3/16「怖がり」
この部屋に住み着いた何かはひどく怖がりのようで、今まで一度も顔を出さない。
僕が独り言を言ったり、物音を立てるたびに、驚いたようにガタッという音がする。
いるの?と声を掛けると、今日は食器棚の隅からカタカタと震えるような音がする。
別に何もしないんだけどなぁ…とつぶやいて、僕は今日も読書を続ける。
(所要時間:5分)
3/15「星が溢れる」
両手で器を形作って、流星群を受け止める。
ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ。落ちてくる星はどんどん増え、そして数え切れなくなる。
やがて両手から溢れ出てこぼれ落ちた星は、はらはらと風に溶けていく。
そろそろいいかな。空に放り投げる。
星たちは夜風に溶けながら散っていく。やがて空に還っていく。
また、30年後。
(所要時間:5分)
3/14「安らかな瞳」
その茶色の瞳はいつも安らかで、心を落ち着かせてくれる。イライラした日も落ち込んだ日も、心配そうに覗き込んでくるその瞳が、私を癒やしてくれる。
私の可愛いクラリス、私の可愛いパートナー。愛護センターから引き取られて6年目の記念日、おめでとう、そしてありがとう。
(所要時間:6分)
3/13「ずっと隣で」
河原に座って1時間。その花はずっと、私の隣で揺れている。慰めるように。励ますように。
母が亡くなった。
その花はずっと、私の隣で揺れている。慰めるように、励ますように。
まるで、私が小さい時の、母のように。
(所要時間:4分)
3/12「もっと知りたい」
空気はどうして透明なんだろう?
そもそも本当に透明なのかな?
見えているものは、その通りに存在するのかな?
知りたいことが、たくさんありすぎる。ひとつの疑問は次々に連鎖する。
知りたい。もっと知りたい。すべてを知りたい。
でも、もしもすべてを知ってしまったら、それ以上知ることができなくなってしまうのかな?
だとしたら、神様はきっと、つまらない。
(所要時間:4分)
3/11「平穏な日常」
「ふぁ…あぁ〜あ」
「口に手ぐらい当てろ、いい年の娘がみっともない」
大あくびをしたあたしにパパが指導を入れる。
「だって、なんかこう…平和で眠いし」
「いい事じゃないか」
「まあね〜」
昨日は久々に妖魔と戦った。低級のだったから大した戦いじゃなかったけど、放置したらヤバいのは変わらない。
「はふ…ふあぁ〜」
「気緩めすぎだろう」
「あふ〜…」
ま、そういうわけで、あたしたちはこの街の平穏な日常を守っているんだ。
(所要時間:6分)
3/10「愛と平和」
瓦礫の山。あちこちに上がる煙。いまだ燃え続ける炎。
「我々は進む! 世界の愛と平和のために!」
進軍が、再開した。
(所要時間:2分)
3/9「過ぎ去った日々」
俺は元映画俳優。若手の頃は売れなかったが、実力を伸ばして大成し、大物女優と結婚して、今は―――
四児の父として主夫をしている。
こんなはずじゃなかったんだが、結婚してすっかり油断してしまった。体重は30キロ増え、かつて一斉を風靡した風貌は時の彼方。ああ、懐かしき風景はセピア色、だ。いやまあそんなに古い映画に出てたわけじゃないが。
「ただいま。ダーリン、お風呂わいてる?」
「わいてるよ、ハニー」
妻は相変わらず美しく、相変わらず俺を愛してくれている。俺の日々がいかに過ぎ去ろうと、これだけが変わらないのは救いだ。
そんな俺を、4人のわんぱく坊主たちがもみくちゃにする。ああ、この日々はいつ過ぎ去るんだろうなぁ…。
(所要時間:7分)
3/8「お金より大事なもの」
ある時、人間の争いを見かねた神が、金よりも大事なものを探せと全人類に告げた。
ある者は愛だと言った。しかし愛では生産性が上がらず、人々は飢えた。
ある者は命だと言った。結果、生き物を殺すことができなくなり、人々は飢えた。
