引越まであと2週間と迫った。
これを機に断捨離を進めてミニマリストにでもなってみようかと思いながらも家族4人分の15年で貯まった荷物は相当だった。
「ちょっとこれ見て。」
と弟が姉を呼び止める。
「またサボって作業が進まないじゃん!どれ?」
弟は1冊のアルバムを開いて姉に見せる。
「これ!やばくない?韓国の女優さんみたいに綺麗。」
「あーなんか分かる。色白だよねぇ。めっさ美人さん。」
ひとしきり盛り上がった所で
「母さんこれ誰?」
と覗き込んだ私は二十歳の頃の自分の写真を見た。
「母さんの昔の写真だね。」
「はっ?マジで。」
「今は見る影もなくて悪かったわね。まっそこら辺で作業に戻って下さるかしら?」
弟は俺は母さん似だったのか?とかなんとかぶつくさ言いながら部屋に戻って行った。
「いーなぁー絶対モテてきたな。」
「ホラホラお母さん、あなたのパッチリした黒目大好きよ。お父さん似よね。」
と姉を褒めながら心の中の嫉妬を隠していた。
何よりも溌剌として眩い位の魅力的な若さや引越の荷物を持って何往復しても息が上がらない体力、どれを取っても自分が失ったものばかりで年を取るのに素敵な年の重ね方ってなんだろう?って考えても
自分に自信を無くした状態では素敵どころかみっともないだけだろう。
ない物をねだっても仕方あるまい。自分の弱さや醜さを認めて立ち上がり失敗を恐れず諦めずに何度でも無様だろうがチャレンジする。そんな姿を見た子どもが反面教師にするか背中を追いかけてくれるか。人の成長を応援する事が生き甲斐になっていくのだろう。
『ないものねだり』
『好きじゃないのに』
「ねね、聞いた?」
こう始まる話はロクな話ではないが円滑なコミュニケーションとして相手に合わせるようにはしている。
穏便な学校生活を送るためだから多少の事は仕方ない。
「○○君がミキの事が好きらしい。」
「えー嘘でしょう!!ヤバっ。」
○○君は学年のアイドル的な存在で度々話題に出るほど女子人気が高い。
「えー○○君は皆のものだから誰か一人のものになってほしくないー。」
雲行きが怪しくなってきた。
私は好きじゃないのにていうかそんな感情生まれてこのかた感じたことないのに・・
「噂でしょ?」
何とか話の流れを変えたかったが無理があるか・・
「噂じゃないよA組の子が好きな子がいるからって振られたんだって。その子の後に男子達が誰だよって詰め寄った時に名前がでたらしい。」
完全なアウトだ。不穏な空気を感じる。
明日から私はどうなっちゃうんだろう。
「あーね。」それしか言えなかった。
私は好きじゃないのにって心の中でつぶやいた・・・。
『ところにより雨』
僕が少年野球を始めたのは小学校2年生だ。
最初は打ったら三塁に走ってしまうほど何も知らなかった。お世辞にも運動神経がいいとはいえないので万年ベンチを温めてきた。
それでも野球が好きで色々練習を重ねて来た。
毎週土日休みなんかなく雨だろうが雪だろうが練習してきた。小学校5年生のチームの時は人数がギリギリのこともあってオーダー次第では試合に出させて貰えることもあった。
5/5子どもの日の祝日は毎年、春期大会だ。
1年間のスタートの大会で上位大会に通じる大事な試合だ。にも関わらず先輩の一人が休みであろうことか僕がスタートメンバーに選ばれた。
朝見たテレビでは「k県y市はところにより雨になるでしょう。」天気予報が当たってくれれば良いのに
ところにより雨ってどんな雨だ?小雨位じゃ試合延期にはならないぞ!そう思って家を出たが、曇り空ではあるが降る様子はない。
6回裏の攻撃、皆で頑張っているが5-3で負けている。前の打者がファーボールで塁にでた。
次にバッターボックスに入るのは僕だ!
ワンナウトでゲッツーなら負けてしまう。
と考えていたら顔にぽつぽつと雨が当たったかと思うと途端に雨がザーっと降ってきて試合が止まってしまった。ベンチに皆戻ってきて審判の裁量を待つ。何分か経っただろうか?スコールみたいに降った雨が止んでしまった。グランドは水分を含みコンディション的には最悪だが大会日程の絡みもあって再開された。
僕はバッターボックスに入り相手ピッチャーを見たが雨のおかげか集中力が切れているように見える。
審判のプレイのコールで投球モーションに入った瞬間一塁が走った。ヤバイエンドランか?
