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11/13/2023, 11:12:02 AM

 あの子が死んだ。
 学生時代のいじめで発症した鬱病による、自殺だった。

 葬式の日、あの子はきれいにお化粧をして、絹の白袴を着たまま棺の中で横たわっていた。
 私はおいおいと泣いた。
 あーあ、もしも別なときに死んでしまったら、おたがい泣かないで送り出そうねって約束したのに。笑っていてほしいからって、言ってたのに。

 だけど、いくら理性で止めようとしても、大雨のあとの濁流のように涙は溢れつづけた。
 以前のように冗談を言い合えないのが悲しくて。
 あの子の痛みに、苦しみに気づけなかったことが悔しくて。

 だけど、ああ、とも思う。
 あの子はもうこれ以上苦しまなくてもいいんだ。それはきっとあの子にとって最善だったのかもしれない。あの子に唯一残された救いだっあのかもしれない。

 いろんな感情がドッと押し寄せて、私を支配しようとする。ぐちゃぐちゃに掻き乱そうと襲いかかる。

 あの子は死後の世界を信じていた。よい行いをすればすてきななにかが未来で待っているし、死んだあともきっと楽しくいられると熱弁していたものだ。
 私は信じなかったけど、けれど、もし本当にそんなものがあるのなら。
 そしたら、また、会えたりするのかな。

 涙はいまだ頬を伝って、足元にしみをつくる。
 それらを拭い、手近な位置においていた三本の白菊を掬い上げ、あの子に手向けた。

 寂しくなるけどさようなら。
 あの世でまた会いましょうね。


▶また会いましょう #39

11/10/2023, 10:37:07 AM

「ねえ」
「んー?」
「ススキ、風通しのいい頂とか原っぱでしか見なくなったね」
「そうだね、もうほとんどが黄色い花に侵食されちゃった」
「たしか外来種なんだっけ?」
「そうそう。名前は……セイタカアワダチソウっていうんだっけな」
「あーあ、私、ススキが風になびくときの音、すっごい好きだったんだけどなあ」
「もう家の近くで聞けないと思うと寂しいね……」
「まあお陰でこうしてあんたとドライブできるから結果オーライなんだけどさ」
「あれまあ、そんなお世辞言ったってお昼代奢るくらいしかしませんよ~?」
「いよっ、太っ腹! 素敵! 大好きだよお財布ちゃん!」
「じゃあ私の財布と結婚する?」
「ほんの冗談ですってば、ごめんよ。私が愛してるのは千代さんただ一人です」
「ほんとに?」
「ほんとだって。あんたがなにも言わずに友人とドライブに行った日のこと忘れた?」
「……………よし、それじゃなに食べたい?」
「塩ラーメン!」
「これまたド定番な。んー、近場に一軒あったはずだから、とりあえず行きましょうぜ」
「やったー!」


▶ススキ #38

11/9/2023, 10:54:44 AM

 最近、外が暗くなると恐ろしい気持ちでいっぱいになる。
 なにか怖い出来事があったわけではない。ただ、あたたかい布団にくるまって、あなたのそばで朝焼けを待つだけの時間が、怖くなった。
「だーかーらー、そんなに心配しなくても平気なんだってば」
「でも……」
「もーっ、私の頑丈さはあんたが一番知ってるでしょ!『でも』も『なに』もない。てか、そんなに心配されると逆に不安になるんだけど!?」
「う、それもそうだね……」
 私は知っている。夜が訪れる度に魘されるあなたを見ている。私の知らないどこかで、私の知らないなにかを恐れ、逃れようともがき、時に反撃しようと声をあげるあなたを。そんなあなたの姿が脳裏から離れないの。
 ──そんなことを言えばきっと、あなたはもっと気丈に振る舞う。生活を共にする私にすらもその傷を隠してしまうだろう。
 だからこれ以上深くは語らない。語れない。あなたを傷つけたいわけじゃないから。
 なんだか胸のあたりが重たくなって、自然と背中が丸まる。ほのかな沈黙がふたりを包んだ。
「……あー、まあ、あれだ。その……」
 あなたが頭を掻きながらなにかを伝えようと口を開いて、しかし気まずそうにそれを閉じた。
 モゴモゴと口元だけで喋ろうとするのは、言いたいことを我慢しようとするときのあなたの癖だ。
「なあに?」
「……………心配してくれてありがとうね」
 あと、言い方きつくなってゴメン。
 とてもちいさな声で呟くように言うあなた。
「……ううん。私こそごめんなさい」
 すっ、と小指を差し出すと、あなたもそれに小指を絡める。仲直りの証。
 今夜も戦うあなたを、私は見守っているよ。あなたが助けを求めたときに誰よりも早く駆けつけられるように、誰よりも近くであなたを見守り続けよう。だから、ひとりで抱え込むのが辛くなったら、誰かに寄りかかりたくなったら、いつでも呼んでちょうだいね。ひとの怯えなんて気にしないで。
 私に、あなたを守らせて。


▶脳裏 #37

11/7/2023, 8:26:59 AM

しとしとと頬を濡らす柔らかな雨。
舐め取ってみると、それは妙にしょっぱかった。


▶柔らかい雨 #36

11/5/2023, 2:46:51 PM

 それは大きな衝撃であった。
 雷に打たれたかのような衝撃が全身を駆け巡り、当時のわたしは瞬時に悟った。これこそ運命と呼ぶに相応しい出会いだ、と。
 わたしたちが会うことは決して叶わない。
 だけど、それでもわたしは彼を支えると決めた。彼を追いかけ続けると決めた。

「は~、今日も尊いわぁ……」

 これは、わたしと最推しくんとの出会いの話。


▶一筋の光 #35

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