月森

Open App
4/16/2023, 9:56:43 AM

 1枚の郵便ハガキが届いた。宛名は私。差出人は5年前の私。中3の時の社会の授業で書いた“5年後の自分へ宛てた手紙”だった。内容は忘れた。そんなものを書いたな〜という記憶だけがぼんやりとある。

『5年後の私へ お元気ですか』
平凡な出だしだ。

『いい加減2次元に恋をするのはやめましたか?』
うん、やめたよ。今はドルオタしてる。

『恋人は出来たでしょうか』
出来たよ、3股が判明して昨日別れたけど。

『念願のポメラニアンは飼えましたか?』
ポメラニアンを買いに行ったペットショップで、一目惚れしたノルウェージャンフォレストキャットを飼ってるよ。

そうして延々と下らない質問が続いて、終盤。

『最後に、さっちゃんたちとは、今も仲良くしていますか。特にさっちゃんは…』

 ふと、足元にハガキが落ちていることに気付いた。拾い上げると、それもまた過去からの手紙だった。宛名は隣の家のさっちゃん。郵便屋さんが落としたのだろう。少し悩んだが、私はそれを読んだ。分かっている。人の郵便物を勝手に読むことは罪だ。でも、私は読まずにはいられなかった。




『5年後の私へ。

5年という月日で、きっと私は色んなことを経験したよね。楽しいことがたくさんあったならいいな。私のことだから、つらいことでとても挫けていると思うの。でもね、大丈夫よ。私には素敵なお友達がいるから。みっちゃんたちと誓ったの。大人になっても友達でいようねって。つらいことがあっても皆で励まし合って生きていこうねって。だから、大丈夫。


でもね、大人になるってことは、今よりやらなきゃいけないことが増えて大変になるってことなの。だからね、もしかしたら、お友達と一緒にいられなくなってることもあると思うの。ひとりになってるかもしれない。その時は思い出して。私は何があっても私の味方よ。未来の私が健やかに生きられていることを、5年前の過去から祈っているね』



 私はハガキをお隣へ持っていった。インターホンを押すとさっちゃんのお母さんが出てきた。私がハガキを渡すと、お母さんは泣き崩れた。さっちゃんは、1週間前に自殺した。


『特にさっちゃんは元気でしょうか。あの子はいろいろ考え過ぎるところがあるので心配です。見ていてあげて下さい』


5年前の私たちの想いは、届かなかった。


届かぬ想い____

4/1/2023, 9:30:38 PM

 こうして手紙を書くのは久しぶりね。最後に書いたのは確か、去年の君の誕生日だったかしら。

 すごく唐突かもしれないけど、驚かないで聞いてね。今だから言うけれど、私ね、ずっと前から君のことが好きだったのよ。君に恋人が出来た時、初めてそれを自覚したの。馬鹿よね。私、何の疑いもなく信じていたのよ?君とは死ぬまで一緒にいられる、なんて。勝手にそんなことを思っていたの。だって、君と私は似た者同士だから。

 でも実際は、君と私は全然違ったし、君は私の隣からいなくなった。当たり前よね。結婚するってそういうことだもの。家庭を持つってことは、友人より優先すべきものが出来たってことだもの。
 あんなに人間不信だった君が、私の知らない誰かと幸せそうに笑っているのを見ると、正直苦しくて堪らないわ。心のどこかでは確かに祝福しているはずなのに、大半は呪いみたいな黒いものが淀んでいて、嫌になる。あの時、君と出会えた奇跡があったから、今私は此処にいられるのに、今はあの時死んでいれば、なんて考えてしまうの。君と出会えたから、誰かを好きになる幸福を知れたけど、そのせいで自分の度し難い醜さにも気付いてしまったから。



 物語を書くことは、私にとってのアイデンティティで、君のために今までたくさんの物語を書いてきたけど、もう終わりにするわ。君がもう、物語を読まなくなったから。読む必要がなくなったから。

 知らないでしょ?私が寝る間も惜しんで書いていたこと。君の喜ぶ顔が見たくって、書き続けていたこと。これからも、ずっと、死ぬまで書き続けたかったこと。

 たったひとりの読者のための物語は、これで終幕よ。

 この手紙を君が読み終える頃には、私はもう君と同じ世界の空気は吸っていないでしょう。言葉も声も届かない場所で、後悔と懺悔にくれていることでしょう。いっそ、願われない流れ星になって、燃え尽きてしまえたら幸せね。

 言われるまでもないと思うけど、伴侶のことは大事にするのよ?君がこちら側に来るのは、満腹になるまで幸福を味わってから。でないとそれこそ、本当に呪うのだから。

じゃあね、






















 そこで慌ててる馬鹿な君、手紙は最後までちゃんと読むものよ?カレンダーはめくったかしら?そう、今日は“エイプリルフール”。嘘吐きの日。

 ふふ、ごめんなさいね。今私、ひどい悲劇のような喜劇を書いているから、こんな嘘しか吐けなくて。
 執筆が落ち着いたら、そのうち君の新居に遊びに行かせてもらうから、その時はまた、君の話を聞かせて頂戴。

3/29/2023, 4:42:39 AM

 あなたにまっすぐ見つめられると、本当のことを話してしまいたくなる。あなたのこれまでの不幸は、みんな私が作ったものなのよって。なのに、あなたときたら「君がいたから、今日まで自分は生きてこられた」なんて言って笑うのだもの。何にも気付かない、本当に馬鹿な人。


嗚呼、だから、私、あなたを好きになってしまったのね。


『人間に恋をした疫病神』







 疫病神とは人に災いをもたらすもの。人に毛嫌いされるもの。けれど、君は知っていたかな?その疫病神に親切を1000回重ねると、福の神に反転することを。まぁ実際、疫病神にすすんで近付こうなんて勇気のある輩(若しくは本物の馬鹿)、なかなかお目にかかれないからね。

