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11/23/2023, 11:10:16 AM

11/23「落ちていく」

 歌に導かれるように、夢に誘われるように、出会ったのはあなた。
 もう一度会いたいと思い、もう一度会えた。
 何度でも会いたいと願い、以来いまだ会えず。
 闇を彷徨う中の一筋の光だった。
 砂漠を征く中の一滴の水だった。
 どこにいる。あなたは。どこにある。我が救いは。
 落ちていく。あなたに。
 落ちていく。落ちていく。底なしの恋に。

(所要時間:7分)



11/22「夫婦」

 空気みたいなんだよな。
 「長年一緒にいれば、そりゃあどんな相手でも飽きる」と言われるけれど。
 飽きているのとはちょっと違う。
 いるんだかいないんだかわからない。いやまあ、いるんだけど。
「おはよう」
「おはよう」
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
「ただいま」
「おかえり」
 空気みたいなんだよな、と思い続けて数十年。ふと、その理由が思い当たる。
 自然に必要なものなのかもしれないな。
 なんて思って、らしくなく照れる。そんな11月22日、「いい夫婦の日」。

(所要時間:6分)



11/21「どうすればいいの?」

 うーん、と首を傾げる。
 噂の部屋に閉じ込められた。キスをしなければ出られない部屋というやつだ。
 問題は、一緒に閉じ込められた相手だ。
 確かに、好きだ。いや、愛してる。私が小さかった頃からずっとずっと、偏愛している。
 サボちゃん。
 昔は手のひらサイズだったが、今はそれなりによじれつつ伸びて、まあ、30センチぐらい。毎週水をやって大事に育てていた。アロエリーナばりに話をよく聞いてくれた。…だからよじれたのか?
 問題は、サボちゃんがサボテンだということですね。
 キスしなければならないんですよね。
 …どうすればいいの?

(所要時間:4分)



11/20「宝物」

 それは、宝物庫の一番奥に眠るもの。
 黄金の肌に、翡翠の瞳。唇から覗く真珠の歯、延べた指の先には珊瑚の爪。ビロードを纒い、ダイヤの飾りの靴を履く、まばゆく美しい女性の像。
 この国の守り神だったという彼女を、時の王が欲したという。伝説に残るのはそこまでだ。
 滅び去ったこの国の最奥に眠る彼女と、その足元に転がる白骨と王冠。国に、彼らに、何があったのか。解き明かす者が現れる日を、彼らは待っているのか、いないのか。

(所要時間:8分)

11/20/2023, 1:44:26 AM

11/19「キャンドル」

 それは、初めて見る幻想的な光景。
 教会に集まった人たち。灯りの消えた室内。静かに穏やかに流れる賛美歌。
 たまたまお母さんと訪れた、教会のクリスマスだった。
 私の手にあるキャンドル。ドキドキした。そっと火をつけてくれた隣の人の顔は、暗くて見えなかったのか、覚えていないだけか、記憶にない。ただ、灯された小さな炎が嬉しくて、ずっとずっと眺めていた。
 クリスチャンになったきっかけがキャンドルサービスのおかげなんて、神様に呆れられるかな。
 でもきっと、それもまた縁。

(所要時間:8分)



11/18「たくさんの思い出」

 勉強机を捨てることになった。
 買ってもらった時は、自分用の机が嬉しくて、無闇に引き出しを開け閉めしたり、ライトを点けて消してしたり。
 勉強が嫌でこっそり携帯ゲームを忍ばせていて、父さんに怒られたり。
 引き出しの奥に隠しておいたエロ本が、なぜか母さんに見つかったり。
 付き合ってた彼女の転校が決まって、突っ伏して泣いたり。
 そんな机と別れることになった。
 俺は春から一人暮らしを始める。この机そのもののことなんて、きっと忘れてしまう。
 でも、この机とともにあった思い出は、きっと俺の奥底に残るんだろうな。

(所要時間:8分)



11/17「冬になったら」

 この季節になると、毎年思い出す。初めて彼氏の家に招待された時のこと。
 狭い部屋のど真ん中に、こたつ。寒い部屋の唯一の暖、こたつ。
 今は結婚して、引っ越して、子供もできたし、エアコンも付いたけど、いまだあの時のこたつ。
 今年も部屋の隅から引っ張り出して、リビングに置いて、こたつ布団をかける。
 この季節になると、毎年思い出す。
 もうすぐ、懐かしい冬が来る。

(所要時間:6分)

11/17/2023, 6:49:02 AM

11/16「はなればなれ」

 繋いで走っていた手が、不意に引き離された。
「急ぐぞ!」
「父さん?!」
 持ち上げられた弟は父の肩に担がれ、追いかけるように走る俺を不安げに見つめている。上空に戦闘機の音。
「走れ!!」
 路地裏を抜けようとした時、爆発が起こり、瓦礫が崩れ、煙が視界を覆った。
「父さん!!」
 煙が晴れた時には、目の前に道はなかった。俺はつい先程まで弟の手を握っていた右手を、じっと見つめることしかできなかった。
 ―――弟の手をもう一度掴むことができるのは、10年以上経ってからのことだ。

(所要時間:9分)



11/15「子猫」

 にゃあん、と鳴いて膝の上に転がり、そのままごろごろと甘えてくる。
「でかい猫だな」
「子猫だよぅ」
「でかい子猫だな」
 本を読む邪魔をされるのを嫌って押しやれど、その手に黒い耳を押し付けるようにして撫でるのをねだってくる。やれやれ、人型になっても猫は猫だ。わしゃわしゃと撫でてやる。
「うちの猫はいつ恩返しをしてくれるんだろうな」
「癒してるよー? きゅーとでしょ?」
「そういうんじゃないんだよなぁ…」
 まあいいか。一人暮らしのおっさんに娘ができたと思えば悪くない。少なくとも退屈はしなそうだ。

