暁野スミレ

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『麦わら帽子はまだ早い』 テーマ:帽子かぶって

「あらっ。ちぃちゃんどうしたの」

 玄関から、義母がちぃちゃんを抱えて戻って来た。ちぃちゃんの小さな小さな頭には、麦わら帽子が乗っかっている。去年の夏、どこに出かけるのにも大活躍だった帽子。ちぃちゃんのお気に入りの一つだ。

「こないだ収納にしまい込んだのに。
 よく引っ張り出して来れたねえ」

 言いながら押し入れに顔を突っ込んだ義母は、「あらあら台風の後みたいだわ」と大笑いしている。後ろから覗くと、中は我が娘のわんぱくっぷりが存分に発揮された、酷い有様となっていた。

「ああっ、すみません。すぐ片しますから」
「いいのいいのこれくらい。
 でもちぃちゃんてば、麦わら帽子なんて急に引っ張ってきてどうしたの」

 義母がちぃちゃんの前に屈んで笑いかける。
 可愛い我が子は義母の顔を見て、「んー?」と首を傾げた。
 嗚呼。とっても可愛いけど何も分からない。幼稚園にも入園してない歳の子に、一端に説明能力があるわけ無いんだけど。

「よんで」

 嘆く暇も無く、ちぃちゃんにぐいぐいと絵本を押し付けられる。麦わら帽子を被りっぱなしなので、帽子のつばもぐいぐいと顔に当たる。
 帽子を取ろうとしたけど、滅茶苦茶に嫌がるので諦めた。麦わら帽子をかぶった可愛い我が子を膝に乗せ、絵本を開く。

「あっ。そうかあ。ちぃちゃん最近この絵本が好きだもんね。そういうことかあ」

 横から顔を出した義母が、絵本を見て得心したように頷く。
 開いたページは丁度、ひまわりの花が一斉に開花するシーンだった。

「ああ、去年見に行ったねひまわり」
「ちまり」
「うん、ひまわり」

 それこそ花のような笑顔を見せる娘の頭を撫でた。夏の間愛用していた麦わら帽子は、てっぺんがささくれてザラザラしている。
 この帽子の下に、柔らかな髪の毛と小さな小さな頭がある。そう思ったら、愛しくて仕方なかった。

「ちまり」
「ひまわりはね、まだもうちょっと先かな」
「んー?」
「もっともっと暑くなったら、またお母さんと見に行こうね、ちぃちゃん」

 義母の言葉を理解したのかしてないのか、ちぃちゃんはニコニコ笑っていた。まあ、理解出来たら賢くて可愛いし、分かってなくてもそれはそれで風情があって良い。ちぃちゃんの頭の中では毎日ひまわりが満開ってことなんだから、それってとっても素敵なことだ。親バカかもしれない。

「ま。麦わら帽子はまだ早いかもね、ちぃちゃん」
「んー?」

 まだ分かんなくていいよ。四季に囚われた大人の言葉なんて。

2025.01.28

1/28/2025, 5:28:30 PM