10/4「踊りませんか?」
「伯父さんも踊ろ!」
姪が手を伸ばしてくる。
ディスコは人でごった返し、チカチカと色とりどりの明かりに照らされ、大音声で曲が流れている。
「馬鹿馬鹿しい。こんな大人を捕まえて何を言ってるんだ」
「あたし、知ってるよ。伯父さんて昔、踊る人だったんでしょ?」
言葉に詰まる。
「楽しんだもの勝ちだよ! 踊ろ! ほら!」
姪に手を引かれてホールの中央に出る。
「…馬鹿馬鹿しい」
呟きながら、30年ぶりのステップを踏み始めた。
(所要時間:6分)
10/3「巡り会えたら」
「どうしても、行くんですか?」
「何言ってんだ。依頼が解決したら次の土地に行くのが冒険者ってやつのあり方だろ」
マントを羽織り、荷物を持つ。宿を出た所だけでなく、村のはずれまで、その小僧は見送りについてきた。
ここまででいい、と言うと、小僧は思い切ったように声を張り上げた。
「あの、僕、冒険者になります!」
思わずきょとんとする。小僧は続けた。
「冒険者になって、お姉さんの助けになります。…いつか、必ず!」
ははっ、と口から笑いが出た。こんなひょろっとした小僧が何言ってるんだか。
「そうかい。精々鍛えな」
「はい!」
嬉しそうに答える小僧。悪くない表情だ。期待しないで待っておこう。
まあ、この広い世界でもしまた巡り会えたら、な。
(所要時間:10分)
10/2「奇跡をもう一度」
蘇りの儀式は成功した。崖崩れの事故で土砂の下敷きになり命を失った我が妻は、再び生を取り戻したのだ。
目を覚ますなり、妻は息子の名前を口にした。
「あなた、ロビーは?」
「…君と同じ事故で死んでしまった」
「そんな…。あなた、お願い。私を生き返らせたように、ロビーを生き返らせて」
「それは…」
「お願いします。私の命をあげてもいいから。ロビーだけは、どうか…」
妻を再び失うわけには行かない。私はうなずいた。
「では再度、儀式の準備をしよう。部屋を出ていなさい」
妻が出て行った後、私は隣の小部屋を訪れた。
「やはり、そう言うと思ったよ」
小部屋の老人は笑った。
「構わん、わしの命をやりなさい」
「しかし…」
「良いのだ。妻も同じことを予想し、望んでおった。娘と孫のためなら何も惜しくはない」
義父はそう言って儀式の部屋に行き、魔法陣の中央に立った。
奇跡を起こすための準備は、整った。妻の母を、そして今度は妻の父を、儀式の生贄として。
(所要時間:9分)
10/1「たそがれ」
兄を探す旅に出て半年になる。
この村に立ち寄った兄らしき人物は、村を困らせていた魔物退治に出、それきり帰って来なかったのだという。
重い足を故郷に向けて歩み始めて半刻。日が沈みかけ、あたりは陰に落ちる。
向こうから歩いてくる旅人がいた。すれ違うその時に見えた顔は―――
「兄さん!?」
振り向いて腕を掴もうとしたが、そこには誰もいなかった。
母に聞いた話を思い出した。この時間帯を、誰そ彼、と呼ぶのだという。―――あるいは、逢魔が時、とも。
(所要時間:8分)
9/30「きっと明日も」
きっと明日もろくなことがない。
朝から散歩中の犬に吠えられた。昼は先方のミスなのに上司に怒られた。午後は靴下が破れ、夜は残業。家に帰ればつまらないことで妻と言い合いに。
「はぁ〜〜〜〜〜…」
妻が寝静まってから、布団の中で盛大なため息をつく。寝返りをうつと、娘がぱっちりと目を覚ましていた。
「ぱーぱ」
小さな手を、頭の方に伸ばしてくる。
「なで、なで!」
その小さな優しさと愛らしさに、みるみる気力が湧いた。
「ミルはいい子だな〜!!」
抱きしめる。顔のにやけが止まらない。きっと明日も、いいことがある。
(所要時間:7分)
9/29「静寂に包まれた部屋」
目が覚めると、何もない白い部屋にいた。
「おっ、これはもしかして、ちょっと前のソロ用TRPGでよくあるやつ?」
ここからいかに脱出するか。まずは探索してヒントを探すのだ。
それにしても、音がない。何の音もしない。独り言すら壁に吸い込まれていく。
段々不安になってきた。大声を出してみる。しかし応えるものはない。残響さえもない。
その時、壁に巨大な目が現れた。SAN値チェックです。
腰を抜かしていると、目は言った。
『せっかく静かな部屋を作ったのに、うるさい人間だ』
目の前が暗転した。と思うと、ポイと捨てられるように投げ出され、自室のベッドの上にいた。
「た…」
助かった。ただの悪夢だったのかも知れないが。
外では登校する子供や車の音。音のある生活に安心する。
腰は抜けたままだし、今日は会社を休もう。
(所要時間:10分)
9/28「別れ際に」
「日が短くなってきたよねー」
「せやな。やっと秋やわ」
何気ない会話を交わしながらの下校。いつもの別れの角がやって来る。
「ほな、また明日な」
「うん、またねー」
手を振って別れる。かと思いきや、雨宮は振り向いて指で鉄砲を形作った。
「ズギューン!」
「うわ、やられたぁ〜!」
胸を押さえてその場に倒れ込む。
「いやー、さすが関西人」
「習性やな」
砂を払って立ち上がる。と、雨宮が目の前にいた。指先を俺の胸につけて、上目遣い。
「…ちゃんと、撃ち抜かれてよね」
「は?」
ちゃんと撃ち抜かれたつもりだったし、何ならずっと前から撃ち抜かれてるんやけど。
(所要時間:9分)