暁野スミレ

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12/29/2024, 11:57:31 AM

『腐る』 テーマ:みかん

 腐ったみかん、という言葉がある。

 段ボール詰めの、大量のみかん。あの中の一個でも腐ってると、周りもどんどん腐っていく。
 だから早めに捨てましょう。そういうこと。

「なら、周りがみーんな腐ってたとしたら?
 爪弾きにされるのは、むしろ綺麗なみかんの方だよね?」

 放課後。部活を抜け出して友達とマック。
 これは青春でも何でもない。無様な逃亡兵の弔い会なのだ。

「相変わらず小難しい。
 分かるのは、今のがアンタなりの強がりってことだけ」
「……そうだよ」

 コーラにブッ刺したストローを噛む。
 ふやけた段ボール味のする紙ストローが、惨めな気持ちを煽る。

「年三回発行の部誌、今年は無くすって」
「は。じゃあアンタら文芸部は何するわけ?」
「知らなぁい。一生オタクトークしてるんじゃん?」

 言いながら、ため息を抑えられなかった。
 去年入部した文芸部は、思ってたような場所ではなく。
 執筆だの読書だの、そんな感じの話が出来ればと期待していた気持ちは、一年の間にすっかり掻き消された。

「アニメ鑑賞会は出来るのに部誌の発行は出来ないんですか、って気持ち」
「凄いね」

 せせら笑う友達の顔は、とても見られなかった。
 何度も話は持ちかけた。作品は書くべきじゃないですか。せめて部誌くらいは発行しましょうよ。そんなことを。
 馬鹿馬鹿しい。

「腐ったみかんの話だけどさ」

 友達が口を開く。

「こっちからすれば、誰が腐ってるのか判断しようないケド。
 結局一緒に居たら、全部腐るんじゃないの」
「え。……そしたらどうなんの?」
「サークルクラッシュ」
「それ、どのみち私が悪くなるやつじゃん」

 抗議する私の目線をかわして、友達はあっさり「そうだよ」と答えた。
 あーあ、サークルクラッシャーってやつになるんだ私。笑えないな。

「だからさ、もう部活辞めたら?」

 友達の言葉はあまりにシンプルで、だけど理解に時間を要した。

「辞めるの? 私が先に?」
「そ。よく言うじゃん?
 しんどいと思ったら無理せず逃げろ、って」
「なんかそれ、負けた感じがしてヤダ」

 勢いのままテーブルに突っ伏す。油がほっぺに付いちゃって、すぐに後悔した。

「勝ち負けなんてないから。
 アンタだって分かってんでしょ、本当は」

 はいはい分かってる。文芸部と私の関係は勝ち負けでも、段ボール詰めのみかんでもない。
 言うなれば水と油。混ざり合わない人種。

「分かってるけどねえ」

 未練がましくぼやく。うだうだ。ぐだぐだ。
 私はやっぱり、腐ったみかん。

2024.12.29

12/28/2024, 12:38:31 PM

『だんだんいなくなる』 テーマ:冬休み

「おはようございまーす」
「あら、おはようございます」

 ある日の朝。寒さに震えながら電車に乗り込むと、偶然職場の先輩と鉢合わせた。
 珍しいことに車内が空いていたので、先輩と隣同士で席に座る。椅子の下にある暖房のおかげで、ふくらはぎがよく暖まった。

「ていうか電車ガラガラですね」
「クリスマスも終わったし、もう冬休みの時期だものね」
「あーなるほど。学生さんが居ないんですね」

 言われてみれば、制服の子が見当たらない。
 普段は人が多すぎて車内がぎゅうぎゅう詰めなので、何だか贅沢な気分だ。

「出勤してる時点で贅沢とは程遠いんですけどねー」
「はいそこ、ヤな事考えないの」
「でも年明けから春まで、しばらく電車空きますよね多分」

 先輩は私の言葉に「確かにね」と頷く。
 あ、分かってくれるんだ先輩は。これ言ってもなかなか伝わらないのに。

「受験終わった高校生とか、早めの春休みに突入する大学生とか、学生の数が段々減ってくるのよね。分かるわよ」
「あっ、そっちでした? 確かにそれもありますけども」
「あらゴメンね。違ったかしら」
「何というかリタイアというか」

 今度こそ伝わらなかったんだろう。先輩が小首を傾げてこちらを見てきた。
 余計なこと漏らさなきゃ良かったな、と少し後悔する。

「落単とか、留年とか、退学とか。
 社会人だったら、休職とか退職とか」
「あらまあ随分とネガティブね。経験者?」
「私自身は経験してないですけど。
 出身校が割と荒れてて。毎年知り合いが一人二人余裕で消えてくんですよ。
 学力だの出席日数だので」
「高校生くらいからなら、よくある話だわね」