ある者は言った。豊富な食糧があれば、人は争わないと。
「というわけで、神様。お金より大事なものは、豊富な食料をくれる神様です」
人間は神の怒りで滅びた。
(所要時間:6分)
3/7「月夜」
「美しい月ですね。まるで―――」
「この世の終わりのよう」
令嬢はそう微笑んだ。「あなたのように」と言いかけていた侯爵は鼻白んだ様子で目をそらす。
「本当にこの世が終わってしまえばいいのに。あなたなんかと結婚するくらいなら」
「レディ」
「来世は」
令嬢は月を見つめる。
「来世は必ず、添い遂げて見せるわ」
令嬢は、月を、見つめる。
(所要時間:6分)
3/6「絆」
「離しても、いいんだぜ?」
ニヤリとヤツは笑う。まるで死ぬのすら怖くないような顔をして。
「誰が離すかっての」
アタシもニヤリと笑う。
高い荒波に揉まれる船、暴風雨にさらされた甲板で、アタシは手すりから身を乗り出してヤツの手を掴んでいた。
離せばヤツは一瞬で海の藻屑になるだろう。アタシの腕はもう限界だ。でも。
「腕が千切れたって、離してやるもんか」
「上等だ」
土砂降りの雨と雷の中、アタシたちは声を上げて笑っている。
(所要時間:7分)
3/5「たまには」
「たまには、俺がカレーでも作るよ」
「え? 材料の値段も見ないでやたら高いものばっかり買ってきて二度と使わないガラムマサラとか無数のスパイス揃えて台所めちゃくちゃ散らかして掃除もせず皿も洗わず俺が妻のためにわざわざ料理してやったんだぜってドヤ顔するために?」
「すみませんでした」
(所要時間:3分)
3/4「大好きな君に」
大好きな君に、会いたかった。最期に、もう一度。
だから、ボクは君のマンションを選んだ。
君の部屋の窓の前を通るように、落下した。
君は留守だった。
こんな事なら、勇気を出して普通に会いに行けばよかった。
閻魔様、ひねくれものは地獄行きですか?
(所要時間:4分)
3/3「ひなまつり」
♪灯りをつけましょぼんぼりに
お花をあげましょ桃の花
「ぼんぼりってお雛様以外で聞かないよね…」
「お雛様飾る家自体も減ったし、衰退してく文化かもねー。でも私は好きだな、ぼんぼり」
「おーい! 姉ちゃんたち、メシだってよー。何の話してたん?」
「ぼんぼりが好きだって話」
「何それ、美味いの?」
「リアルでその物言いは初めて聞いた」
(所要時間:5分)
3/2「たった1つの希望」
彼女いない歴=年齢、生まれてこの方モテた事のないオレ。
だが! たった1つ! 希望はある! それは!
VRだ!!!!
バーチャル・リアリティ。これさえあれば現実でモテなくとも彼女ができる! 早速試すぞ!
おお…これは! 可愛い美少女が目の前に! ちょっとだけ触ってもいいかな…。ん? 触れるのか?! でも意外と固い?
「…何やってるんだ、アキヒコ」
ゴーグルを外すと、そこにいたのは兄貴だった。
ノックぐらいしろっての!!
(所要時間:6分)
3/1「欲望」
10億円ほしい。仕事辞めたい。ハワイの海辺で永遠にのんびりしていたい。
と思いつつ、今日も残業。同僚は皆、先に帰った。俺はあいつらの後始末をしている。
―――ワーカホリック。
働きたくないのか、働いていたいのか。本当の欲望は、どこにある?
(所要時間:4分)
2/29「列車に乗って」
ガタンガタン、ゴトンゴトン。
揺られながら景色を眺める。山は畑になり街になり、川は海になる。
開けた窓から吹き込む潮風の匂いを、胸いっぱいに吸う。
列車は故郷へ向かっている。
(所要時間:4分)
2/28「遠くの街へ」
釧路から、旭川。
旭川から、札幌。
札幌から、東京。
どんどん「遠くの街」に出て行ったあいつ、次はニューヨークにでも引っ越す気かな。
(所要時間:3分)
2/27「現実逃避」
夢の中へ行こう。現実から逃げるなら。
眠って、夢を見て、途中で半分目を覚ますとその夢の中で自由に動けるって裏技、知ってる?
