ほおずき るい

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3/9/2025, 10:22:47 PM

「涙の恩恵」
昔々、ある村では水神の気分によって天気が左右されていた。
水神が人々の喜ぶ顔を見たり、花が綻ぶ様を見て喜べば晴れ、命が消えること、植物が枯れたことに悲しむと雨が降った。
ある年、水神のもとに1匹の白い犬が現れ、大変よく水神に懐いた。水神もまたその犬をよく可愛がった。
しかし水神が喜ぶと言うことは晴れると言うこと。
ずっと雨が降らず、植物は元気をなくし枯れゆく。
このままでは冬を越せないと思った村人たちは水神の前で水神が可愛がっていた犬を無惨に殺した。
殺された犬の血が水神の頰に着くほど間近で犬の死を見た水神は深く悲しみ、何日も雨を降らせた。

水神の愛犬を殺してからしばらくの間、雨がよく降った。むしろ日の光が欲しくなってくる頃だった。
悩んだ村人たちは相談の末、父親がいない家庭から母を人質に娘を脅し、水神の機嫌を取ってこいと言いつけた。
娘は人質の母を解放すると言う条件の元、水神が住む神社へ訪れた。
緊張で震える手を握りしめてふすまの外から声をかける。

「水神様、いらっしゃいますか」
返事がない。娘はほっとしたような、がっかりしたような気持ちのまま帰ろうとする。
その時、神社の中からか細い声が聞こえてきた。

「...何の用かね」
心臓の音が一際大きく聞こえた。
娘は今にも力が抜けそうな足を叱咤して返事をする。

「この村の者です。水神様に捧げ物をお持ちいたしました。開けてもよろしいでしょうか」
先ほどのようにすぐには返事がない。しかし娘はじっと返事を待った。
すると音もなくスルスルとふすまが開き、入れとでも言うように風が吹いて娘を押す。
娘は警戒しつつも開かれたふすまを通り、神社の中に入った。
娘が一歩踏み入れた瞬間、暗く灯りの一つもなかった部屋の中の灯台に次々と火が灯り始める。
部屋の奥の火が灯った時、娘は初めて水神の姿を見た。
昔、犬が死ぬ前の水神はよく村を歩き回り、村人と話を交わしていた。その時の水神は艶々とした水色がかった淡い白髪にふっくらと色づいた頬と優しく垂れた目元の美青年だった。
今、娘が見ている水神は虚な目、少しこけた頬、艶のない髪の毛をまとめることなく床に垂らしている。
娘は衝撃を受けた。
娘は遠くからだったが水神を見たことがある。恐ろしいほど綺麗だったことを覚えている。その微笑みや川のせせらぎのような声、全てが娘にとって神なのだと信ずるに足るものだった。
今や神というより病人のような風貌の水神にどう声をかければ良いのかわからなかった。

「お前は、村のはずれで母と暮らしている娘か」
「お、覚えていらしたのですか」
「無論。我が村を歩く時、いつも遠くから眺めておった。我に話しかけるでもなく、祈るでもなく、ただ、遠くから眺めているだけの変わった娘」
娘は気付かれていたことに恥ずかしく感じた。それに、自分の信仰心のなさを指摘されているようで少し居心地が悪いような気がした。
俯く娘の目に自分が持ってきた包みが入った。

「そ、そうだ、水神様、こちらをどうぞ」
娘が差し出した包みを不思議そうに首を傾げながら受け取る。
水神が包みを解くとそこにはいくつかの果物があった。

「...これはそなたらが食うものであろう。なぜ我に」
「元気がない時、母はよく果物を私にくれました。水神様も、元気が出ればと思いまして...」
よく考えれば村で祀っている水神ならもっといろんなものを食べているかもしれない。そう思った娘はだんだん恥ずかしくなってきた。実際水神は果物を手に取るだけで食べようとしない。

「我は要らぬ。お前が食べると良い。何も嫌いだから要らぬのではない。我は食物を必要としない。だが気持ちだけ貰おう」
そうそう言うと水神はおもむろに手にした果物に口付けた。
小さなちゅ、と言う音と共に果実が少し色褪せた。

「っえ...?いま、何が、」
「この果実に込められた感情を吸い取った。味に変化はないはずだ」
食べろとでも言うように差し出された果実を恐る恐る手に取る。

「本当にお召し上がらないのですか?」
「要らぬ。我は食べれぬし、食べれたとしても我が子からは取らぬ」
我が子
それは水神が村人に呼びかけるときに使う言葉。
水神は古くから村を見守っているから村人は我が子同然なのだそうだ。
では我が子が愛犬を殺したなら?
水神の悲しみは計り知れないだろう。
娘は自分の手の中にある果物を見る。一口も齧られていない色褪せたまんまるの果実。
これでは水神の機嫌を上げる足しにもならない。