(所要時間:8分)



11/14「秋風」

 低くなった午後の陽を浴び、紅葉する山々を遠くに眺め、杖をついてゆっくりと散歩する。
「こんにちは。ご機嫌いかが?」
 聞き覚えのある風が話しかけてくる。暦の割に暖かいが、今日は誰だっただろう。
「今日はわたし。秋風よ」
「そうか。今年は随分とゆっくりだったね」
「そうね、それにあまり会えないわ。来週には木枯らしと交代」
「そうか、残念だな。夏風にもよろしく言っておいてくれるかい?」
「いいわ。それじゃあ、また」
 楓を散らしながら飛び去って行く。体に堪える季節がやって来る。

(所要時間:8分)

11/13/2023, 11:55:19 AM

11/13「また会いましょう」

 その時わたくしが出会ったのは、少年でした。
 馬車が止まったと思いましたら、道で行き倒れていたのです。
 すぐに馬車を降り、手を差し伸べようと近づきました。すると少年は、起き上がりざまナイフを突き出してきたのです。
 私は軽くそれを払いのけまして、彼の首を掴んで地面に押し倒しました。誰の差し金ですか、と尋ねますと、少年は歯を食いしばりまして、体を跳ね上げ私の手を振りほどきますと、無言で走り去って行きました。
 「よろしいのですか?」と爺が尋ねてまいりました。いつもの事ですから呆れているのでしょう。
 よいのです、と答え、ドレスの裾を軽く払って、少年の去って行った方角を見、わたくしは目を細めます。
 また会いましょう。

(所要時間:7分)



11/12「スリル」

 生まれた時から貧民街だった。路地裏の少年ギャングとか呼ばれるものに仲間入りしたのは6歳ぐらいの時。年上の指図でスリや盗みを働いてきた。
 毎日は荒んでいて、それでも楽しかった。アタシは捕まらない。捕まったって逃げ出せる。仲間のピンチも上手く切り抜ける。日々のパンだけでなく、最高のスリルにありつけえる。
 アタシは嘆かない。誰のせいとかじゃなく、今をどう切り抜けるかをとにかく楽しむ。アタシは強い。
 ここで生き残るのは、そういう人間だからね!

(所要時間:8分)



11/11「飛べない翼」

 背中の翼を広げて水中を行く。飛ぶためではない、泳ぎに特化したヒレのような翼だ。
 アリメイドと呼ばれる私たちは、翼持つ人魚とも言われる。人魚よりもなお珍しい、古い古い昔に作られた存在。
 翼をなびかせて自在に海を泳ぐ私たちは、時々海上から客人を迎える。遭難した人間の男だ。生殖から生まれる子どもの半分はアリメイド、残りは人間として溺れ死ぬ。
 なぜ私たちのような生き物が生み出されたのかは記録にない。観賞用と解釈されている。
 空を飛べない翼、だが泳ぐことはできる。水を自由に飛べる。私たちは世界に存在を許されている。
 ―――人間と違って。

(所要時間:11分)



11/10「ススキ」

「昔はきっとススキがいっぱい生えてたんだねぇ」
 豊平川の河川敷で寝転ぶ俺の隣で、リョウはのんびりと言った。
「何でススキ?」
「薄野、って言うじゃん」
「うすの?」
「いや待って何その漢字メタ読み間違い」
 すすきの。今となっては有名すぎる札幌の歓楽街だ。
「きっと河原に一面ススキが生えててさ、そこで遊んでた子どもがいっぱいいたんだよ。楽しそうだなー」
「まあ…前見えなくて川に落ちたりしてそうだけどな」
 やんちゃに走り回る子どもたちが目に浮かぶ。
「都会になっちゃったなぁ…」
「老人かよ」
 中学生のセリフじゃない。ビルの群れを振り返ったリョウに思わずツッコんだ。
 けれど、見たこともない景色を懐かしむ気持ちは、わからなくもなかった。

(所要時間:9分)

11/10/2023, 4:45:54 AM

11/9「脳裏」

 目を閉じると、蘇る。いつ何時、いかなる場所にいても。
 そこは銃声が絶えず鳴り響き、土埃と硝煙の匂いの立ち込める乾いた大地。銃器を構える俺たちは兵士だった。
「撃て!」
 一斉掃射の命令が飛ぶ。生きるか、死ぬか。殺すか、殺されるか。皆がそんな世界で生きていた。
「パパ!」
 目を開ける。
 膝に小さな娘が飛びついてくる。その後を、きゃっきゃっと声を上げながら息子が追ってくる。
 脳裏に焼き付く戦場の光景を、この優しい時間が塗り替えてくれるのはいつだろうか。

(所要時間:7分)



11/8「意味がないこと」

「風上先輩、付き合ってください!」
 まただ。今年に入って何人目かとクラスメイトに問われたがわからない。数えていない。
「悪いけど、興味がないから」
 女子というのはなぜこんな意味のないことをするのだろう。情報網もないわけではなかろうに、何人も繰り返してくる。
 返事はした。もういいだろう。その女子に背中を向けて立ち去った。

「どうだった?」
「いや〜、素敵! あの蔑んだ目! 最高のご褒美!」
「だよねぇ〜、いいなぁ〜!」
「ミユキはこないだもらったでしょ」
「何度でももらいたいじゃん、ご褒美は!」
「あと告白してないの誰? 録音頼めそうな人で」
「えっ録音してるの? 私もほしい〜!」
「風上先輩需要ありすぎ…!」
 こちら側には大いに意味があるらしい。

(所要時間:8分)

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