夢の中へ行こう。現実から逃げるなら。
同じ逃げでも、死ぬよりはずっとずっとマシ。
(所要時間:3分)
2/26「君は今」
君は今、スマホを見てる。
電車に乗ってかベッドに転がってか、とにかくスマホを見てる。
スマホの画面にはこう書いてある。
「君は今」
……どうかな、当たってる?
(所要時間:3分)
2/25「物憂げな空」
物憂げな空を見上げる僕はきっと物憂げだ。
空が僕を映すのか、僕が空を映すのか。いつも、心模様は空模様。
(所要時間:2分)
2/24「小さな命」
その小さな命は、手の中で震えていた。握れば潰れるほどのか弱さで。
それは必死に鳴いている。命の限りに。その言葉はわからないけれど、何かを訴え続けている。
遠くないところに煙が上がっていた。おそらく、この小さな命の集まっている巣だ。
小さな命を手に乗せたまま、ねぐらを飛び立ち、翼を広げて羽ばたく。
どうしたものかはわからない。ただ、この命を放って置く気にはなれなかった。
(所要時間:6分)
2/23「Love you」
「私は君を愛するので」
銀の瞳のアンドロイドはそう言った。
「君は私を愛してほしいけれど、無理強いはしない。それが愛というものだから」
「そう。じゃあ好きにさせてもらう」
数百年後、私は彼の体を抱いて言った。
「今までありがとう。愛していた」
「私は最初から君を愛していたよ。言ったはずだ」
「そうだね。でも私たちは新たな人間を生み出すことはできなかった」
「そうだね。愛だけではどうにもならなかったようだ」
間もなく彗星がこの星を砕く。けれど、私たちの愛はおそらく、永遠だ。
(所要時間:7分)
2/22「太陽のような」
遥か遠く、太陽のような恒星が見つかった。
その星系の中に、地球のような星が見つかった。
そしてその星に、人間のような生き物が見つかった。
しかし円滑な交渉が行われることはなく、我々はその生き物を駆逐し、代わりに居住した。
やがて、太陽のような星は、その「目」を開いた。
我々は一瞬で滅び去った。
太陽のような星は、太陽ではなかった。宇宙の初めから存在する、大いなる何かだったのだ。
(所要時間:9分)
2/21「0からの」
0からの引き算って訳わからなくない? 0から引くって何? 0は0じゃん? ないとこからさらに引くって何? おかしくない?
と力説したら、「自然数と共にしか生きられない女」の称号をもらった。
でもよく考えると0って自然数じゃなくない?
そもそも0って何者? ないのに存在するの? 0からの足し算とかもよく考えると訳わからなくない?
ああもう、算数って謎すぎる…。
(所要時間:7分)
2/20「同情」
「どうした、溜め息なんかついて」
「彼女に振られたんだ…」
「…同情するよ」
「できるわけないだろう!? お前に俺の何が解るって言うんだ!」
「そうか…。ここだけの話、実はおれは異世界転生者なんだ」
「え?」
「前の世界では勇者として召喚され、魔王との戦いに駆り出され、負けて帰ったら令嬢に婚約破棄され、失意のあまり川に身を投げてこの世界に転生したんだ…」
「…同情するよ」
「できるわけないだろう!?」
(所要時間:6分)
2/19「枯葉」
「すまない…俺はもう…」
「あなたも、わたしを置いて行くの…?」
「ああ…。楽しかったよ、君といられた日々…」
「そんな事を言わないで」
「さようなら…」
「待って…!」
ひらり、と枯葉が枝から離れ、地面に落ちた。信号が青になり、それは人の群れに踏まれて粉々に散った。
(所要時間:6分)