「水神様、水神様の好きなものは何でしょう」
「藪から棒にどうした。我の好きなものなどもう無い」
娘は無性に腹立たしくて、悲しくて空っぽになってしまった水神が哀れでならなかった。
加えて水神をこんなふうにしてしまったのは自分たち村人だと思うと腹が立って涙が出る。
水神の表情のように色褪せた果実の上を水滴が滑り落ちる。
娘が涙を流すのを見て初めて水神の表情に変化が現れた。

「どうした、どうした娘、どこか痛いのか、泣くな、泣くな」
昔見た親子のように娘を抱きしめ、袖で涙を拭ってやる。よしよしと声をかけながら頭を撫でて落ち着かせる。
こうして娘と水神は数年に渡り心を交わし仲を深める。水神は喜びで空を晴れ渡らせ、感動で地を潤した。

そんな中、年頃になった娘が嫁に行く話を聞いた水神。娘があまり喜んでいない様子から望まない結婚だと思い、水神は塞ぎ込む。
水神が塞ぎ込んだのと同時に村の天気は大荒れ。土砂崩れが発生し川が荒れ、村の建物はほとんど流された。
娘の家も流されかけたが娘の母が庇ったおかげで娘は助かる。
雨が弱まった頃に娘が水神に会いに行くと水神は嬉しそうに娘を出迎えた。
途端に晴れた天気を見て娘は母を殺した水神に怒りをぶつけた。

「どうして普通に泣かないの!?あんたが泣いたから村は壊滅して母は死んだのに!」
娘が怒りの形相で掴み掛かったことに水神は一瞬戸惑いと悲しみが混ざった表情をしたのち、娘の手を握り、指を絡める
「天上から水神の役を遣わされた我は人と似た体を得た。人と感情を交わし、人が喜ぶときは天気を晴らせ、悲しむときは雨を降らすために感情を得た。だけれども、この体は涙を流す機能が備わっていなかった。ただ自分の感情で天気を左右するためだけに存在する我は何もできぬ。悲しみ怒るお前と共に涙を流すこともできぬ。だからお前が我を殺せ」
水神はそう言って娘の手のひらを自分の胸に当て、その上から自分の手を重ねた。
ずずず...と泥にでも手を沈めるかのような感覚と共に娘は自分の手が水神の体に飲み込まれていくのを見る。

「我は自分で自分を殺すことができぬ。この手足には天へと繋がる鎖が絡まっていてそのような行為をした途端に鎖が引っ張られ動けなくなる。我が悲しめば我の代わりに空が泣く。だがその涙は可愛い我が子を悲しませ殺してしまう。ならお前が終わらせてくれ」
娘の指先に何か温かいものが触れる。思わず握ると水神は大量の血を口から吐いた。

「嗚呼、」
微笑みながら小さな嘆息と共に血を吐く水神は倒れる直前に何かを呟いた。

「我も鎖を断ち切れたのなら」
後半はあまりにも小さすぎて娘には聞こえなかった。

3/4/2025, 10:47:06 AM

ひらり、はらり、またひらり。練習用のステージの上で彼女の動きに合わせて薄い布が生きているように動く。指の先から幾重にも重ねられた布一枚一枚まで計算され尽くしているような美しさがあった。

「お!新入りここにいたんだな!ウチの花形様の踊りはどうだ?凄えだろ?」
「っはい!すみません、呼ばれてたのに寄り道してしまって...」
「いいっていいって!しょうがねえよ!アイツの踊りを一度見ちまったら目を離すなんて出来ねえんだからさ!」
ガハハハ!と豪快に笑う男に少年は照れたように頭を掻く。

「だがオマエもウチのサーカスの一員になったからにはアイツみたいにお客さんの視線を集めるようになってもらわなきゃなんねぇ。覚悟はいいか?」
「はいっ!」
「よっしゃ!いい返事だな!早速オマエ向きの芸を探すとするか!」

数時間の芸探しを経て、団長も僕もヘロヘロになってしまった。

「す、すみません団長...僕、何も出来なくて...」
「き、気にすんな!サーカスってのは何も表に立つことだけが仕事じゃねえ!猛獣の世話だとか、団員たちの怪我のケアだとか裏方の仕事だって数え始めたらキリがねえくらいだ!オマエはオマエにあった仕事があるはずだ!」
頭を地面にめり込ませる勢いで項垂れる僕を団長は慌てて慰めてくれた。
なんていい人なんだ...!

