【お題:初恋の日】
この国では、恋をしていい年齢に制限がある。
成人は18歳から。
健康被害があるから、お酒と煙草も18歳から。
脳の機能が成熟していないから、車の運転も18歳から。
そして、恋も18歳から。
中学の社会の教科書には、こう書いてある。
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●恋は、心の発達に悪影響があります!
●恋は、人間関係を壊します!
●恋は、望まない妊娠につながります!
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これを授業で読んだ僕達は、揃って『ウエー』と踏み潰されたゴキブリを見ちゃったような顔をした。
だって、知っているのだ。
本当は、恋は楽しいってこと。
そうじゃなきゃ、クラスで恋愛漫画の回し読みなんか流行らないし、恋愛ドラマを親に隠れて観たりもしない。
バレたら先生や親にはめちゃくちゃ怒られるが、そういう大人に限って見えないところでは恋を楽しんでいるのだ。
「ねえ、聞いた?3組のカヤヒさん、転校するって」
「知ってる、年上の恋人がいるのバレちゃったんでしょ」
「仲良かった子に聞いたけど、今病んじゃって引きこもってるって」
「恋人に捨てられて、親にも勘当されたって」
「妊娠しちゃったんでしょ、かわいそう」
このとおり、18歳未満でも隠れて恋人を作るやつはいる。
皮肉にも、今回は教科書の三ヶ条をコンプリートする結果になったようだ。
というよりも、変に大人が規制するから素行不良に走って痛い目を見る子がでているんじゃないだろうか。
中学生向けだから、と舐めた書き方で誤魔化さないでメリットもデメリットも説明してくれればいいのに。
「おーい、帰るぞー」
教室の外から、僕の"一番の親友"が呼んでいる。
「うん、今行く」
まだ教室に残っていた子と適当に挨拶し、僕はいそいそと帰路についた。
「なあ"親友"、あと何日?」
これは、僕の"親友"が、いつも学校の帰り道でしてくる質問だ。
「1,724日だよ」
いつも通り、今日から5年後の僕の誕生日までの日数を調べて答える。
「いやーまだまだ長いなー」
毎日同じやり取りをしているのに、飽きもせず心からおかしそうに"親友"は笑う。
『ごめん、好きになっちゃったかも』
『迷惑かけるって分かってるけど、どうすればいいか分からなくて』
そう、泣きながら"親友"に告白されるまで、恋なんて自分には関係ない、漫画とかフィクションの世界の話だと思っていた。
正直、今でも"親友"に対しての気持ちが恋なのか、そうじゃないのかは分からない。
でも、その時は泣いている顔じゃなくて、いつもの笑顔が見たいと思って、それで。
「ほんと天才だよお前、『18歳の誕生日までは恋人じゃなくて、一番の親友として付き合おう』って」
「抜けがけするなよ、僕の方が誕生日遅いんだから」
僕の初恋の日まで、あと1,724日。
【お題:耳を澄ますと】
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かいじゅう の
あしおと どすん
どしん
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かいじゅう の なきごえ
がおがお
ぐおお
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またゴジラの絵だ。
家族でゴジラの映画を観てから、4歳の娘はすっかりゴジラが気に入ってしまって、保育園から持ち帰るのは全部ゴジラのような『かいじゅう』の絵になった。
「本当に怪獣が好きなのね」
今日描いた絵を誇らしげに見せてくれた、娘の頭をポンポンと撫でる。
「うん!かいじゅうのこえ、いつもちがうからおもしろいの!」
「そうなの?」
ゴジラを観たのは一度きりだったはずだけど、『いつもちがう』とはどういうことだろう。
「なきごえ、きいてくる!」
そう言って、娘は二階への階段をパタパタと駆け上がった。
どうやら、娘が大好きな『かいじゅう』は我が家の二階にいるらしい。
音の出るおもちゃか何かを買った記憶もなく、いよいよ『かいじゅう』の正体が気になってきたので、娘の後を追って二階へ上がった。
「わっ、何してるの」
娘は二階の廊下にぺたんと座り、部屋のドアにぴったりくっ付いていた。
自分の部屋に行っておもちゃでも探していると思っていた私は、驚いて大きめの声を出してしまった。
「ママ、しずかにして」
しっ、と口元に人差し指を当てて、娘は声を潜めて喋る。
「あのね、みみをすますと、かいじゅうのこえがきこえるの」
どうやら、ドアに耳を当てて『かいじゅうのこえ』を聞いていたらしい。
「きょうは、ぐおぐお、ってないてる」
妙に真剣な顔で言うものだから、私も娘に習って、ドアにぴったりと耳を当てて、耳を澄ませた。
< ぐおお、ぐおお >
思わずふふ、と笑いがこぼれる。
「なるほど、寝てるお父さんは『かいじゅう』だったのね」
【お題:二人だけの秘密】
『これは、二人だけの秘密にしてほしいんだけど』
