きみが涙の理由を教えてくれるなら、
3つ数えてから抱きしめに行くよ
テーマ【涙の理由】
ご飯できたよー。お母さんの間延びした声でふっと集中力が切れた。
慌ててスマホを確認してみると、時刻はすっかり正午を回っていた。朝食を取ってから自室にずっと籠っていたようだ。
机の上に意識を向けると、ノートの傍らに置かれた青チャートや乱雑に積まれた問題集たちが目に入る。同時にそれらに書き込まれたいくつものバツ印と訂正にくらりと眩暈がする。
今度の定期考査では何が何でも点数を取らなければいけない。それが成績表の良し悪しに直結し、そしてその良し悪しは私が第一志望の大学への校内推薦を勝ち取れるかに直結するからだ。
校内推薦の枠は非常に狭き門だ。加えて私の志望校は学校自体の人気も高く、学年中の校内推薦狙いの生徒がこぞって枠を勝ち取ることを目指している……らしい。
運動や芸術が特に秀でているわけでもなく—つまりスポーツ推薦やAO入試には勝ち目がない—かといってなんとかオリンピックみたいな研究活動で素晴らしい結果を残してもいない。
この平々凡々ガリ勉少女がその有象無象のライバルを蹴散らすためには、圧倒的な成績という武器で殴り込みをかける他に術はないのだ。
両手を組んで目いっぱいに上へと伸ばして長時間の勉強でガチガチになった肩と腰を労わる。
さあ、昼食を取ってからもうひと頑張りしよう。
テーマ【束の間の休息】
夕方なのに空が明るい。
殺人級の日差しに蒸されながら何となく働いて、定時上がりの解放感と少しの気だるさを持って何となく電車に揺られて家まで歩く。
そんな夏日にふと気がついたのだ。
同時に、空というものが視界いっぱいに飛び込んでくることにも気がついた。
空は広い。空は世界中で繋がっている。
至極当たり前な言葉を、視覚で、肌で感じた。
途端に怖くなってきた。
空の広大さがちっぽけな私を飲み込んでしまうんじゃないか。
空が明るい時間が長くなってきた。
このまま夜が来なかったらどうなってしまうんだろう。
テーマ【空を見上げて心に浮かんだこと】
気がつかないうちに、恋のキューピッドになっていたようだった。
まばゆいシャンデリアの光の下で照れ臭そうに微笑む新郎新婦に視線を向けつつ、目の前の高そうな肉を咀嚼する。
中学からの親友と大学時代の友人が結婚した。
私たちには共通の趣味があって、その繋がりで二人は知り合った。
だからなのだろう。さっき、ただでさえ忙しい二人なのに、わざわざ私のところに来て
「みきちゃんがいてくれたから、私たち今日すっごく幸せだよ。ありがとう」
なんて見たこともないような笑顔で言ってきた。
私はきちんと笑って、おめでとうと言えていただろうか。あまり自信がない。
このもやもやした気持ちは何なのだろう。
ただ分かることといえば、
君が私の人生にいたからこそ、
どうしようもなく嬉しくて、こんなにも苦しい。
テーマ【あなたがいたから】
紫陽花を煮ている。殺してやる、と思ったから。
朝起きたら、あいつは消えていた。
『他に大切な人ができました』なんて他人行儀なメモだけ残して出ていったのだ。
手に力が入り、心の奥底でなにかが燃えているような感覚。
途端、家を飛び出し駅に向かって駆けていた。
初夏のじめじめした空気が纏わりついて頬を掠めていく。
何気なく会話して歩いた散歩道、行きつけのコンビニ、待ち合わせ場所のバス停。
思い出が次々と視界を流れていく。
ふいに堪えきれなくなって、
追いかけるのをやめた。
去年告白してくれた公園にも、あいつはいなかった。あいつの代わりに青い紫陽花が一面に広がっていた。涙みたいだった。
悔しくて、辛くて、まだあいつが好きな自分に腹が立った。
だから紫陽花を煮ている。
恋心を殺してやる、と思ったから。
テーマ【あじさい】