、骸を運ぶ花筏
露と消えにし諸恋の夢
(春恋)
雲海の向こう、潮の底にて
まだ眠る幼体の鼓動に耳を澄まして
鰭を持たない腕は
奏者のいない砂の舞台で、微かな律を手繰るように
揺れて踠いて、泡に願いを閉じ込める
弾けた音を聞き届けて
不確かな影を、心だけは追い求めて
メアリー・セレストを探し当てて
沈む私は鉛のように
名もなき藻屑と忘れ去られる
紺碧のドレスはすっかり汚れて
それでもあなたを待っている
暗い海底で、群がるセイレーネスが岩礁になっても
天に遍く降る慈雨
あなたの旅の果て
星空を渡る小さな船は、きっと私の下へ辿り着く
けれど私は拒むでしょう
港はあちら、灯台の向こう
終局に湧き出る、警笛を鳴らして
嘘吐きの波濤と気紛れな青鷺が
眠るあなたを引き離す
どうか欠片を手に地上まで
どこかで語られる朧月夜、優しい調べ
寂寥を奏でる貝殻と、泡沫夢幻の浪漫譚
覚えてくれている
それだけでいい
初めから満たされていた
空想を抱いて、私は壊れてしまうけど
廻る潮流に導かれ、きっといつか出逢えるから
(未来図)
兵どもが夢の跡
有象無象の血を吸って不遑枚挙の花が咲く
どこからか聞こえる祭囃子
童の駆ける土の下、砕ける骨を如何せん
憂う心は春時雨
どうせ忘れる夢ならば
なんぞ燭を秉て遊ばざる
移ろう命は花吹雪
時代も人も五十歩百歩、踊らにゃ損と花が散る
酔いも甘いも噛み分けて
釣鐘帽子に飾りましょう
千枚の葉が落ちるまで
高歌放吟と歩こうか
泥濘む雨後に天晴れと
ばら撒く血潮が道となる
(ひとひら)