僕はバットを振った。打った打球はポテンヒットではあるが先程降った雨の影響でイレギュラーを起こし焦った相手チームはセカンド送球諦めファーストへ、ところがボールが濡れて握りが甘かったのか暴投ランナーをホームに返して僕はセカンド同点ランナーになれた。「雨様様だな!」役割を果たせた僕は少しホッとしていた。
私と本の出会いは『おおきな おおきな おいも』だった。幼稚園で毎月キンダーブックを読み、小学校では時間があれば図書館に行き、なけなしのお小遣いは月刊誌のマンガを買っていた。
委員会は図書委員だったし卒業文集の将来の夢には
小学生らしく『小説家』などと書いてあった。
小学校3年生の時に推理小説作家の○○先生と出会った。夢中で読んだ。つぎ込めるお小遣いは全部先生の本に消えていった。
大人になる頃にはなんだかんだ言い訳して普通のOLになった。だけどストレス発散と言えば本屋にいって本のインクの匂いを嗅ぎながら新刊のチェックすることや気になったタイトルのジャケ買いする事だった。○○先生は執筆ペースが早くて月に4,5冊刊行していた。大人になってジャンルの好みが出てきたとはいえ○○先生の本は必ず買い求めた。
いつ頃だろうかレンタル本サービスが出来、古本屋が出来、町の本屋が潰れていくようになった。
結婚して子どもができ、ひょんなことから学校司書の仕事をするようになった。
久しぶりに本に囲まれた生活、インクの匂い。
心が落ち着く。新刊の児童書のチェックや本の修理
蔵書点検やはり本が好きなんだなと思った。
小説家になりたいなどと夢物語でほざいていたのは
気恥ずかしいが巡り巡って学校司書をするとは夢にも思わず、本に関われた職につけたのは嬉しかった。私の青春は○○先生で出来ているといっても過言ではない。『特別な存在』小説家という職業。
食えるような作家は一握り、更に言えばネット社会になり紙の本の需要が少なくなる中厳しい戦いを強いられる。本を読めば本の世界に没頭し私の中の熱が溢れ出す。何があっても本を読めば生きていける。
『特別な存在』
さやは小学校1年生になって鍵っ子だったが学童は好きになれなかった。別に一人でお留守番出来るし、森を伐採して新興住宅地の開拓途中の原っぱを探検するのが面白かった。
今日もランドセルをおいて探検に向かうところに
「ねぇねぇ、この辺で団栗取れるところ知らない?」
と声をかけてきたのは中学生か高校生の制服を着たお兄さんだった。
「お兄さん、困ってるの?」
「そうなんだよなぁ。幼稚園の弟にドングリゴマ作ってやろうと思ってさ。」
そう優しく微笑む弟思いのお兄さんが可哀相になって私は
「とっておきの秘密の場所案内してあげるよ。」
そういってお兄さんを案内した。
原っぱに着いてドングリを拾い集めている間に薄暗くなってきた。
「ありがとう、ちょっと疲れたから休憩しよう。」
と並んで原っぱに体育座りで腰を下ろした。
「あっまだ明るいのに星が見えるよ!ちょっと寝転んでごらん。」
お兄さんを信じて仰向けになると顔に真っ白なハンカチをかけられた。
私は白いハンカチは亡くなった人にかけるんじゃなかったかな?と思った瞬間お兄さんが覆い被さってハンカチの上から口を押さえ下腹部に何かを擦りつけている。
何をしてるかさっぱり分からないが次第に恐怖と気味の悪さを感じ始めた。
誰に教えられた訳ではないけど泣き叫んだり無理をしたら殺されちゃうのかなって考えた。
私はなるだけ落ち着いた声でお兄さんが困った状況を作らなくてはと思い、息を弾ませるお兄さんに
「お兄さん、トイレ行きたい。オシッコ漏れちゃう。また戻ってくるからトイレ行かせて。」
お兄さんは漏らした女の子の相手は面倒くさいだろうとすんなりどいてくれた。
私はもうダッシュで家まで走った。後ろも振り返らずにバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたいバカみたい
やっと家に辿り着き鍵をかけてカーテンの隙間から外を覗き込みお兄さんがいないことを確認して家の明かりも付けず机の下で唇を噛んだ。
バカみたい、知らない人について行ったらダメって言われてた。
バカみたい、制服のお兄さんはドングリなんかほしくなかった。
バカみたい、外で寝転んで星なんか見なきゃよかった。
バカみたい、バカみたい、でもこんなことお母さんには話せない・・・。
バカみたい、もう探検なんかしない・・・。
『バカみたい』