「おーい!ラスカル!新入りに裏方の仕事を教えてやってくれ!オレは今日の公演の準備をする!っとそうだ、新入りのー...」
「ダニエルです」
「っそうそう!ダニエル!いや別に忘れてたわけじゃねえぞ?ただ似たような名前のやつがいたから迷っただけだからな?あー、何話してたんだか...そう!ダニエル、オマエが裏方の仕事をすることになっても、ステージに出てお客さんたちに挨拶はするからな!心の準備だけはしておけよ!」
団長はそう言ってから慌ただしそうに走って行ってしまった。

「あーらら、団長ってば段取り悪いんだから。ダニエル君でしょ?オレについといで〜。裏方の仕事教えたげるからさ」
「お願いします!」
僕はラスカルさんに頭を下げて小走りで着いて行った。

「へー!上手いじゃんか。表よりこっちの方が向いてんじゃない?怪我の手当はできる?」
「あ、はい!多分ですけど、できると思います!」
「有能だね〜おっと、そろそろ公演が始まっちゃうね、オレはともかく、ダニエル君は早めにいかないと!こっちこっち、オレが連れてったげるから着いてきて!」
「はい!あの、挨拶って何すればいいんですか!?」
「名前となんか一言いえばいいよ〜!表に出るわけじゃないから難しく考えなくて大丈夫だから!」
そんなこと言われてパッと思いつくはずもなく。
気づけばもうステージは目の前だった...
分厚い舞台袖の幕から見えるステージの向こうにはぎっしりとお客さんがいて、団長の挨拶をしている声と楽しそうな歓声や口笛が聞こえてくる。

「うわぁぁぁ...緊張して震えてきた....!失敗したらどうしよう...」
「気にすんなよ新入り!」
「そうだぞ!何かあったら俺たちがカバーしてやるさ!」
「心配しなくたって誰もアンタのことを見ないわ。アタシのことを見るもの」
みんなが励ましてくれる言葉に混じって、少し突き放すような声が聞こえた。
声がした方を見ると、エキゾチックな褐色肌と、黒いはっきりとしたアイラインに彩られた異国の太陽を思わせる金色の目を僕に向けて花形の彼女はにこりともせずに言った。

「アタシが観客全員の視線を奪うのはいつものことだわ。今更何を心配してるの?」
「おーいフェリシア、こいつは新人だぞー」
「ま、確かにお前の言う通りだけどな!このサーカス来る目的は全員フェリシアだからな!よ!さすが我らが花形様!」
周りの団員がやいのやいのと囃し立てるのを笑うこともせず、彼女はツンと前を向いていた。それは傲慢さがありながらも、気高さがあって、気品に溢れていて...
まあ、つまり僕は、花形の彼女。フェリシアに恋をしてしまった。

3/1/2025, 2:01:17 AM

吐いた白い息が雪降る曇天に近づこうとして消える。それを見ると冬が来たと多くの人が思うだろう。でも、ぼくはこの景色を見ると「あの人」が来たと思うのだ。

寒さでかじかむ手をダウンジャケットのポケットに突っ込み小さな丘に生えているとある木を目指す。この時期になると寒くて誰も来ないような木の下に黒い人影が見えた。

「やあ奇妙な少年。今年も来たんだね」
「奇妙なのはどっちかな。こんな寒い冬にそんな寒そうな格好をするお姉さんの方が奇妙だと思うよ」
ぼくが言い返しても「お姉さん」はケラケラと笑うだけだった。本当に雪煙を掴むように得体の知れない人だ。

「こっちに座って少し話そうよ。私がいない間に何があったのか知りたいんだ。キミの願望は消えたのか、とかね」
「消えてないよ。でもことごとく失敗するんだ。みんなが止めるせいでね」
はーと白い息を吐きながらそういうと「お姉さん」はニコッと口角を釣り上げる。

「まだキミの自殺願望は無くならないらしいね。周りの大人はなんて?」
「「こんなに若いのに何をそんなに思い詰めるんだ」、「お父さんとお母さんが大事にしている君の命を他でもない君が捨てるのか」、「自殺は罪だからやめなさい」などなど、ひじょーにありがたいお言葉をいただいてるよ」
「本当にそう思っているならもう少しありがたそうな顔をしなよ少年」
「思ってるわけないじゃん」
視線を街に向けて小さく、灰色のつまらない街を指差す。

