アクリル

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12/29/2024, 11:59:39 PM

みかん


ユーザー名だった。
最も自分らしくいられるアバターの名前だった。

姿も知らない人たちから呼ばれるたびに
私は「私」になっていった
解離したまま消えてしまうような気がしていた私にとって、それは命を救うことに値した。
インターネットは宝物になった

当時出会った人は今も、本名を知っているのにこの名前を口走る。
呼んだ自覚さえないほどに馴染んでいるようで
それがとても嬉しくてたまらない。

私は今日も、なんてことない果物の名前に守られている。

12/29/2024, 11:41:20 PM

冬休み


意味もなく徹夜した後に見る陽は異様に眩しかった。
手の届く範囲の夢を描いていたら朝が来ていた。
そんな毎日が、冬季休暇という立派な名前の内実だった。

特設ワゴンに引っ越した彩り甚だしい菓子と飲料をいまだに貪っている。
とっくに終わったお祝いのおこぼれを貰っている。

背伸びなんていらない
私は「休み」が大好きなのだ。
あわよくば夢まで叶えと
抱負なんぞを考えてみたりする。

いつまでも乾かないジャージを眺めながら願う
寒い日々に生まれる、ぬるま湯のような期間に浸かっていたい

きっと数年後に感傷と思い出補正で、この怠惰は美しい記憶に変わる。

「行きたくねえなあ」

気づけば自転車に乗って、見慣れた門を潜っていた。

「あけおめ」

あーあ、大事な人たちが友好的。

幸せ、とやらの
破片の味がした。

12/26/2024, 1:40:22 PM

変わらないものはない


栴檀草を避けて、田畑を縫って進む。

これが帰郷なんだって。
大人になったように装う私を
幼少の自我は簡単に見破るだろうか。

一緒に逃げ込もうよ、世界の規模を知らなかった
不特定多数の評価も無かったあの場所へ。

それは古びた商業施設の一角、衣類フロアの片隅にあった。
遊具とブラウン管、プラスチックの柵
小さな汽車はワンコインで冒険ができた
がたがたと揺れながら移り変わる景色は鮮やかで
作り物の汽笛さえ、「今」の謳歌には十分だった。

画質の落ちた記憶は、そんな些細な遊び場の
わずかな埃臭さと一緒に散らばっている

失われていくのだ
生まれながら、改められながら。


肥大化した社会は無数の無関心となって
半端な人道で正義を履き違えた他人が
誰かの人生に許可なく登場しては捌けていく
何となく気に入らなければ、去り際に刺すことだって厭わない。

空虚な数字に首を絞められて
躾に慣れた者は世代に潰されていく

何を取り入れて、何から距離を取って
どんな言葉を胸に仕舞うのか
どんな言葉に個々の尊厳が攫われてしまうのか
入れ子の核は知っている。

有無を言わさず時間は流れていくから
無数に始まる世の入れ替わりを新陳代謝と言うなら

見失ったまま飲まれていく様を、もう直視できなくなって飛び降りる前に
手遅れで、間に合わなくなる前に。

戻れないあの頃に見習って
戻らせない恩恵に甘えて
馬鹿にされるくらい今を見よう。
自分にしか愛せない変遷と手を繋いでいよう。

12/25/2024, 1:26:40 PM

クリスマスの過ごし方


ほどよく暖まった布団の中で
もぞもぞして
家があることのありがたみを噛み締めていた

昨日までの暴風は止んで
ようやく鈴の音も聞こえるようになった

「サンタ来ないし、もう自分がなるわ」
「ふん、行ける」

新聞紙を尖らせて、テープで雑に留めただけの帽子を被ったあなたは憤慨した顔で立ち上がり、おもむろに冷蔵庫を開けた。

「値引きケーキ食おうよ」
「うまそう」

こうして救い合ってきた私たちを
神は祝福するだろうか

メリー、と言うんだから
陽気な日なんだから

「見て、いちごでかい」
「得した」

ケーキは甘い。こんな贅沢な冬はない。
勿体無いほどに喜ばしい。

生きていこうね。
毎日をお祝いしながら。

12/15/2024, 3:25:04 PM

雪を待つ


冷たいなんて言っている場合ではなかった
ビル風の中で何かを探していた

人間はみんな旅人らしいから、きっと私も
動きにくいコートを着た旅人なんだろう。
 
何を探しているんだろう
ぬかるみのような地面がもっと
歩きやすくなって欲しいのに。
こんな泥なんか全部塗りつぶされて
一面がキャンバスのように白ければ
もっと見つけやすくなるはずなのに。

春は遠い昔のようで
しかし惰眠を貪っていれば
そのうち再会するものでもあって。

北風ばかりが吹く冬の入り口に
秋の匂いが混ざっている 

惜しいことにみぞれが降り始める。
あともう少し
足跡が見えるように
凍えた心で祈っている

どうか生き先まで
泥濘に埋まりませんように。

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