11/7「あなたとわたし」
「おーきなくりのー きのしたでー」
姪っ子ちゃんが精一杯伸びをして栗の木を作る。…木なのかな。栗の方なのかな。まいっか。一緒に作る。
「あーなーたーとー わーたーしー なーかーよーくー あそびましょー おーきなくりのー きのしたでー」
お互いを指差し、胸に手を当てて左右に揺れて、最後にもう一度栗の木を作る。
「もいっかい!」
「やるの?」
「やる! おーきなくりのー きのしたでー あーなーたーとー わーたーしー」
そう、ここには元気いっぱいのあなたと留守番をするわたししかいない。
歌い続けてかれこれ20分。
お姉ちゃーん、早く帰ってきて〜。
(所要時間:7分)
11/6「柔らかい雨」
はらはらと降り続く雨に打たれ、そのまま溶けて消えてしまいそうな心を抱え、もう30分も公園のベンチに座っている。
大好きな人が亡くなった。スマホに流れたニュースで知った。そのスマホを握りしめたままで、風に流れるような雨にただ座ってさらされている。
温かくはないが冷たくもない、雨は優しいあなたの歌のようだ。この世界の誰もを見守っていてくれる、そんな気がした。
もうしばらく、この雨に打たれていよう。ここであなたを感じていよう。
(所要時間:7分)
11/5「一筋の光」
もしも、闇の中に一筋の光が見えたなら、それは必ずしも救いと言えるだろうか。
人はその光の先に飛び込んでしまうだろう。そこにどんな光景が広がっているかもわからずに。
闇から這い出たそこが一面の砂漠だったら。
そこが核戦争後の何もない世界だったら。
そんなことを考えながら、安全を知らせる。地下シェルターを開けるのが僕らの仕事だ。
(所要時間:8分)
11/4「哀愁をそそる」
「秋は夕暮れ」だったかな。…「夜」だっけ? まあいいか。
イチョウ並木とその葉が吸う陽の光で黄金色に染まる道を、落ちた銀杏の実をよけながら一人歩く。はらはらと落ちる黄色い葉。冷たくなってきた風も相まって、物悲しい気分になる。
大型犬を散歩する老夫婦。目で追っていると、思いのほか大きな声で犬に吠えられて、飛びずさった拍子に銀杏の実を踏み潰した。
あー…。
ちょっと違う意味で物悲しい気分になった。
(所要時間:7分)
11/3「鏡の中の自分」
アイラインばっちり。睫毛もいい感じに盛れた。よし、可愛い。
今日はナツミと買い物。お茶した後にトイレに入って、手を洗う。
何気なく隣に並んだナツミは可愛くて、私は―――何だろう、ぼやけた顔の冴えない女だった。
「何でだろ」
30分も化粧したのにな。呟いた私に、鏡の中の私は困ったように眉を寄せた。
(所要時間:7分)
11/2「眠りにつく前に」
眠りにつく前に、一杯のコーヒーを飲む。シェアハウスをしていた頃の友人からうつった習慣だ。
普通カフェインを摂ると眠れなくなるものだが、日頃飲んでいると飲まない時に異様に眠くなる、だからいざ眠りたい時に飲まずにいればぐっすりと眠れるのだという。
今夜は寝る前のコーヒーを始めてから初めて、飲まずに寝ることにした。ちょっと仕事で色々あったから。
布団に横たわると、ケンカ別れした元ルームメイトの顔が浮かんだ。
アイツ、どうしてるかな。
(所要時間:7分)
11/1「永遠に」
「よろしいのですか? 奥方様をこのような…」
「ああ、大丈夫だよ。彼女は今、とても幸せな夢を見ているはずだ」
唇に微笑みを浮かべた妻の寝顔は美しく、僕が愛を囁やけばそっと目を覚まし、薄目を開けて優しく名を呼んでくれるだろう。
「さあ、始めてくれ」
魔術師に合図する。彼が魔法を唱えると、妻はゆっくりと息を吐いて、眠りの深くへと落ちて行った。
「…終わりました」
「ありがとう。これで彼女は決して、僕以外を想うことはない」
永久に続く眠りについた妻に口づける。
僕は君を愛しているよ。そして君は僕を愛している。永遠に。
(所要時間:7分)
10/31「理想郷」
そこは争いもなく、飢えもなく、人々が脅かされることのない土地。
常に程よく暖かく、食料は豊富にあり、額に汗して働く必要もない。
人々は丸々と肥え太りましたが、病気をすることもありません。彼らがころころと転がって移動したことから、そこはころころの国と呼ばれました。
「…なんて出だしはどう?」
「オチが知りたい」
「そこは本職の絵本作家が考えることでしょ」
「丸投げされた」
「でも理想郷ってさ、そんなもんだと思うんだよね」
「どうかな。住めば都って言うし、案外どこにでもあるものなのかもよ?」
少なくとも、好きな仕事に頭を悩ませるのは嫌いじゃない。
(所要時間:9分)
10/30「懐かしく思うこと」
青空。吹き渡る風。鳥の羽ばたき。公園で遊ぶ子どもたちのはしゃぐ声。
夕暮れ。腕を組んで大通りを歩く恋人たち。灯り始める街の灯り。
石ころを蹴れば転がっていく。
すべては当たり前だった。懐かしく思い出しながら話す。
―――それは60年前、私がかつて地球の住人だった頃の話。
聞くのは子どもたちではない。昔の記録を取るための機械だ。
子どもたちはもう一度、どこかであの光景を目にすることがあるのだろうか。
(所要時間:10分)
10/29「もう一つの物語」
待っている。ここで。勇者が我を倒さんと現れる刻を。
我は魔王。かの国々の連合軍に敗れ、配下を殺され、遥か遠き地に追いやられ封印されし者。
憎しみしか、ない。我を成すものは。
生まれながらの憎しみ。迫害される中での憎しみ。全てを奪われた憎しみ。打ち倒された憎しみ。
待っている。ここで。我が勇者を葬り、完全なる復活を遂げ、地上の全てを滅ぼす刻を。
(所要時間:6分)
10/28「暗がりの中で」
もがいていた。あがいていた。短い手足で。か細い声で。
兄弟たちはもう動かない。凍える寒さの中、一番下にいた自分は彼らのぬくもりに助けられていた。だがそれも時間の問題だ。
何度目かの黄昏時を過ぎ、薄暗闇が路地を支配し始めた頃。その暗がりに灯る、緑色の光があった。
2つの瞳。
それはゆっくりと近づいてきた。母親、ではない。だがそれに似た匂いを感じた。
「…そうかい。母さんも兄弟も死んじまったんだね」
彼女は鼻をすり寄せ、体を横たえると、乳を与えてくれた。夢中でしゃぶりつく。温かな生命が流れ込んでくる。
彼女は子どもたちを奪われたのだという。子どもたちを探して路地を歩いていたのだという。
「あんた、あたしの娘になるかい?」
こうして、彼女との少し奇妙な親子関係が始まった。
(所要時間:9分)