「冬って好き?」
「うーん」
考えるように一呼吸置いて、她は「嫌いだな」と答えた。
「ふうん。なんで?」
「なんでとは」
她はさらに首を捻る。
「強いていえば、寒いから、かな。ほら、わたしは冷え症が酷いでしょ。カイロの消費がとんでもないし、無くなったとき買いに行かなきゃいけないのも嫌だから。寒くてお布団から離れるのが憂鬱になりがちなのも理由の一つかな」
ま、鍋物とかおでんは美味しいけどね、と她は付け加える。微笑ましくてつい「そっかそっか」とうなずくと少しムッとした顔を見せた。
「そういうアンタはどうなのさ。アンタも毎年冷えに悩まされてるじゃない」
「ぼく? ぼくは割と好きだよ」
「なんで?」
声音にはからかいが混じっているが、表情は至極マジメだった。倣って、ぼくも至極マジメな顔で答える。
「冬になったらこうしてくっつけるから」
「……あっそ」
照れたように身体を預ける她を温めるように肩を抱くと、わたしも好きになれそう、と小さく聞こえた。
ぼくが好きなのは她といっしょに過ごす冬だけだなんて、とてもじゃないが今はまだ言えないなぁ。
▶冬になったら #40
あの子が死んだ。
学生時代のいじめで発症した鬱病による、自殺だった。
葬式の日、あの子はきれいにお化粧をして、絹の白袴を着たまま棺の中で横たわっていた。
私はおいおいと泣いた。
あーあ、もしも別なときに死んでしまったら、おたがい泣かないで送り出そうねって約束したのに。笑っていてほしいからって、言ってたのに。
だけど、いくら理性で止めようとしても、大雨のあとの濁流のように涙は溢れつづけた。
以前のように冗談を言い合えないのが悲しくて。
あの子の痛みに、苦しみに気づけなかったことが悔しくて。
だけど、ああ、とも思う。
あの子はもうこれ以上苦しまなくてもいいんだ。それはきっとあの子にとって最善だったのかもしれない。あの子に唯一残された救いだっあのかもしれない。
いろんな感情がドッと押し寄せて、私を支配しようとする。ぐちゃぐちゃに掻き乱そうと襲いかかる。
あの子は死後の世界を信じていた。よい行いをすればすてきななにかが未来で待っているし、死んだあともきっと楽しくいられると熱弁していたものだ。
私は信じなかったけど、けれど、もし本当にそんなものがあるのなら。
そしたら、また、会えたりするのかな。
涙はいまだ頬を伝って、足元にしみをつくる。
それらを拭い、手近な位置においていた三本の白菊を掬い上げ、あの子に手向けた。
寂しくなるけどさようなら。
あの世でまた会いましょうね。
▶また会いましょう #39
「ねえ」
「んー?」
「ススキ、風通しのいい頂とか原っぱでしか見なくなったね」
「そうだね、もうほとんどが黄色い花に侵食されちゃった」
「たしか外来種なんだっけ?」
「そうそう。名前は……セイタカアワダチソウっていうんだっけな」
「あーあ、私、ススキが風になびくときの音、すっごい好きだったんだけどなあ」
「もう家の近くで聞けないと思うと寂しいね……」
「まあお陰でこうしてあんたとドライブできるから結果オーライなんだけどさ」
「あれまあ、そんなお世辞言ったってお昼代奢るくらいしかしませんよ~?」
「いよっ、太っ腹! 素敵! 大好きだよお財布ちゃん!」
「じゃあ私の財布と結婚する?」
「ほんの冗談ですってば、ごめんよ。私が愛してるのは千代さんただ一人です」
「ほんとに?」
「ほんとだって。あんたがなにも言わずに友人とドライブに行った日のこと忘れた?」
「……………よし、それじゃなに食べたい?」
「塩ラーメン!」
「これまたド定番な。んー、近場に一軒あったはずだから、とりあえず行きましょうぜ」
「やったー!」
▶ススキ #38
最近、外が暗くなると恐ろしい気持ちでいっぱいになる。
なにか怖い出来事があったわけではない。ただ、あたたかい布団にくるまって、あなたのそばで朝焼けを待つだけの時間が、怖くなった。
「だーかーらー、そんなに心配しなくても平気なんだってば」
「でも……」
「もーっ、私の頑丈さはあんたが一番知ってるでしょ!『でも』も『なに』もない。てか、そんなに心配されると逆に不安になるんだけど!?」
「う、それもそうだね……」
私は知っている。夜が訪れる度に魘されるあなたを見ている。私の知らないどこかで、私の知らないなにかを恐れ、逃れようともがき、時に反撃しようと声をあげるあなたを。そんなあなたの姿が脳裏から離れないの。
──そんなことを言えばきっと、あなたはもっと気丈に振る舞う。生活を共にする私にすらもその傷を隠してしまうだろう。
だからこれ以上深くは語らない。語れない。あなたを傷つけたいわけじゃないから。
なんだか胸のあたりが重たくなって、自然と背中が丸まる。ほのかな沈黙がふたりを包んだ。
「……あー、まあ、あれだ。その……」
あなたが頭を掻きながらなにかを伝えようと口を開いて、しかし気まずそうにそれを閉じた。
モゴモゴと口元だけで喋ろうとするのは、言いたいことを我慢しようとするときのあなたの癖だ。
「なあに?」
「……………心配してくれてありがとうね」
あと、言い方きつくなってゴメン。
とてもちいさな声で呟くように言うあなた。
「……ううん。私こそごめんなさい」
すっ、と小指を差し出すと、あなたもそれに小指を絡める。仲直りの証。
今夜も戦うあなたを、私は見守っているよ。あなたが助けを求めたときに誰よりも早く駆けつけられるように、誰よりも近くであなたを見守り続けよう。だから、ひとりで抱え込むのが辛くなったら、誰かに寄りかかりたくなったら、いつでも呼んでちょうだいね。ひとの怯えなんて気にしないで。
私に、あなたを守らせて。
▶脳裏 #37
しとしとと頬を濡らす柔らかな雨。
舐め取ってみると、それは妙にしょっぱかった。
▶柔らかい雨 #36