 あーあ。気まずい。
 先輩にめっちゃ余計なこと言っちゃった。
 会話がそれとなく流れるのを祈りつつ、窓の外のビル群を黙って見続ける。
 横目で、先輩が口を開いたのが分かった。

「門出よ門出。この電車から卒業しただけ。
 だからどんな理由で居なくなっても、きっと悪いことじゃないわよ」
「……それだと、私達すっごい留年してるみたいじゃないですか?」
「ふふ。私はこの電車何留かしらね」

 先輩は口元を押さえて笑う。私も笑った。
 ふっと肩が楽になったような気持ちだった。

「高校の時に退学しちゃったAちゃんとか、退職しちゃった元同僚のB君とか、良い門出を迎えてますように」
「うん。皆んな良い年を迎えられますように」

 ふふ、と二人で顔を見合わせてまた笑った。

「ところで先輩。私達、あと何日で冬休み入れるんでしたっけ?」
「うふふ」

2024.12.28

12/26/2024, 12:48:37 PM

『不変』 テーマ:変わらないものはない

 【不変】のモニターに当選した。
 宅配で届いた【不変】を開封し、付属の説明書を流し読みする。

『任意のタイミングで対象に【不変】を使用して下さい。
 使用した瞬間より、対象は不変の存在へと昇華されます。
 ※注意※
 使用タイミングはよく考えてお使い下さい。
 気持ちは不変ではありません』

 注意書きの続きには、使用方法が細々と書かれている。【不変】の使用自体は、特に難しくなさそうだった。
 考えないといけないのは、使用するタイミングだけ。

 不変の存在って、何なんだろう。
 無難に考えるなら不老不死とかだろうか。
 不老不死。言葉にしたところで、いまいちピンとこない。

 気になってしまったのでSNSを開き、【不変】で検索してみることにした。
 すると、いくつか【不変】のレビューが投稿されている。

『【不変】使用レポ。
 髪と爪が伸びなくなった!ムダ毛も生えないし、そもそもお風呂に入る必要が無くなった!
 でも顎に出来たニキビがずっと残ってる』

『使用タイミングは本当によく考えて欲しい。
 良いことも悪いことも変わらないから、出来る限り完璧な状態の時に使用して』

 良いことも悪いことも変わらない。
 怖い言葉だと思った。すねに残ったアザの跡が、治りかけの口内炎が、ふと無性に気になり出す。
 そわそわしながらスマホの画面をスワイプしていると、ふと一つの投稿が目についた。

『身体は不変でも、気持ちは変化する。
 どうしたって後悔するんだ。こんなのは』

 たまらず【不変】をしまい込んだ。
 それから長いこと、【不変】の使用タイミングをずっと考えている。

 ある日は、すごく調子が良かった。
 今日こそ【不変】を使用しようかと思ったけど、底知れない不安に襲われて使えなかった。

 またある日は、自暴自棄になって【不変】を使ってしまおうとした。
 けど、指のささくれを毟った跡が気になり、ついぞ使うには至らなかった。

 【不変】のモニターに期限は無い。
 つまり、【不変】を使わないでいようと思えば、ずっと使わないままでいられるのかもしれない。
 不変を使わないという、不変。
 それはそれで、何だか奇妙な心地だった。

 説明書の注意書きには、こう書いてあった。
 気持ちは不変ではない、と。
 長く長く生活を続けていれば、いずれ【不変】を使用したくなる時がくるのだろうか。

 私は結局、【不変】を使用できていない。
 不変の気持ちが変わる時まで、今日も変わらない日々を淡々と過ごしている。

2024.12.26

12/22/2024, 2:33:27 PM

『それだけが残る』 テーマ:ゆずの香り

「いーい匂い」

 カーディガンから伸びる、彼女の白魚のような手を取った。仄かに柑橘系の香りがする。

「セクハラですよ。ま、今更ですけど」

 涼しげな目から送られる視線が、こちらを糾弾する。気にする必要はない。仕事中の彼女は何もしなくたって厳しいから。
 ただセクハラは本当に今更だと思う。僕にとって彼女は会社の同僚であり、そして元カノ。
例えばその昔、僕と彼女がどれだけ恥ずかしい行為に及んでいたか、そう揶揄ってやろうとして――やっぱり止めた。

「これ、ハンドクリームの匂い?」
「そう。ゆずの香り。使います?」
「んーん。イラナイ」

 僕、手スベスベだから。両手をひらひらさせて見せると、彼女は白けた顔で「そうですか」とそっぽを向いた。いや、時計を見やったのか。
 次の会議まであと15分。僕が時間潰しのつもりで立ち寄った給湯室も、お茶出しを急ぐ彼女にとっては戦場同然というワケだ。