おや、でもあのふたり…
ふふ、もしかしたら、僕たちそんな奇跡の目撃者になれるかもしれないよ。

3/28/2023, 8:03:23 AM

 満天の星と月明かりの下、土手に座って話をした。民家の明かりもすっかり消え、ネオンの喧騒は遠い。鳥や虫や風まで今日はやたらと大人しく、まるで世界に文士さんと私のふたりしか存在していないような錯覚を覚える。
 そんな、人の目も耳も気にしなくて良い空間だったからか、適当に話して終わらせようと思っていたはずなのに、自分でも驚くほど言葉が出てきて止まらなかった。

 ああ、そうか。そういえば、しばらく君と話していない。君に恋人が出来てから、ずいぶん声をかけづらくなったのだった。まぁ、君のことを君本人に相談するわけにもいかないし。私には君の他に話が出来る友もないから、必然感情を抱え込むことになった。私はそれを誰かに聞いてほしかったのかもしれない。


 話し続ける私に嫌な顔ひとつせず、文士さんは時折相槌をうちながら聞いてくれた。彼の閃きの手助けに、自分の愚痴がなっているのなら幸いだが。
 私の舌が乾いてきた頃合いで、文士さんが栓を開けた缶ジュースを差し出してきた。ずいぶん気の利く人だ。大きな赤いハートの中に可愛らしいフォントで“My Heart”と書かれている。初めて見る。新商品だろうか。私はお礼を言ってそれに唇を寄せた。
 紅茶のような香りとほんのりとした甘さ。「美味しい」と口に出した次の瞬間には、吐いていた。

「なるほど。これがあなたの中にあったものですか」
 まじまじと文士さんが私の吐き出したものを見つめている。毒を盛られたと思った。それはもう、とびきりおかしな。私は生まれて初めて、口から黒猫を吐いた。

 状況を理解出来ず言葉を失っている私をよそに、文士さんは続けた。
「これが今あなたの中にある1番厄介な感情です」
 毛づくろいをする黒猫を文士さんの手が示す。
「は…?感情?」
 私の理解はまだ追いつかない。
「この飲料はですね、飲んだ人間の中にある1番強い感情を体外に出してくれるんです。大きすぎる感情って、内側にあると苦しいじゃあないですか。加えて、それに実体を持たせることが出来るんです。吐き出すものは人によって違いますけど。黒猫は呪いになる一歩手前なんですよ、危なかったですね。さぁ、では、こちらをどうぞ」
 そう言って文士さんは金槌を私に手渡した。
「…これは?」
「ひとおもいに!」
「何をですか」
「決まってるじゃあないですか。あの黒猫を殴って殺すんですよ」
 文士さんは爽やかな笑顔で言った。
「は?どうして、殺すなんてひどいこと」
「ひどい?いやだな、あれは生き物ではありません。あなたの中にあった今のあなたには不要な感情です。あれを殺すことが出来れば、あなたを苦しめる恋心は綺麗さっぱり消えてなくなります。悩み解決ですね」
「そんなバカな…」
「撲殺は嫌でしたか?他にもありますけど、どれにします?」
 文士さんはサバイバルナイフやら何やらを、まるで異次元なのかと思わせるトランクから次々と出して私の前に広げた。
「いや、そんなこと出来ませんよ」
「どうして?今ある苦しみから解放されたいのでしょう?」
「そうですけど…」
「なら、躊躇わないで」
 文士さんは、私が一度返却した金槌をまた私の手に握らせた。
「ああ、言い忘れていましたが、体外に出した感情を24時間以内に殺せないと、あなたが死ぬことになります。それでもよろしいので?」
「は?」
 そんな大事な説明もなしに、なんてものを飲ませてくれたんだ。知らない人からもらったものを、警戒せずに飲んでしまった私も私だけど。
「では、私は執筆に戻ります。頑張ってくださいね。あれを殺せれば、あなたの心は晴れて自由なのですから」
 私の脳が正しく再起動するのに手こずっている間に、いつの間にか文士さんは姿を消していた。土手には私一人がポツンと取り残され、先程まで心地よかった静寂が急に怖くなる。


 夢だと思った。私はきっと今自室で眠りに落ちているのだと。
 とりあえず落ち着くために深呼吸して、試しに足元にいる黒猫にそっと触れてみる。ふわりとした滑らかな感触と伝わる体温。癒やされる。しかし次の瞬間には、フーッ!と威嚇されて右手の甲を引っかかれていた。夢にしては痛みがリアルだ。夢ではないのかもしれない、なんて予感を私は頭を振って思考から追い出した。
 すると、突然黒猫がどこに向けてか走り出す。私は遠くなっていく黒猫を呆然と眺めた。まぁ、夢なら放置で構わない。醒めるのを待てばいいだけなのだから。夢ならば。夢なら…

 私の爪先は大きく踏み出していた。筋金入りの臆病と生存本能に突き動かされて。河川敷を全力で駆け出した私を、夜空の月が笑っている気がした。

3/27/2023, 9:56:01 AM

 夜空に懸かる満月を見上げると、ふと年の離れた友の顔が思い浮かんだ。そして、年甲斐もなく焦がれてしまう。彼のように、自由で大衆を楽しませる作品が自分にも書けたなら、と。それが如何に水中に火を求む真似だと分かっていても。



 夜道を照らす満月を見上げると、ふと憧れの人の顔が思い浮かんだ。そして、痛いくらいの憧憬が僕に願わせる。先生のような、崇高で不変の美しさを持つ作品を自分も作れたら、なんて。そんなの、ないものねだりだって分かっているけれど。




『月下の羨望』

Next