目が覚めると
目が覚めると、彼の腕の中にいた。
(そうか……、昨日…)
と朧気な記憶を辿る。
身体が思うように動かない。
貫かれた鈍い痛みが走る。
でも決して不快ではないその痛み。
(好きな人と結ばれたんだ…)
彼の匂いや温もりに安心感を覚える。
耳を澄ませると彼の鼓動が聴こえた。
やはり夢ではない。
もう少しだけ、まどろんでいたい。
こんな幸せがあったんだと実感したい。
彼の背中に回した腕に少しだけ力を入れる。
彼が目を覚ましたら「おはよう」と言おう。
特別な挨拶だ。
そうして私は再び、眠りについた。
私の当たり前
私の当たり前。
それは好きな人を支えること。
好きな人の夢を一緒に叶えること。
お医者さんを目指していた彼。
必然的に私の夢は看護師になった。
そして、彼と一緒の病院で働くの。
そしてそれは叶った。
次は彼のお嫁さんになること。
彼は私のお婿さんになること。
二人の夢は一緒。
私の当たり前。
そして、あなたの当たり前。
街の明かり
実家は田舎だから夜になると人通りが少なく、また民家と民家の間にも距離があるため、明かりはまばらだ。
そんな光景も悪くは無かったが、都会に出てきて何年かは実家には帰っていない。
電話は時折りするだけだ。
都会の街中は夜でも煌々としている。
むしろ、昼間の時より一際輝いているが、酔っ払いのサラリーマンの愚痴や、ホストクラブの勧誘の声など騒々しい。
眠らない街、東京とはよく言ったものだ。
初めて上京してきた時には、そのまばゆい光に圧倒された。
だが、孤独だ。
人は大勢いるというのに、どこまで行っても孤独を感じる。
終電を逃した。
走れば間に合うくらいだったが、走るのを拒否した。
何だか、ゆっくりしたい気分だった。
明日は土曜だ。
レイトショーもあれば、ネカフェもある。
一人居酒屋だって構わない。
信号や車のライト、店のネオンなどが段々と滲んで、水彩画のように写し出した。
(泣いているのか?)
自分でも不思議だった。
頬に伝わる涙は、暑さで少し生温かい。
祝日の月曜も入れれば三連休だ。
久しぶりに実家に帰ってみようと思った。
田舎の素朴な街の明かりを久しぶりに見たい。
友だちの思い出
幼い頃から友だちの女の子とキスをした。
友だちとして最後の思い出だ。
驚いた彼女は僕を突き飛ばした。
それはそうだろう。
彼女は僕のことを『友だち』として。
僕は彼女のことを『女の子』として見ていたのだから。
と若かりし頃の苦い思い出が蘇った。
中途入社してくる新人を紹介されたのは、ついさっきだ。
何となく面影があるなとは思っていたが、
名前を聞くまで確信は持てなかった。
綺麗になったなと思った。
また恋をしてしまいそうだ。
僕の顔をしげしげと眺める彼女を見て、にこりと笑う。
慌てる彼女は、僕との思い出を記憶しているのだろうか。
忘れていたとしても、それは『友だち』としての最後の思い出。
これからは『恋人』としての最初の思い出に塗り替えていけばいい。
星空
東京から実家へと戻ってきた。
以前から帰省するたびに実家の居心地の良さは分かっていたが、東京じゃないと叶えられない夢があって、必死に頑張った。
頑張って、頑張って、頑張って、
会社からの叱責や、時間に追われ余裕のなさがあっても、それでも夢に向かって頑張れた。
でもある時、ぷつんと糸が切れてしまったかのように、どうでも良くなってしまった。
そして実家に帰ろうと決めたのだ。
私の実家は田舎だ。
だから夜になると、東京より少し涼しくて、そして漆黒の夜が訪れる。
でもその分、星の瞬きがより一層に際立っていた。
私もあんな風にキラキラと輝きたかったのに……と感傷にも浸る感じだけど、でも重積から解き放たれた気分なので、例え輝けなくても問題は無かった。
本当に気分がいい。
星空がこれからも見守ってくれる、そんな気がした。