10/22「衣替え」
バタバタと元気のいい足音と、キャーキャーという笑い声を聞きながら、衣替えと要らない服の処分をしている。
アツヤの仮面ライダーの服も、マイのプリキュアの服も、来年着ることはない(流行り物は商売上手だ)し、そもそも来年はもう入らないだろう。子どもが育つのは本当に早い。
アツヤの6歳の夏も、マイの4歳の夏も、もう二度と来ない。
冬はもっといっぱい家族で出かけよう。いっぱい家族写真を撮ろう。
まあ、毎年そんなこと言いながら、何気なく過ごしてしまうのだけど。
(所要時間:7分)
10/21「声が枯れるまで」
叫ぶ。叫ぶ。戻って来いと。
あいつは仲間で、親友で、共に戦ってきた。背中を預けられる唯一の相手だった。
それが今、俺の前に立ちはだかっている。魔物と融合した巨体で。
どうしてこんな事に。
防戦しながら、叫ぶ。元に戻ってくれと。
「こ…ろせ」
あいつが言う。
「おれの…心の…弱さが、おまえを…殺さ…ない…うちに」
どうして、こんな事に。
長い戦いの果て、あいつだったものの亡骸を前に、俺は声を上げて泣いた。声が、涙が、枯れ果てるまで。
(所要時間:7分)
10/20「始まりはいつも」
始まりはいつも、一目惚れ。困ったな、また恋に落ちちゃった。
でも大丈夫、これは運命。彼もきっと、私のことを好きになる。
学校帰り、私服の子と歩いてるのを見かけた。妹さんかな?
翌日、告白。
「ごめん、オレ彼女いるから」
終わりはいつも、勘違い。困ったな、また一人になっちゃった。
いやまあ、もともと一人っちゃ一人かぁ。
(所要時間:5分)
10/19「すれ違い」
あれ、と首を傾げた。歩道橋で待ち合わせ、もう着いてるとLINEがあった。けれど彼の姿はない。
ははぁん、さては向こう側の降り口にいるな?
上るのは面倒だから、車に気をつけてダッシュで渡る。
いない。
まあいっか、もうしばらくここで待ってみよう。
うーん、と首をひねる。歩道橋で待ち合わせ、もうすぐ着くとLINEがあったのに、あいつが来る様子はない。
歩道橋を渡って反対側へ。階段の上から見下ろす。
いない。
まあいいか、もうしばらくここで風に吹かれていよう。
(所要時間:7分)
10/18「秋晴れ」
気持ちのいい晴れだ。抜けるような空、というのはこういうのを言うのだろう。
母が亡くなった。
長い闘病生活だった。
常に明るかった母も、晩年には「迷惑かけるから、早く死んだらいいのにねぇ」などと弱気になった。こちらもなかなかに苦労をした。
火葬が済んで建物を出、見上げた空はどこまでも青く澄んでいる。
天国というものがあるのであれば、母はそこへ行ったのだろう。
病のない国で、どうか幸せでありますように。
息子はそれなりに元気でやって行きます。
(所要時間:7分)
10/17「忘れたくても忘れられない」
それは、黒歴史。
給食の時間、ふざけて牛乳を呷るように上を向いて飲んだら、見事にむせて吹き出した。
あたりは大惨事。男子は「きたねぇ!」って逃げるし、先生は飛んでくるし、私は左の鼻から牛乳をたらして呆然。その後、一人で床を拭く羽目になって泣きそうだった。忘れたくても忘れられない。
そして、初めて私の前で声を上げて笑った、向かいの席のあの子の顔。
あんな笑顔ができるんだ。
忘れたくても忘れられない。
(所要時間:7分)
10/16「やわらかな光」
やっと見つけた。
6年間追い求めた「やすらぎの宝珠」は、地下迷宮の奥深くに鎮座していた。
温かく、やわらかな光は、触れた者すべてを癒やすという。謎の病に苦しみ続ける娘を、これで救うことができる。
手を伸ばし、宝珠に触れた瞬間、温かなものが流れ込んできた。安らぎに満たされる。まぶたが、体が、重い。意志、感情、何もかもが溶けていく。
男はその場に崩れ落ちた。足元に累々と積まれていた白骨の意味に、果たして彼が気づいたかどうか。
やすらぎの宝珠は、ただやわらかな光を放っている。
(所要時間:8分)
10/15「鋭い眼差し」
目つきが悪い、と言われて育ってきた。
その目つきのせいだろう。昔から友達らしい友達はいなかった。女子には怖がられた。男子からも遠巻きにされた。先生には「なんだその目は!」と余分に怒られた。中学ではいわゆる不良にいちゃもんをつけられてはトラブルに巻き込まれた。
あいつが転校してきたのは中3の6月だ。冴えない少年、といった風情だ。隣の席についたあいつは、俺の方をじっと見ていた。
放課後、もじもじとしながらもあいつは言った。
「さのさ。切れ長の目、かっこいいね。鋭い眼差し、って感じ」
俺の人生が変わる音がした。
(所要時間:9分)
10/14「高く高く」
世界の上には何があるのだろう。ある日ぼくは向かってみることにした。
体をゆるやかに波打たせながら、上へ、上へ。高く、高く。もっと高く。
けれど、急に気持ちが悪くなった。苦しい。動いていられない。ぼくは上を諦め、ゆっくりと沈み始めた。
「大丈夫?」
気がついた時にはいつもの場所。兄弟たちが周りに集まっている。
「あんまり高いところは行っちゃだめって言われてるでしょ。ぼくたちは深海魚なんだから」
「…うん」
でも。
真っ暗なここのずっと上の場所は、ほんの少しだけ、色が薄かった気がする。
(所要時間:7分)
10/13「子供のように」
普段は小難しい顔をしているくせに、にこーっと笑う顔は子供の頃のまま。もう三人も孫がいるのが嘘のよう。そういえば今年は銀婚式だったような。
「孫が結婚するまで生きていないとね」
「ひ孫見るまで死ねないよ」
そう言って笑う顔。子供の頃には私に向けられていたのに、と孫に嫉妬するのもおかしな話。
(所要時間:8分)