10/27「紅茶の香り」
目の前にティーカップが置かれる。ふわり、と懐かしい香りがした。
「どうぞ。聞くの忘れてたけど、紅茶は飲めるよね?」
「うーん…、多分」
茶葉の名前は覚えていない。砂糖を入れても、ミルクを入れても、どうも舌に合わなかった紅茶だ。ただ、香りは嫌いじゃない。
「ミルクか砂糖いる?」
「うん。…あ、やっぱりいいや」
久しぶりに、向き合ってみる事にした。昔付き合ってた彼女との記憶に。
(所要時間:8分)
10/26「愛言葉」
「はい! 合言葉は『あ・い・し・て・る』です!」
「は?」
「言わないと開けません」
「いや、トイレはマジ困るんだけど」
「はい、合言葉どうぞ!」
「何言ってんだよ」
「恥ずかしがらずに、さあ! さあ!」
「いや、普通に開ける気ありませんか?」
「ありません」
「だよねー」
「早く言わないと漏らすよ?」
「閉めてる側が言うセリフじゃない。ていうか漏らしたら責任取ってくれる?」
「責任取って結婚します?」
「してるしてる。ていうかいい加減開けて」
「合言葉は?」
「はいはい、愛してる愛してる」
「おざなり!!」
頬を膨らませてドアを開けた嫁に不意打ちでキスして、きょとんとした隙にトイレから追い出した。
まったく、子どもか。
(所要時間:8分)
10/25「友達」
友達は、あーちゃん。うさぎのぬいぐるみ。小さな頃からずっと一緒。いじめられがちな私の心をいつでも救ってくれた。
ある日、そのあーちゃんが動き出した。そしてしゃべった。
「なっちゃん、遊ぼう」
それは、人が聞けばメルヘンで素敵な話だったかもしれない。けれど私の心はスッと醒めた。
あなたも、私を認識するの?
あなたも、自分の意思を持つの?
あなたも、私を煩わせるの?
その瞬間から、あーちゃんは私の友達ではなくなった。
神様の気まぐれに傷ついた私は、本当に本当に一人になった。多分、永遠に。
(所要時間:10分)
10/24「行かないで」
手を伸ばしたまま、目が覚めた。
夢だ。追いかけて、追いかけて、倒れて、叫んで、手を伸ばした。行かないで、と。
元彼の夢なんて久しぶりだ。とっくに未練はないはずなのに、一体どうしちゃったんだろう。
寝覚めのコーヒーを淹れながらテレビをつける。
「先程入った事故のニュースです。今朝6時頃、〇〇県〇〇市の路上で車とバイクが正面衝突し、バイクに乗っていた男性が死亡しました」
―――ああ。
そういうこと、か。
一口飲んだコーヒーはひどく苦くて、もう飲む気になれずにテーブルに置いた。
(所要時間:7分)
10/23「どこまでも続く青い空」
この空の果て、この空の下、どこかにあの子がいる。
父の後を追ってあの子が旅立って、はや5ヶ月。今も旅を続けているはず。
お腹を空かせていないか。雨に打たれていないか。病を患っていないか。仲間と険悪になっていないか。
大丈夫、あの子はどんな苦難も乗り切れる。だって、あの人と私の子供だですもの。
どこまでも続く青い空。
あの子も、同じ空を見ているかしら。
(所要時間:5分)