10/12「放課後」
部屋にカバンを放り投げて、制服のまま家を出る。
商店街に向かって歩けば、学ランを着崩した他校の男子たちが声をかけてくる。
上から下まで値踏みして、アタシは言い放つ。
「アタシに勝ったら付き合ったげる」
20分後、ゲーセン。男子合計4人を叩きのめしたアタシの太ましいオッサンキャラが雄叫びを上げた。
「やるじゃねえか」
「まあね」
肩をすくめる。
「だから誰とも付き合えないんだけど」
この言葉が相手をキュンとさせたなんて、その時アタシは気づくはずもなく。
―――そいつが、今の旦那です。
(所要時間:8分)
10/11「カーテン」
「わたしはかーてんのようせいです」
「なんと! そうなんですね!」
「ねがいをかなえてあげましょう」
「うーん、じゃあ、いなくなったマキちゃんを戻してください」
「いなくなっちゃったんですか」
「そうなんです。さっきまでそこにいたと思ったんですが」
「わかりました。むにゃむにゃむにゃ…」
「………」
「ぽん! あれっ? ここはどこ? あっ、ママだー!」
「マキちゃん、お帰り! カーテンの妖精さんが戻してくれたんだよ」
「そうなんだー、かーてんのようせいさんってすごいね!」
それから30秒と経たないうちに、マキは再びカーテンに隠れてくるまる。
「わたしはかーてんのようせいです」
同じやり取りが繰り返される。
―――これで本当にマキが帰って来てくれたらいいのに。
小さな地縛霊は今日もカーテンで遊んでいる。
(所要時間:6分)
10/10「涙の理由」
城下は沸いていた。十年にわたり国を苦しめてきた魔物が、旅の若者に倒されたのだ。
「巫女様! この者が、見事に魔物を倒しましたぞ!」
臣下たちに押され前に進み出る若者。巫女はゆっくりと顔を上げる。
「よくぞ国を救ってくれました。貴方の勇気を讃えます」
その頬に、すっと涙が伝ったのを、若者だけが見た。
「…聞いてくれるのですか」
部屋を訪れた若者に、巫女は悲しげに微笑んで話し始めた。
「あの魔物は、九年前、魔物の討伐に出た姉の、呪われて変わり果てた姿―――」
(所要時間:9分)
10/9「ココロオドル」
色とりどりの原色で塗られたオブジェクト。その間をキャッキャッと遊び回る子どもたち。円盤を回すハンドルをめちゃくちゃに回してスピードを競っている兄弟。それは円盤の光の加減を楽しむやつなんだけどなぁ。
科学館。光の屈折を表現した装置も、竜巻を生じさせる実験も、火星が投影されるデジタル地球儀や隕石の展示も、見に来るたびにわくわくする。
子どもの頃から好きだったものって、大人になっても忘れられないんだな。
はしゃぐ子どもたちをにこにこしながら見られるようになったのが、唯一変わったことかもしれない。私のお腹は今、科学でも解明しきれていないだろう神秘を一人、宿している。
(所要時間:8分)
10/8「束の間の休息」
ようやく休憩に入れたのは15時を回った頃だった。今日は目が回るほど忙しい。
「近所でイベントがあるらしいっすよ」
「へえ」
食べ終えたコンビニ弁当の殻をゴミ箱に突っ込み、タバコに火をつける。煙を吸い込み、肺を満たす。
「店長ぉ、今日体調悪いんですかぁ?」
「あ? いや、別に?」
「あ、オレも思いました。ちょっと冷汗かいてないっすか?」
「いやあ…」
タバコを消す。
「まあ、そうかもな。ちょっとトイレ行ってくるよ」
「はーい」
個室のトイレに入り、ようやく深く息をつく。
人が苦手な自分にとって、今こそが本当の休憩時間だった。
(所要時間:7分)
10/7「力を込めて」
「お父さん!」
呼ばれて我に返った。横転し炎上する車の下敷きになっているのは我が娘。
「サヤ!!」
「お父さん、助けて!!」
悲鳴を上げる娘に駆け寄り、車に手をかけた。常識的に考えて持ち上がるはずがない、だが火事場の馬鹿力というものが発動するかもしれない。渾身の力を込めた。
―――車は吹っ飛ぶような勢いで反対車線に転がって行った。
呆然と両手を見下ろす自分に、立ち上がった娘が歩み寄ってくる。
「お父さん、リミッター外れちゃったみたいね」
車で潰されたと思った娘の両足に、金属の輝きが垣間見えた。
「ずっと黙ってたけど、私たちサイボーグなのよ」
(所要時間:8分)
10/6「過ぎた日を想う」
ここは過去、木々深い山々だった。今は見る影もない。
ここから見える海はかつて、青く美しかった。それももう失われた。
今、山は均されて広大な平地となり、その土は海に運ばれ埋め立てられ、立ち並ぶ高層建築物と、その間を走る道路が埋め尽くしている。
「時代の進化だな」
「そうですねえ」
婆さんを隣に乗せてエアハイウェイをかっ飛ばす。中心街まで3分だ。
かつて砂利道を車で40分かけてゴトゴト行くのも悪くはなかった。その間に交わした会話は数え切れない。
夫婦仲も、便利になった生活も、だからこそ今がある。久しぶりに感慨にふけった。
(所要時間:8分)
10/5「星座」
伝説の英雄たちは、神によって星座になったらしい。
そんな話を聞きながら、じゃあ俺のてんびん座は何なんだ?と聞いたら、正義の女神が善悪を量るための道具だという。
「詳しいな」
「好きだからね!」
と、にっかり笑う。そんな顔もまたいい。
気配を感じた。背負った大剣を構え、背中合わせに戦闘態勢を取る。ビルの谷間から現れた魔物は2体。
「俺が死んだら何座になるかな」
「大剣座とかじゃない?」
「もうちょっと何かないのか」
ぼやきながら、大剣を振りかざした。星座になるのは、まだ先でいい。
(所要時間:9分)