まっしろな雨の日に彼女は行方不明になった。
最近、最悪だと思うことが多い。
学校で日直が回ってきたときとか、
体育でダサい転び方したときとか。
全部全部いやでいやでいやで最悪最悪最悪。
ひまで机をカッターで削る。いやだめだけどさ。
たまに思う。
ここで私が日記とかにあいつが悪いって書いたまま死ねば、
あいつが悪いって完璧な事実が残るわけ。
ちょっと、いいなって思ってしまう。彼女に必死で止められたけど。
私がクラスラインに入った3分後、2人抜けた。
ちょっとわかりやすすぎて吐きそうだった。
その子はクラスに嫌いな人がいると言って休んだし。
さすがに動じた。
ああ、もう嫌だ。
頑張って善人のように目立たないように迷惑かけないように生きてきたつもりなのに。
すこし切れてほつれたスカートがなびく。
考えるだけで、もう何もかも終わってる。
彼女が悲しむかなぁ。そうだよなあ。彼女がいるって言ったら親は「は?」って言ってから
口も聞いてないっけ。わたし。
全部最悪で最悪で最悪。
彼女いるだけマシなんだろうなあって思ったら、前が見えないくらいの雨で足が滑った。
あ、これ事故だ。
自分の落ちる先を知ったとき、ちょっと嗤ってしまった。
あーもう。罰ゲームで秘密話して?
Aはいつも言う。
人の秘密をくまなく好む。
Fは少しうつむいて、「彼氏がいること…」と言った。
Fは次の日からAとは話さなくなった。
秘密は、言えないから秘密なんだ。
悪いこととか、やましいことだから。
Kとかはまんまと言って自滅した。クラスの人気者、Yくんを好きになっただけだった。
暑い暑い夏にYは近くの電車がめったに来ない小さな踏切に飛びこんだ。
ねえ。次はB。言って?
名指しされると、すこし鳥肌が立つのはどうして。
じわっと2重にした上着の中で汗ばむ感覚。
私かぁ。ないかな。
ええっ、つまんないの。
じゃあ…Aのこと好きだったって、言っていいの?
こうしてごきげんをとる。
Kの二の舞いにはならない。
だってYくんの彼女は私なんだもん。
ちょっとやめてよって言ったら勝手によろけたから。
そこに、ちょうど電車が来ただけ。
中学3年生の私の部屋は狭い。
ベッドはない。
机もない。
ふとんがやっと敷けるくらい。
家に行っていい?と聞かれると断るくせに人様の家には上がる。
そんないやしい人間なのかもしれない。
親はただ一人。母親。
夜遅く、朝早く出ていく。
小さなアパートの小さな部屋で私は一人で過ごすことがほとんどだった。
高校に行く予定はなく就職の道を選んでいる。
うれしいことに彼氏もいるということで家は出る。
夜遅く母を待ってそのことを伝えたときは泣いて喜んでくれた。
お父さんもきっと喜んでくれるね。今まで苦労かけたね。
その言葉を受けて、少し切なくなった。
家を出た日はちょうど母の日だったからすごいきれいな旅立ちだと思う。
母はクマも減って肌荒れも減った。
外から見るとずいぶん小さなアパートだった。
母に特別なにかされた記憶はないけど、この小さなアパートのために
毎日増えていくクマがのしかかっていたと思うと、泣きそうになる。
ありがとうなんて今さら言えないんだ。
照れくさい。
また来るからね。
幸せになるからね。
ふたりではとても狭かった部屋を眺めながら
一歩踏み出した。
友達と最近よくいる男の子がいた。
その友達はなんていうか、ちょっとキツくて、
だからその男の子はきっといい子なんだろうなあなんて、少し思った。
私は彼に告白した。
タイプというわけではなかったけどタイプを好きが追い越した。
どこが好き?なんて答えないけど、まあ好きだから。
楽しかった。
嬉しかった。
「あ、まって。教室に忘れもの。」
そういう私を待ってくれる彼なんだ。
教室には彼女と複数人の女子がいて、
「私のが先に好きだったのに。好きな人いないって言ってたのに。
ウソついたんだ、今まで親友って言ったのもウソなのかな…」
足が、すくむ。
寒い。
えなにどうしよどうする?
涙が出た。別に私は幸せなのに。
あれ、好きだったっけ、私?心から愛してるなんて、言った?
もうわからない。
次の日、私は彼に振られた。
天罰だと微笑むことはできた。
私は恋の代わりに友情を失ってしまったようで、
今までで一番の大親友に失恋という傷を負わせた。
その日は雨が降っていて、それから2日も経った今も、雨が降っていた。
彼女は、近所の丘の上にある公園が好きだった。
学校だとみんなに冷やかされるからね、って。
自分がついた頃にはいつも、古いブランコをギコギコ鳴らしていた。
「あと2日で梅雨だって。もう2日しかないんだって。君のサッカーも見れないよね」
そう言って、雲ひとつ無い夕焼けをすこし見上げた。
「2日しか無いのか。」
さみしいねと言いながら横を歩いた。
傘さすと距離が出来ちゃうよね。もしそうだったら、横に入れてね。私を入れてね。
そう、約束した。
たった2日で、やっぱりぴったり梅雨に入った。
最悪だと声が飛び交う教室を飛び出した。
でもきっと、彼女はいないんだろうな。
雨、嫌いだもんなあと思いながら傘をさす。
2年しかいっしょにいないけどいないと勘が言う。
帰ってあったまってると彼女から返信が来ないことに気付いた。
雨音は強まる。
その夜、彼女の親から連絡が来た。
何が、2年しかいないから、なんだろう。2年もいたじゃんか。
長い長い2日間を、耐えて耐えて耐えた。
彼女の頬は乾いていて、車に乗るとき傘を差してあげたけど、それでも1滴は頬に乗ってしまった。地面は湿っていて、滑りやすかった。
そっかあ。梅雨だもんなあ。
しょっぱい味を噛み締めていたら、
もう3滴ほど、真っ白な頬に乗った。
雨はもう降ってないことにすら気づかなかった。