暁野スミレ

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『事故物件』 テーマ:わぁ!

『わぁ!』

 声が聞こえて、振り返った。
 誰もいない。当たり前だ。一人暮らしのこの部屋に、友達も彼氏もいない人間の部屋に、私以外の誰かがいるわけない。

 私はパソコンに向き直る。この部屋の主は今、土日休みを漫然と貪っているところなのだ。
 今日はひたすら、ダラダラと動画を垂れ流して見てる。適当に流されている動画は、好みの内容でなかった。
 おまけに座椅子に腰掛けているだけで、寝っ転がるよりはまだ「ちゃんとしている」ような素振りをしてるからどうしようもない。

 ため息を吐いた直後、部屋の隅で何かが割れる音がした。
 音のする方を見やる。誰もいない。様子の変わったところもない。当たり前だってば。

 またパソコンに視線を戻す。次の動画がランダム再生されるところだった。再生数が無駄に多いだけの、騒音のような音楽が流れて思わず耳を塞ぐ。適当に流された曲が好みじゃなかった時って、何でこんなにムカつくんだろ。

 顔を顰めていると、今度は頭上から手を叩く音が聞こえた。雑な拍手のようなそれにイライラして、天井を見る。
 誰もいない。何もない。当たり前なんだって。

 もう無理。捕まえられずに耳元をブンブンし続ける蚊のような何かを、いい加減野放しにしてらんない。
 私はパソコンを見てるフリをしつつ、周囲を警戒する。しばらくすると、背後に何かの気配を感じた。私は音もなくそれに近寄り――

『わぁ!』

 脅かしてやった。
 見えない何かが、空気を揺らしながら仰け反るのが分かった。
 それから、また空気を揺らして私に詰め寄る。

『あのね、さっきからうるさいのよ。
 パリンガシャンパンパン鳴り散らかして、勘弁してよね』

 見えない何かはふるふると震えているようだったけど、どういう感情なのか全く読めない。

『クラップ音だっけ?心霊現象とか全っ然意味ないから。
 この部屋の主、霊感全くないの』

 ふるふると震えていた何かが動きを止めた。
 今のは分かる。明らかに動揺してる。
 マジで? マジで気づかずやってたの?

『いや私――地縛霊だから。この部屋の。
 私にクラップ音とか聞こえても意味ないから』

 私はパソコンと、その前に座る部屋の主を見た。自分の部屋で幽霊2体がやり合ってるってのに、全く気にならないの。呆れる。

 気がつくと、見えない何かは姿を消していた。幽霊的に旨味がないと悟ったのだろう。
 霊感0の人間と、先客の幽霊。

『人間から見ても幽霊から見ても事故物件なの、ホント笑えるわ』

 いや笑えるかっての。

2025.01.26

1/26/2025, 2:14:26 PM