時雨 天

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8/10/2023, 12:34:50 PM

終点




かたんことん――
心地よい揺れに、目が覚めた。
頭がぼーっとするけど、徐々に周りがはっきりしてきた。
誰もいない、箱のように揺れ動くモノの中にたった一人の私。
ここはどこだろうか?――そう思った、だけどよく思い出せない。
また、揺れる。でも、驚くほどの揺れではない。
ゆっくりと立って、周りを見渡す。――本当に誰もいない。
外は暗い。夜なのだろうか?
かたんっと奥のドアが開いた。そこには知らない人。

「よく眠れた?あともう少しで着くと思うよ」

黒髪短髪、色付きサングラスをかけている。
全身、真っ黒って感じ。肌は白い、そこだけ。

「どこに着くの?」

「綺麗なところ、ユートピア?」

ふふっと笑って、空いている席に座った。

「なにそれ、わかんない」

私は首を傾げた。――ユートピアってなんだろう?

「わかんないと思うよ、みーんな。僕もそうだったし」

「みんな、わかんない……のね。ところで、あなたはだれ?ここはどこ?」

「僕は案内人のリヴァ。リヴァでいいよ。んで、ここは電車っていう乗り物の中」

両手を大きく広げて言う黒髪短髪の人――リヴァ。

「リヴァ、私は……たしか……ユキ」

「知っているよ、キミのことは」

いつの間にか、私の目の前まで来ていた。驚いて、後ろに数歩、下がる。
少し、しゅんとしたリヴァだが、立ち直るのが早かった。

「あと少しで着くから、ゆっくりしてて」

そう言って、ひらひら手を振ると奥のドアへと歩いていった。
静かになった電車の中。かたんことんとまた揺れる。
ひとりぼっちになった途端、急に不安と悲しい気持ちが込み上がってきた。
なんだろう、この気持ち。記憶が少しずつ蘇ってきた。
――優しい人の声、頭を撫でられると気持ちいい。抱っこされるのが、苦手でよく暴れて引っ掻いた。喧嘩もして、噛んじゃった時もあったけど、最後は優しく撫でてくれる。大好きな、大好きな声と手。毎朝くれる、甘くて美味しいバナナのカケラ。美味しいね、って言って食べた。長い耳を優しくマッサージしてくれた、ついつい甘い声が出てしまう。もっとたくさん甘えたかった。
気がつくとポロポロと涙が出ていた。――思い出した。

「そうだ、私、病気になって、痛くて苦しくて……。飼い主さんはっ‼︎」

一番近くの電車のドアに向かい、外を見る。
キラキラとした光の粒が散らばっていた。見たことのない景色。
ふと、リヴァが出て行った奥のドアを思い出し、そこへ向かう。
ドアを開けると同じ、電車の中。また先にドアがある。
何回開けても、何回開けても、同じ電車の中だった。
どこにもいない、私の大好きな飼い主さん。

「いないよ、どこにも」

ポロポロ泣きながら、床に座り込んだ。
すると、肩を叩かれたので、顔を上げるとリヴァがいた。

「どうしたの、こんなところに座って」

「いないの、大好きな飼い主さん」

「そうだね、いないね」

リヴァも寂しそうな表情をしていた。

「もうすぐ、終点だよ。そこで、待とう。飼い主さん」

「やだやだ、帰りたい、帰りたい‼︎」

「そうだね、帰りたいよね、でもね、もう帰れないんだ」

「なんで帰れないの?この電車に乗って帰れるでしょ?」

なんとなくだけど、わかっていた。帰れないってことが。
この電車の中で目を覚ました時点で、なんとなく。

「帰れるなら僕も大好きな人のところへ帰りたいよ」

リヴァもポロポロ泣いていた。すると、アナウンスが流れる。
――終点、虹の駅。終点、虹の駅。

「さぁ、着いたね。ここでは、自由だよ。ご飯も美味しい、水も美味しい、なんなら病気にならない、元気いっぱい」

ゴシゴシと涙を拭いて、手を差し伸ばされた。
私はその手を取らずに首を振る。

「行きたくない、大好きな飼い主さんがいないもん」

「……そうだね、でも、飼い主さんが迎えにきやすいようにここで待っているんだ、みんな。帰ることはできないけど、ここから、見守ることもできる」

「帰りたい」

「わかる、最初はみんな同じ気持ち。でも、生命ある限り、いずれは訪れるモノがある。だからこそ、この虹の駅で待つんだ。飼い主さんが、迎えにくるのを。もう一度、会うために」

黒い瞳に見つめられると何も言えなくなる。
ここで駄々をこねても何もない。帰りたくても帰れないのはわかっていた。――現世で、生命を全うしたから。

「……わかった、リヴァと飼い主さんを一緒に待つ」

ゆっくり立ち上がり、リヴァの手を握る。

「ありがとう、ユキ。さぁ、行こうか」

電車を降りて、終点駅に。そこは、自然あふれる心地よい場所だった。
青い空、白い雲、優しく私たちを照らす太陽。
隣を見るとリヴァは黒い兎になっていた。私も同じくグレーのうさぎになっていた。もとの姿だ。