「誰がこんな灰色の世界で生きたいと思うの?もっと明るくてカラフルな世界だったら自殺なんてしないよ。それに自殺の何が悪いの?逃げたい時は逃げていいのにその手段の一つの自殺がこんなに批判されるなんてあまりにも矛盾してるよ」
「少年〜...それは傲慢って言うんだよ。キミにとっては灰色でも他の人間にとってはかけがえの無い世界だ。でも」
「お姉さん」はぼくの隣に腰掛けイタズラそうな目でぼくを覗き込む。

「自殺が批判されるのが納得いかないのは同意。死にたい人に生きろって言うのはさらに苦しめる事にしかならない。生きることは死へ向かうことだ。だから生と死は真反対に見えて直線上にあって、この2つは密接な関係にある」
「お姉さん」がぼくの頭をわしゃわしゃと撫で回す手を払いのけると「お姉さん」は懲りもせずに笑った。

「だからさ、少年。死を探して生きるなって言う人がいるけど、キミは死(わたし)を探して生きな」
ニヤッとわんぱくな笑顔の「お姉さん」の笑顔は寒そうな格好とは真反対で、すごく暖かかった。否定され続けたぼくを初めて肯定してくれた。それがすごく嬉しかった。

「...ねえ、来年もお姉さんはここに来る?」
「そうだねぇ...もし少年がわたしを覚えていて、ここに来たのなら、わたしはきっとこの木の下にいるだろうね」
「わかった、来年も来るから、お姉さんも来年ここで待ってて」
「いいよ」

来年の冬もその次の冬も。お姉さんが来ることはなく、ぼくは懐かしい一冬の、あの日の温もりだけを信じて毎年あの丘に登った。

2/18/2025, 8:08:17 AM

「お嬢様、イヤリングは耳が痛くなるからと苦手ではありませんでしたか?」
「うん。でもね、このイヤリングは蒼樹様が贈ってくださったの!」
素敵でしょう?と髪を耳にかけて見せてくれたきらりと輝きを放つイヤリングはそこらの雑貨店で売っていそうな安物の大量生産品だった。お嬢様ならすぐ分かるはずなのに、あえてつけるほどあの鼻持ちならない小癪なガキが好きなのか。
そう思うとはらわたが煮えくりかえりそうな気がした。
なぜお嬢様はあんな奴のために心を砕くのだろう。

毎年返されないプレゼントをお嬢様自ら見繕って「気に入っていただけるかしら」と不安そうに贈ったプレゼントに対してお礼の手紙一つよこさないで、初めて贈ったものがこんな安物だなんて。そんな不義理な男のためにお嬢様が御心を悩ませているだなんて許せない。

俺はいけないと思いつつもお嬢様が大切にされているイヤリングを一つ隠し持った。片方だけになってしまったイヤリングならお嬢様もおつけにならないだろうと思って。

「ねえ伊月、わたくしのイヤリングを知らないかしら?どこにもないの」
「イヤリングですか?いえ、私は見ておりませんが...どこかに落とされたのかもしれません。見つけ次第すぐにお渡しいたします」
我ながらよくもまあ嘘八百を並べ立てられるものだと感心する。お嬢様が悲しむ姿に心が痛まないわけではないが、少しでもあの男との関わりを消したかった。
お嬢様を幸せにできない男の心無いプレゼントなど汚らわしくて清廉なお嬢様に触れて欲しくなかった。
服の上から握ったイヤリングを握りつぶさんばかりに握る。こんなものでもお嬢様のお気を引けると言うのに、なぜ俺はこれっぽっちもお嬢様の御心に留めていただけないのだろう。

片方無くなればお嬢様はイヤリングをおつけにならないと思っていたが、お嬢様は変わらずあのイヤリングを使用し続けた。
毎晩イヤリングを外した後に残る痛々しい赤い跡を見るのが居た堪れなかった。

2/11/2025, 10:15:05 PM

皆さんは「野生の島のロゼ」をご覧になりましたか?
なっていない?あ、なった?様々な人がいるでしょう。と、いうことで。「ココロ」というお題を出された私はこの映画のことしか頭にありませんでしたね。心を語るのにあれ程適した映画は無いと思います。ロボット、動物、成長。
笑いあり涙大有り、まさに全米が泣いた(全私が泣いたと言ってもいいかもしれません)映画でございます。当社調べ。
ネタバレはぜっっっっったいにしたく無いので多くは語りませんが、映画をご覧になった方々は深く頷いて頂けると幸いです。
何はともあれ、ロズ最高。

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