梨
あれはかなり昔の事
私が東京の端っこの二階のアパートに同棲していた頃の話
部屋にはなんにもなくって…少しずつ必要な物を揃えていたっけ
貧乏だったけど楽しかったと今は思える。
ある日田舎から段ボールが送られてきた。
少し甘い香り…
すぐに空けると洋梨がびっしり…
私の大好きな洋梨。
熟しているらしく芳醇な香り、所々茶色くなって柔くなっていた。
中からひとつ掴みそのまま大きな口でがぶり…
果汁が滴り落ちて、久しぶりの味は私を田舎の梨畑に瞬間移動してくれた。
何年帰ってないんだろ…
出てくる時、2度と戻らないつもりで東京に来たのだった。
結局、私には合わなかったようだ。
あれ程嫌いだった田舎に戻り根を張っている。
子供達に梨を剥いて食べさせてあげよう。
私の母のように…。
静寂の中心で
秋の夜、中秋の満月が雲に隠れてこちらをうかがっている。
星は見えない
時々秋の虫が鳴いている。
遠くでバイクが走り行く音が響き消えていく。
空気はしんと冷えて日中の暑さが嘘のよう。
深呼吸してみたが何かが胸に詰まっているようだ。
頭の方から雑音が聞こえる。
耳の奥か…
そうか、血潮の流れの音なのか…
ざーざーしゅーしゅー、…、…、
ざーざー
時々途切れて無音になる。
この静寂の中心で鼓動が止まる。
そして又動き出す。
体とは裏腹にざわつきが止まない心よ
何かが不安で怖くてざわつくのだ。
秋の訪れ
すぅ~っと大きく息を吸う。
ひんやりと少し煙い秋の香り。
懐かしい…
いつの時代だろうか?
土の道、トタンの壁、着物の擦れる感じ…
又ある時は、赤茶色のレンガの通り道、駅だろうか?外国のような気もする。
懐かしく思うのは自分の中の誰か…
前世の自分だろうか?
何をしていたんだろう?
誰とどう生きて、どう死んだのか?
その時も秋の香りに立ち止まり、きっと空を見上げたはず。
秋の訪れは自分の中の見知らぬ誰かを連れてくる。
旅は続く
なぜ人は旅をするのだろう。
旅とは縁がなくても、人生を旅に例えたりもよく聞くことだ。
此処ではないどこか…
見たことのない景色、空気、食べ物
新鮮な驚きの中、気づくのだ。
不安の中から生まれてくるときめき
そして自分の中の見知らぬ人に出会った時、あぁもう少し生きてみるのも良いかもと…
生きる…途中下車が出来ないが…
同じ毎日の中で本当は昨日とは少し違う今日に気づくのだ
そこに気づくのは自分が昨日と同じではないから。
当たり前な事にも気づかない日々
今いるこの場所、今この時、そばにいる人達
昨日と同じ所、初めての所、何処にいても自分は自分
旅は続く…。
モノクロ
自分には、いたわりと言う感情が欠けていることに気づいたのは何時だったか…
想像力が無いのだ。
つい、自分なら…と考えて思ってしまう、こんな事大したことじゃないと。
私はもっと辛かった、もっと悲しかった、痛かった…
同じじゃない、違う体と心。
経験も出来事も何一つ同じじゃないのに、自分と重ねること自体間違っていることに、今まで気づけなかった。
モノクロの思い出の中で沢山傷つけられて、理解してもらえず、長い間しまい込んできたこの心。
いたわりと言うもの、知らないで育った過去の自分に伝えたい。
あの時もあの時も…
私の冷たい言動のせいで傷ついた人達にどう償えばいいのか…
沢山の本を、映画を私は観てきたつもり。
なのに何も活かされず…
想像力の欠如。
「どうしたの?」
ずけずけと相手のプライバシーに分け入る無神経な態度。
世の中がカラフルなのに自分だけがモノクロなのだ。
でも、希望はある。
言葉には出来ないが感じるのだ。
子供達に…孫達に…。
思いやりの心で接してくれていることを。
一人一人が虹色の光を沢山のサンキャッチャーのように溢れさせてくれるのだ。