8月31日、午後5時
先月から始めた茶道の復習と着物の着付け練習。
初めて習ったばかりなのに人前で披露することになってしまった。
人前で話せないくせに、変なくそ度胸はあるのだ。
この暑いのに袷の着物汗だくだく。
何度やっても着付け動画のようにスマートに出来ない。
ようやく妥協点を見つけほっとつかの間、それからが本番なのだ。
汗だくで息も絶え絶えの中、涼しい顔でお茶を点てなければ…。
晩御飯の支度どころではない。
せっかく着たのでこのまま練習。
倒れないことを祈るのみの今日8月31日の今のお話でした。
孤独の時
人は産まれた瞬間から孤独な生き物
死ぬ時も孤独
当たり前なこと
一個の独立した心と身体を持つ
誰とも分かち合えず完全には分かり合えず。
大勢の中にいても孤独を感じる時もあれば感じない時もある。
それはさみしいかどうか…。
孤独を愛してその時を慈しむ。
孤独と背中合わせな自由
孤独なだけでは死なないが、寂しさで人は死ぬかもしれない。
暇だから考えることが何もないから淋しくなるの
動く、考える、想像する、試す、読む、学ぶ、歌う、歩く、書く、飲む、食べる、踊る、奏でる、笑う、話す、…
空に太陽に雲に星に雨に風に花に動物にお隣さんに…
あぁ、忙しい…忙しい…それでいい
遠くの空へ
今自分は生きている。
でもあの人は死んでしまった。
生きていたときより、身近に感じる。
本当に近くに居て私を見ているような…。
それは見守ると言うよりも執着。
愛と言うより渇愛。
そちらの景色はどうですか?
この世の世界はどんなふうに見えますか?
言葉にしなくても、想っただけで夢に出るのはなぜですか?
何か伝えたいことがあるのですか?
それとも迎えに来ているのでしょうか?
もし、本当に迎えに来たら…自分はどうするのだろう。
いつ死んでも良いと思っているくせに、いざ突然あの人が迎えに来たらついて行けるのだろうか?
愛は何処にあるのか?
そもそも愛はあったのか?
最も信じられない人間は自分自身。
心から愛した人は誰?
みんな心から愛してくれた。それは嘘のない真心だと…嘘つきな自分でも感じた。
みんなはどう感じたのか?
信用出来ない女でも、なんの得が無く見返りが無くても、彼らは愛してくれた。
遠くの空にはあの頃一緒に見た月が同じように光っている。
ぬるい炭酸と無口な君
自分は、それ程年寄りではないけど…
この年になって振り返ると幾人かの大切な人達を見送ってきた。
忘れてしまってほとんど思い出すことのない人、
忘れたつもりなのに突然夢に出てくる人、
気づけばいつも何処かで探し続けている人、
時々側に温もりを感じる人…
それらはまるでぬるい炭酸…
気は抜けているのに存在感ははっきり感じられる。
何か問いかけても、夢に突然出てきても貴方達はいつも無口。
自分もいつかは消えて…何処に逝くのだろう。
炭酸の泡のように空気の中に人知れず消えて生滅するのかな?
胸の奥の熱い想い
血が滲むほどの耐え忍ぶ辛さ
腹の底から絞り出す叫び声
今此処にいて自分を感じ、肌で生を感じ、心臓の鼓動を感じる。
時の流れは、時に優しく、時に残酷で
気づかないように緩やかに鈍感にぼやけていく。
その御蔭で感受性もぼやけていくから、どれだけ自分が崩れていってもわからない。
忘れた事も忘れ果て、忘却の彼方
ぬるい炭酸の泡
無口な自分
穏やかな生と死の狭間
タイミング
何故あの時…分からなかったのだろう
何年も経って何故このタイミングで
後悔ばかり…
そんなものかもしれない…生きる事は…
その時はわからない
過ぎてから、何年も経ってから
全て終わった後でしか気づかないのだ