【お題:優しくしないで】
俺には高校生の頃から付き合っている彼女がいる。
今どき珍しい一度も染めていない艶やかな黒髪が似合う、背の高い美人で、流行りのアイドルみたいに折れそうな細い体型ではなく、どこを触っても、もちもちとしていて、そういうことをすると眉を八の字にしてはにかむ顔が可愛い、俺にはもったいないくらいの人だ。
将来、彼女を幸せにするためだと思えば、修論もバイトも何だって頑張れる。
「どうしたの?」
ワークチェアに座って体をゆらゆらさせながら、彼女が俺に声をかける。
どうやらぼーっとスマホを見すぎて、彼女をほったらかしにしたようだ。
「ああ、ごめん。親からLINEきてて」
「そういえば、夜予定があるって言ってたよね。時間大丈夫?」
「あ、やべ」
ベッドから立ち上がり、ゴミみたいなスペックのくせに重いPCと、大学の図書室から借りた分厚いだけのつまらない本をリュックサックに詰める。
「道分かる?送っていこうか?」
「いや、何回か来てるし…」
彼女の住むマンションに遊びに行くのはこれで三度目だ。
就活を避けてなんとなく大学院に進学した俺とは違い、彼女は大学を卒業した後、IT系企業に就職した。
その給料をこつこつ貯金し引越し費用にあてて、最近一人暮らし始めたと聞いて、真っ先に引越し祝いをプレゼントしに行ったのが一度目。
俺と同じ、好きだと言っていたゆるキャラの抱き枕を脇に抱えて行ったら、丸い目をさらに丸くさせて驚いていた。
あの顔は傑作だった。
その時に冷蔵庫の中身を見ると、自炊をしている様だった。
作り置きのおかずが数種類ストックされているのに、
調味料が3〜4種類しかないのがちぐはぐでおかしくて、調味料のギフトセットをプレゼントしたのが二度目。
「毎回プレゼントをくれるんだね」
「ありがとう、優しいね」
と、あの眉を八の字にしてはにかんだ顔で言われた俺は照れて、
「幸せにしてやりたくて」
と、柄でもない事を口走ったのは記憶に新しい。
三度目の今日は、修論の進捗に悩んでいる俺を見かねて「どこか遊びに行く?息抜きも大事だよ」と時間を作ってくれた。
結局、本当に修論の進捗がよろしくなくて、外出はせず今までアドバイスを貰いながら修論を書く羽目になったが、
彼女も仕事で疲れているだろうし、折角の休日に無理をして遠出をさせるのも申し訳ないし、「将来副業したくて勉強する時間もほしかったんだよね」と言っていたのでまあ結果オーライだろう。
「流石に迷ったりしないよ。誰かさんと違って」
そうからかった別れ際の、彼女のムッとした表情も可愛かった。
彼女と会う、四度目が来ないとは思っていなかった。
『別れてほしい』
と、彼女からLINEが送られてきたのはその一週間後。
修論の進捗報告のためにゼミ室に居る時で、突然のことだった。
その間にけんかや気まずい思いをしたやり取りもなく、彼女に何かあったのかと思い、ゼミ室を飛び出しすぐに電話をかけた。
なかなか繋がらなかったが、五度目の電話でようやく繋がった。
「別れてほしいって、どういうこと?何かあった?」
「…特に何も。そのまま、別れてほしいの」
「何もないってことはないだろ、何があった?」
彼女に問いただしても、歯切れが悪かったり沈黙が続いてイライラした。
「急に別れてほしい、だけ言われて納得できるわけないだろ」
研究棟の休憩スペースは静かで、何人かがこちらを振り向いた。
スマホのスピーカー越しに彼女のため息と、続いて大きく息を吸う音が聞こえた。
「急にじゃない」
「は?」
「ずっと別れたかった、あなたが優しくないから」
訳が分からない。
「優しくないって、どうして?常に君の事を第一に考えているし、毎回デートの時にプレゼントあげてるし、仕事で疲れてるの分かってるからおうちデートにしてるし将来結婚した時のためにバイトして金貯めてるのに?俺が、優しくないって!」
休憩スペースには、いつの間にか誰も居なかった。
動悸が激しく、血が流れる音が煩い。
長く短い沈黙の後、彼女がぽつぽつと呟くように言った。
「…何も頼んでないよ、私は」
「どれもやってほしいなんて、言ってない」
「私の将来と、あなたの将来は同じものじゃない」
「あなたのそれは、ただの好意の押しつけ」
「それを、優しさって言うなら、もう、」
やっと、彼女が泣いている事に気がついた。
「優しくしないで」
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蛇足
友人に誘われて、初めて投稿した作品です。
登場人物の容姿以外はほぼノンフィクションと伝えたら、
結構ガチで心配されました。
ユーモアって難しいですね。
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5/2/2024, 3:16:38 PM