「ここで、待っているね、飼い主さん。大丈夫、また会えるの信じているから」



8/9/2023, 2:09:45 PM

上手くいかなくたっていい





ころんと転がっていく。――また失敗した。
これで何回目だろうか。――ほら、まただ。
何回やっても上手くいかない。――当たり前だ。
初めから、何でもかんでも上手くいくわけがない。
初めから、上手くできたら、苦労なんかしない。
失敗をするから、失敗を重ねるから、苦労をするからこそ、最後には上手くいく。
上手くいかなくたっていい、何よりも誰よりもキミが努力をしているのは知っている。
必ず見ている人は見ていてくれているから。
慌てなくていい、焦らなくていい、キミはキミだから――

8/8/2023, 12:38:18 PM

蝶よ花よ



大きなクリクリとした黒い瞳はよく私を見ていた。
長い耳で、私の声を聞いて反応して、擦り寄ってくる。
ヒクヒクと動く、鼻とヒゲ。しっかりとした後ろ足。
畳の上を嬉しそうに走り回る、可愛い可愛い愛兎。
わがままな時もあった、気に入らなければすぐ怒る。
何故だか理解できない。今でも不思議である。
だけど、そこも含めて全てが愛おしい。
大事に、大切に育ててきた。そして、どんどん美しく綺麗になっていった。
ずっと一緒だったと思っていたけど、いずれ生命に限りはある。
ある日、私の腕の中で、静かに息を引き取り、空へと昇っていった。
きっと、空の上から私を見守ってくれているはず。ぴょんぴょん飛び跳ねながら。
蝶よ花よと育てた私の可愛い愛娘――

8/7/2023, 1:15:38 PM

最初から決まってた




「こんにちは、いい天気だね」

若い子に声をかけられた。少し驚いたけど、小さく頷いた私。
生き生きとした感じが、懐かしく思ってしまった。

「ねぇ、大丈夫?元気がないみたいだけど……」

そう言われて、ドキリとする。元気がないのは確かだ。
日に日に、生きる力が薄れていくのがわかる。

「雨、降らないかな?私ね、雨が大好きなの。アナタも雨が好き?雨が降ったら元気が出るよね」

キラキラとした眼差しを向けられた。そのキラキラが眩しい。
私は目を細めながら、頷いた。若い子に圧倒されてしまう。
自分自身、昔はこうだったような気がしなくもない。
きっと、あの時喋った人もそう思っていたんだろうな。

「ねぇねぇ、あまり喋らないの?楽しくない?人生楽しまなきゃっ」

質問攻め。困った表情をしても、若い子には無意味だった。
別に喋りたくないわけでもないが、私にはもう残された時間が少ない。
一人になって、今まで生きたことを振り返りたいのに。
ふと、空を見上げた。青い空、白い雲、太陽の光が目に映る。
色々な世界だった、本当に。

「あのね、あのね、私ね。とっても綺麗な花を咲かせるんだ‼︎」

きゃっきゃっ笑ってそう言う若い子。
そうだ、そうだ。赤や青、黄や紫など色を注がれて、綺麗に着飾る。
そして、美しく咲き誇る。夢のような時間だった。
あっという間に時は過ぎ、気が付けば、もう終わりに近づいている。
それは、この世界に生まれた時点で、最初から決まっていたことだ。
全てのものに生命がある。今となっては、あの時喋った人の言葉が理解できた。

「……ねぇ、聞いてくれる?私の話」

「やっと、口を開いてくれたぁー、なになに?気になる」

「それはね――」

私の歌と引き換えに、新しい息吹を若い子へ。――蝉時雨が響いた。

8/6/2023, 12:02:39 PM

太陽





静かに窓を開けて、ベランダに素足で出る。
ベランダに置いていた椅子に腰を下ろして、昇る太陽を見つめた。
もうすぐ朝が生まれる――そう思うといつもワクワクする。
ゆっくりと空へ昇っていく。いつ見ても綺麗な光景。あまりの美しさに、息を呑む。

「おはよう、今日も一日、ボクらを照らしてください」

ふふっと笑って、小さく太陽に手を振った。
すると、一匹のスズメが柵に止まる。

「太陽さんに挨拶しているの?」

「うん、そうだよ、スズメさん。今日も照らしてくださいってね」

「あら、とても素敵だわ、いいことあるといいね」

翼をバサッと広げ、遠くへ飛んで行った。

「気をつけてね、スズメさん。キミにもいいことがありますように」

スズメに手を振った。椅子から立ち上がり、空を見つめる。

「さーてと、お仕事行く準備をしますかぁー」

屈伸をして、部屋へと戻った。
太陽のおかげで世界が光に照らされている。だから、ボクらは生きていける。そう思う――

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