この前置きは、今回も意味がなかったようだ。
「彼女ほしいの?じゃあ開発部の月葉ちゃんとかどうよ?最近彼氏と別れたらしいよ」
仲が良い、同性の同期の一人にしか私が彼氏と別れたことは話していないはずだが、なぜか他部署の課長の話のネタになっている。
「いやー、あの子地味だしデブスじゃないですかあ」
「そうかあ?新卒二年目だし若いだろ」
「あと僕、自分より身長高い女の子連れて歩くの無理なんすよね」
だいぶ下世話な会話の流れになってきて、居心地が悪くなり休憩室を出た。
というか、他部署とはいえ人の上に立つ立場の人間が、休憩室で社員のプライベートをベラベラと口にするのはどうかと思う。
世の中、他人を尊重しない人達が多すぎる。
信頼していた同期の口は軽いし、会社の偉い人のモラルはゼロだし、元彼は引くほど価値観の押しつけが酷かったし。
他人を信用して自分の『秘密』を共有するなんて、もうしない。
「ああ、ありがとう」
同じ部署の先輩が、閉まりかけのエレベーターのドア越しに見えたので、ついドアを開けてしまった。
さっきの休憩室で男性社員に心無い評価をいただいた直後で、人と、知り合いの男性と顔を合わせたくないと思っていたのに、よりにもよっていつも軽薄そうな、誰に対してもヘラヘラしている先輩と二人きりになってしまった。
「お疲れ様です」
心中は灰色どころか真っ黒だったが、なんとか形式的に会釈を返した。
「お疲れ様。そういや俺、来月転職するつもりなんだけどさあ」
「えっ」
先輩の脈絡のない爆弾発言に、思わず顔を見上げる。
「はは、びっくりだよねー。まだ課長にも部長にも言ってないし」
「えっ」
私だったら絶対に笑えないと思う話の状況で、先輩は相も変わらずヘラヘラしている。
この人、全く何を考えているのか分からない。
「それ、私に言っていい話ですか?」
「ん?いいから話したんだけど?」
「…先に上司とか他の人に言われたら、とか気にしないんですか?」
「ならないね」
ポーン、と到着音とともにエレベーターのドアが開く。
そのままオフィスへ向かい数歩進んだところで、ふと、
不思議そうな顔で先輩が振り返った。
「月葉さんってさ、よく気が回るなって思ってたけど、普段ずっと人のこと考えてんの?」
「別に普通だと思いますけど」
ぶはっ、と先輩は吹き出すように笑った。
思わず眉間に皺が寄る。
「ごめんごめん、馬鹿にするつもりはなかった。そんなしょぼくれた顔しないで」
しょぼくれていた訳ではなく、突然笑われたので何だこの人、の顔だったのだが、私の表情筋だとそう見えるらしい。
負い目を感じたのか、先輩は立ち止まって、自身のツーブロックの刈り上げをさすりながら、少し考えるように斜め上を見上げた後、私に目を合わせていつもより丁寧に話し始めた。
「俺は全然そんなこと考えないから、ちょっと驚いて。
だって、俺が転職するのも、上司の前に月葉さんにそれを話すのも、月葉さんが他の誰かに話すのも自由でしょ?」
「…そう、ですね…?」
言っていることは分かるが、あまりピンと来なくて歯切れが悪い返事になってしまった。
「でも、ええと、もし私が、先輩が転職を考えているって秘密を言いふらしたら、先輩は困りませんか?」
「うーん、上司になんか言われたら面倒だなとは思う。でも、どっちにしろ俺が転職するのは変わらないし。こんなの秘密でもなんでもないよ」
ガン、と頭をひどくぶつけたようなショックだった。
「秘密でも、なんでもない」
「そう。全部自分で抱えて、全部秘密にしてあれこれ悩むのってしんどいし、俺顔に出ちゃうから向いてなくて。
だから自分のやりたいことはやるし、思ってることは全部表に出す。人に何か言われても、自分も言いたいこと言ってるから気にしない。わざわざ秘密なんか作るより、この方がシンプルで好きだな」
心が、真っ黒から次々と、色彩を取り戻した。
あの会話をした日、帰り際に慌てた先輩に声をかけられた。
エレベーターで転職の話をした理由は、本人曰く、
『もうすぐ転職するから、ご飯に誘いたかったんだ』
『前から誘いたかったんだけど、彼氏がいるって聞いてたから流石に悪いかなって』
『でも、別れたらしいって休憩室で聞いて、今がチャンスだと思って』
とのことで、あまりにもストレートな誘い文句で、笑いながら二つ返事で了承した。
「律、今日の肉じゃがも美味いね。流石すぎる。あと10kg食べたい」
にこにこと、屈託のない笑顔で先輩が肉じゃがを頬張る。
あれから先輩と付き合い始めて一年が経ち、今は先輩のマンションに半同棲している。
相も変わらず、ストレートな愛情表現が止まらないので、少し仕返しの意味も込めて返事をした。
「ありがとう。あなたのためなら何でも作れちゃうかも」
「え、なに急に」
普段使わない返しをしたのが、よほど意外だったみたいだ。
「あなたが、思ってることは全部表に出した方がいいって教えてくれたから、真似するようにしたの」
そう言うと、先輩は顔を真っ赤にして目を逸らしながら、もにょもにょとこう言った。
「これは、二人だけの秘密にしとこうか」
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蛇足
