9/22「声が聞こえる」
ある日、机の引き出しを開けたら声がした。
四次元とか未来へ繋がったかと思ったら、そういうわけでもないらしい。引き出しの中は引き出しの中、そのままだ。
引き出しに顔を突っ込み、耳を澄ましてみる。遠い残響のようなその声は、はしゃぐ子どもの声のようだった。
「やったー! ママありがとう!」
「もうやだ! 何で勉強しないといけないの!?」
「何であいつ彼氏いるんだよ…ちくしょー…」
15年間苦楽をともにした戦友である勉強机は、来週リサイクルに出される。
(所要時間:9分)
9/21「秋恋」
「秋の恋は本物になりやすいんだって」
そんな話を女子がしていたから、アイツの動向が気にかかる。
男女問わず人気でいつも人に囲まれているアイツに、もし好きな人ができたとか、告白されたとか、そんな話を聞かされたら平静でいられる自信はない。
いっそ俺から告白するか? いやいやいや。アイツとは普通に幼なじみだし、アイツが俺に気があるわけがない。
「将太」
俺に気づいたアイツが近寄ってくる。
「ちょっと屋上付き合えよ」
「お、おう?」
腕を引かれて階段を登る。屋上に出て、手すりにもたれて、アイツは言った。
「オレさ、ずっとお前のこと好きだから」
にっこりと笑う顔に邪気はない。―――いや待って、今何て言った?
「秋の恋とか全然関係なく、ずっと前から年中お前のこと好きだから。それだけ言っときたかった」
言い残して、アイツは悠々と校舎に戻って行った。
アイツに人の心を読む力があることを告白されるのは、それから10年後だ。
(所要時間:9分)
9/20「大事にしたい」
小さい頃に買ってもらったガラスの指輪。近所の友だちにもらった小さな小さなウサギの置き物。中学の先生が合格祈願に全員にくれた幸せの卵のアクセサリ。
マイカが呆れたように言う。
「それはね、単に『捨てられない』って言うの」
「ええーーー。だって大事だもん」
「アンタの部屋いっつも物で溢れ返ってんじゃん。一回片付けに行ったろかって言ってんのに」
「やだやだやだ、マイカ何でも捨てちゃうじゃんー」
「何でもじゃないって。本当に大事なものを絞れって言ってんの。欲張ってもいいことないよ?」
「むん…」
口をへの字にする。
でも、そんなマイカのことも大事にしたいから、アタシはとことん欲張りたいのだ。
(所要時間:7分)
9/19「時間よ止まれ」
肘に何かがぶつかった。嫌な予感が一瞬で駆け抜ける。振り向いた瞬間目に入ったのは、母が大切にしている15万円の花瓶が、傾いてテーブルから落ちていくところだった。
「ストーーーーーーップ!!!!」
思わず叫んだ。
―――宇宙の何らかの力は、それを聞き届けた。
床に落下する直前の花瓶がぴたりと止まる。
それに手を伸ばしていた少年もぴたりと止まる。
風にそよいでいたカーテンも、窓の外で鳴いていた鳥も、全てが止まっている。動くものは何もない。
15万円の花瓶のために、宇宙は全ての動きを止めた。―――永遠に。
(所要時間:7分)
9/18「夜景」
「あれはね、灯りというのだよ」
「あかり」
子が復唱する。
「そう。人間が夜になっても営みを続けるためのものだ。明るいだろう?」
「うん、あかるい。おかあさん、あれも?」
「そう、あれも灯りだ。あの窓に見えるのも、そこの扉に透けているのも、すべて。…ついておいで」
ばさりと翼を広げて夜に飛び立ち、海までの坂の屋根をすべて見渡せる電線に留まる。
「灯りがたくさん見えるだろう? あれがすべて、人間のすみかや人間が作ったものだ」
過去見てきたものに今日突然名前と意味をつけられ、子は戸惑っているようだ。
「にんげんって、たくさんいるんだね」
「ああ、そうだ」
「きれいだね」
「…そうだね」
昼間に我々を見かけては石を投げる人間たち。だがその営みも生命全てにとってみれば尊いと言わねばならないのかも知れない。複雑な思いを胸に、子の安全と成長を祈る。
(所要時間:10分)