世界の中心で愛を叫びたい!と路上ライブをしていた男二人組が歌っていた。ばかやろう、フラれたこともフったこともない充実した毎日を送ってるやつほどそう言う綺麗なことを言えるんだ。フラれたばっかりの僕は募るイライラとやるせなさに無意識のうちに通学カバンを胸に抱え歩いていた。
「いや……俺らって、ただのセフレだよな」
苦笑いを浮かべ言われたその言葉に「ウン」と答えるしか僕は出来なかった。彼にとって僕はずっと前から"ただの"セフレで"ただの"おもちゃに過ぎなかったのだと知った。
「彼女と結婚するから、…もう会うのやめてくんない?」
彼にとって僕は迷惑でしかなくて、僕にとって彼は心の拠り所でしかなかった、僕の縋れるたったひとつの場所。
「っ愛なんか、知ったもんか、ばぁーかぁ!」
ふえあ、と嗚咽が漏れて体を前に倒すとさっきよりも汚い嗚咽が出た。真夜中、東京の郊外、人の居ない道路。だれも泣くのを邪魔する人は居なくて、足を引き摺る様に歩いた。
愛なんて信じないからぁ。と声を漏らす。
「もういいよぉ……だれでもいいから…僕を抱いてよぅ」
ラブホ街をあるいた、多少熱気のある道を軽く汗を流して、号泣する男にソウイウ目的の奴らは寄ってくる。
世界の中心でこう叫びたい「愛なんて信じてやらない」。
モンシロチョウが飛んだ。僕の鼻先を掠めた花の様な、草の様な、あの独特の香りに顔を顰めた。
「そんな顔すんなよ」
虫相手に。隣を歩く彼はそう笑って道端の花に止まったそのモンシロチョウを広く大きな手で包み込んだ。そのまま僕の前に持ってくるから「やめろよ」と思っ切り睨んでやると彼は特徴のある笑い声をあげてチョウを逃した。
「わたしは、愚かな蝶でした」
「何それ」
「詩。蝶々に関する、…なんだったかな、タイトル」
覚えとけよそこは。彼はまた特徴のある笑い声をあげる。ふと前を通ったチョウを追いかけて僕の先を走る。
────悲しみの糸を吐くあなたという蜘蛛に魅せられ涙の夢のようなきらめきに我を忘れて飛び込んだ。
「愚かな蝶でした」
モンシロチョウが、少し、ほんの少し、羨ましい。
あのチョウは僕が触れもしないあの手に包まれたのだから。
一年後の僕はどうなっているのだろう、真夏の木曜日の部活。そんなことをぼんやり考える。
クロッキーのモデルの同級生は教室の真ん中で座っている。
「…一年後、なにしてるかな」
彼は僕に視線だけ寄越すとすぐに前を向いて何も答えなかった。開けた窓から風が吹き込んだ。
「ねえ、聞いてる?」
間を開けず聞くと彼はまた視線だけを僕に向けた。鋭くて切長の瞳が僕をにらんだ。聞いてるなら答えてと催促するとセンター分けの髪を揺らしこっちを見る。
「誰かがお前のモデルになってお前はその誰かを描いてる、空は青くて、まだ教室にはクーラーはついてない」
ふ、と笑いを零すと彼はまた前を向いて僕にさっさと描くように促した。真っ白のスケッチブックに線を伸ばしていく。
「随分と具体的だけど君は未来が見えるとでも言うの?」
「ああ、見えるよ。俺は未来が見える。お前の未来も、俺の未来も同級生の未来も。」
「ふふ、じゃあ僕らは来年もこうしてる?君と話してる?」
「一年後の今、お前は俺を覚えてないよ」
顔を上げ彼を見る。
線を伸ばす手が止まる。
風が強く吹く。
カーテンがまあるく膨らむ。
彼の横顔には、何処となく哀愁漂っていた。
彼は本当に未来が見えるのかも知れない、彼は人魚姫の如く泡になって消えてしまうのかも知れない。
「じゃあ、今のうちにさよならを言っておくよ。」
「前払いだな」
一年後のさよならを前払い。
「大丈夫?連絡してないけど生きてる?笑」
17歳の誕生日、そう送ってくれてありがとう。
「生きてる生きてる笑」って返した途端に生きてる実感がして、電話したら貴方は出てくれて。
貴方の大丈夫?で今年も無事に生きてます笑。
「…二番じゃ、嫌……一番がいいの…」
昨晩の僕を見て面倒臭い、そう思われたかもしれない。
でも彼は酷く優しく笑って僕を抱きしめた。
「君はずっと、僕の一番だよ」
「………うん」
彼の薬指で銀に輝くリングをみてしまったのを知らないフリして「ありがとう」と広い背中に腕を回した。
────どうせ一番にしてくれないなら優しくしないで。
そんなこと言えるはずがないのに心の中で何度も繰り返す僕とリングを隠しもしない彼が大嫌いで、大好きだった。
お題:優しくしないで