前作に救いがなさすぎて、友人にも心配をかけたので
ハッピーエンドのアンサーのようなものを書きました。
ここまで読んでいただいて、私の作品が好きだなと思った方はこれより下へのスクロールはお勧めしません。
もう読んでしまった方はすみません。
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【お題:優しくしないで】
俺には高校生の頃から付き合っている彼女がいる。
今どき珍しい一度も染めていない艶やかな黒髪が似合う、背の高い美人で、流行りのアイドルみたいに折れそうな細い体型ではなく、どこを触っても、もちもちとしていて、そういうことをすると眉を八の字にしてはにかむ顔が可愛い、俺にはもったいないくらいの人だ。
将来、彼女を幸せにするためだと思えば、修論もバイトも何だって頑張れる。
「どうしたの?」
ワークチェアに座って体をゆらゆらさせながら、彼女が俺に声をかける。
どうやらぼーっとスマホを見すぎて、彼女をほったらかしにしたようだ。
「ああ、ごめん。親からLINEきてて」
「そういえば、夜予定があるって言ってたよね。時間大丈夫?」
「あ、やべ」
ベッドから立ち上がり、ゴミみたいなスペックのくせに重いPCと、大学の図書室から借りた分厚いだけのつまらない本をリュックサックに詰める。
「道分かる?送っていこうか?」
「いや、何回か来てるし…」
彼女の住むマンションに遊びに行くのはこれで三度目だ。
就活を避けてなんとなく大学院に進学した俺とは違い、彼女は大学を卒業した後、IT系企業に就職した。
その給料をこつこつ貯金し引越し費用にあてて、最近一人暮らし始めたと聞いて、真っ先に引越し祝いをプレゼントしに行ったのが一度目。
俺と同じ、好きだと言っていたゆるキャラの抱き枕を脇に抱えて行ったら、丸い目をさらに丸くさせて驚いていた。
あの顔は傑作だった。
その時に冷蔵庫の中身を見ると、自炊をしている様だった。
作り置きのおかずが数種類ストックされているのに、
調味料が3〜4種類しかないのがちぐはぐでおかしくて、調味料のギフトセットをプレゼントしたのが二度目。
「毎回プレゼントをくれるんだね」
「ありがとう、優しいね」
と、あの眉を八の字にしてはにかんだ顔で言われた俺は照れて、
「幸せにしてやりたくて」
と、柄でもない事を口走ったのは記憶に新しい。
三度目の今日は、修論の進捗に悩んでいる俺を見かねて「どこか遊びに行く?息抜きも大事だよ」と時間を作ってくれた。
結局、本当に修論の進捗がよろしくなくて、外出はせず今までアドバイスを貰いながら修論を書く羽目になったが、
彼女も仕事で疲れているだろうし、折角の休日に無理をして遠出をさせるのも申し訳ないし、「将来副業したくて勉強する時間もほしかったんだよね」と言っていたのでまあ結果オーライだろう。
「流石に迷ったりしないよ。誰かさんと違って」
そうからかった別れ際の、彼女のムッとした表情も可愛かった。
彼女と会う、四度目が来ないとは思っていなかった。
『別れてほしい』
と、彼女からLINEが送られてきたのはその一週間後。
修論の進捗報告のためにゼミ室に居る時で、突然のことだった。
その間にけんかや気まずい思いをしたやり取りもなく、彼女に何かあったのかと思い、ゼミ室を飛び出しすぐに電話をかけた。
なかなか繋がらなかったが、五度目の電話でようやく繋がった。
「別れてほしいって、どういうこと?何かあった?」
「…特に何も。そのまま、別れてほしいの」
「何もないってことはないだろ、何があった?」
彼女に問いただしても、歯切れが悪かったり沈黙が続いてイライラした。
「急に別れてほしい、だけ言われて納得できるわけないだろ」
研究棟の休憩スペースは静かで、何人かがこちらを振り向いた。
スマホのスピーカー越しに彼女のため息と、続いて大きく息を吸う音が聞こえた。
「急にじゃない」
「は?」
「ずっと別れたかった、あなたが優しくないから」
訳が分からない。
「優しくないって、どうして?常に君の事を第一に考えているし、毎回デートの時にプレゼントあげてるし、仕事で疲れてるの分かってるからおうちデートにしてるし将来結婚した時のためにバイトして金貯めてるのに?俺が、優しくないって!」
休憩スペースには、いつの間にか誰も居なかった。
動悸が激しく、血が流れる音が煩い。
長く短い沈黙の後、彼女がぽつぽつと呟くように言った。
「…何も頼んでないよ、私は」
「どれもやってほしいなんて、言ってない」
「私の将来と、あなたの将来は同じものじゃない」
「あなたのそれは、ただの好意の押しつけ」
「それを、優しさって言うなら、もう、」
やっと、彼女が泣いている事に気がついた。
「優しくしないで」
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蛇足
友人に誘われて、初めて投稿した作品です。
登場人物の容姿以外はほぼノンフィクションと伝えたら、
結構ガチで心配されました。
ユーモアって難しいですね。
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