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11/16「はなればなれ」

 繋いで走っていた手が、不意に引き離された。
「急ぐぞ!」
「父さん?!」
 持ち上げられた弟は父の肩に担がれ、追いかけるように走る俺を不安げに見つめている。上空に戦闘機の音。
「走れ!!」
 路地裏を抜けようとした時、爆発が起こり、瓦礫が崩れ、煙が視界を覆った。
「父さん!!」
 煙が晴れた時には、目の前に道はなかった。俺はつい先程まで弟の手を握っていた右手を、じっと見つめることしかできなかった。
 ―――弟の手をもう一度掴むことができるのは、10年以上経ってからのことだ。

(所要時間:9分)



11/15「子猫」

 にゃあん、と鳴いて膝の上に転がり、そのままごろごろと甘えてくる。
「でかい猫だな」
「子猫だよぅ」
「でかい子猫だな」
 本を読む邪魔をされるのを嫌って押しやれど、その手に黒い耳を押し付けるようにして撫でるのをねだってくる。やれやれ、人型になっても猫は猫だ。わしゃわしゃと撫でてやる。
「うちの猫はいつ恩返しをしてくれるんだろうな」
「癒してるよー? きゅーとでしょ?」
「そういうんじゃないんだよなぁ…」
 まあいいか。一人暮らしのおっさんに娘ができたと思えば悪くない。少なくとも退屈はしなそうだ。

(所要時間:8分)



11/14「秋風」

 低くなった午後の陽を浴び、紅葉する山々を遠くに眺め、杖をついてゆっくりと散歩する。
「こんにちは。ご機嫌いかが?」
 聞き覚えのある風が話しかけてくる。暦の割に暖かいが、今日は誰だっただろう。
「今日はわたし。秋風よ」
「そうか。今年は随分とゆっくりだったね」
「そうね、それにあまり会えないわ。来週には木枯らしと交代」
「そうか、残念だな。夏風にもよろしく言っておいてくれるかい?」
「いいわ。それじゃあ、また」
 楓を散らしながら飛び去って行く。体に堪える季節がやって来る。

(所要時間:8分)

11/17/2023, 6:49:02 AM