「ゆずといえばさア」

 まあ、僕は休憩したいだけなので全然雑談振るけどね。彼女、若干睨んでる気がするけど。

「ゆずってさ、味思い出せなくない?」
「は? 意味分かりませんけど」
「分かんないかなー。
 オレンジはさ、オレンジの味って思い浮かぶじゃん。レモンもさ、レモンの酸っぱい味、何となく想像つくじゃん。
 でもさ、ゆずの味って何故か出てこないの」

 彼女は作業の手を止めない。でも僕には分かる。彼女が今、ゆずの味を思い出そうとしてくれているのだと。
 けど沈黙に耐えられなかったので、僕は彼女の返事を待たなかった。

「ゆずの、あの匂いだけしか思い出せない」
「貴方が普段ゆずを口にしないだけでしょう」
「えっ、そういうこと?」
「まあ、でも、思い当たる節はあります。
 私にとっては、さくら味がそうです」
「あー分かる。さくらも匂いしか出てこない」

 湯気と一緒に漂ってくる、淹れたてのお茶の匂い。
 お茶の味だってやっぱり思い出せるのにな。

「ま、要はさ。ちゃんと何度も味わわないと忘れちゃうってことだねきっと」

 それなりに名言っぽい言葉を浮かべて、彼女の背中にそっと手を伸ばす。
 ああ、すっかり忘れちゃったな彼女の味。
 あんなに何度も味わったっていうのに。

「いえ、忘れる程度ならそれまでですから」

 僕の手をするりと抜けて、彼女はお茶の並んだ盆を持ち上げる。
 そしてこちらを見ることすらなく、給湯室をさっさと離れていってしまった。

「……つれないなぁ」

 ゆずの香り。それだけを残して。

2024.12.22

11/24/2024, 3:17:01 PM

『あれ、こんなだった?』 テーマ:セーター

「お?」

 収納から引っ張り出してきた、鮮やかなブルーのセーター。
 虫食いはないか、ほつれはないか、眺めていた時のこと。
 なんだか違和感を覚えた。

「こんな色だったっけ?」

 ベッドに広げてあちこちから見る。右から左から上から下から。
 なーんだか、違和感がある。

「なあ、コレこんな色だったっけ?」
「えー?」

 リビングに居る彼女を呼ぶ。すぐ、スリッパのぱたぱたした足音が近づいてきた。

「知らないよお。そんなセーター覚えないし」
「去年家でよく着てたと思うんだけど」
「去年は私、一緒に住んでませーん」

 そうだった。彼女と同棲を始めたのはつい最近だった。

「よく着てたんなら写真とか残ってないの?」
「あー」

 言われて、スマホの写真フォルダを漁る。
 一年前くらいの写真。同じセーターを着ている自撮りが運良く残っていた。
 残っては、いたけど。

「同じか……? いーや微妙に違わないか……?」
「もーめんどくさいなあ。普通に洗濯して色落ちしたんじゃないのお?」

 彼女は頬を膨らませ、リビングに戻ってしまった。
 やっぱ色が落ちたからちょっと違って見えるのか?

「……とりあえず一回着てみるか」

 着ている服を脱ぎ、ほんのり収納の香りが漂うセーターに着替える。
 それで姿見の前に立ち、色々ポーズをとってみる。

「分からん。同じ気もするし、違うような気もしてくる」 

 鏡に映った自分の姿をガン見する。遠くから近くから。
 やっぱり違和感が、いやゲシュタルト崩壊してきた。
 アレだ。朝靴下探してるとき、セットのはずなのに微妙に色違って見えるアレに近い。めっちゃ焦るよね、アレ。

「やばい沼にハマった。もう何も分からない」
「ウッソ、まーだそれやってんのお?」

 また、スリッパのぱたぱたした足音。振り返ると、彼女がひょっこり顔を覗かせていた。

「だってさあ」
「気にしすぎだって! 久しぶりだし違って見えても普通だって!」
「でもさあ」
「もー!」

 眉をきゅっと上げ、彼女が怒りだす。まずい、ダル絡みし過ぎた。
 しかし、彼女は突然近づいたかと思うと「うぅん?」と目を凝らした。

「何だ?」
「アナタそんなだった?」

 まじまじ見られて恥ずかしくなり、顔を逸らす。
 背後にあった姿見に自分の顔が映った。言われてみれば、何か違う気が。

「ちょっと思ったんだけどさ」

 目元に皺なんてあったか? と冷や汗をかいている中、彼女が畳みかける。

「アナタのその違和感って、もしかして加齢じゃ」
「よし、この話は終わりッ!」

2024.11.24

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