ねぇねぇ来る?
来るよ来る
もう近い?
まだ遠いよ
密々と話し声がする。
おかしいな、幻聴だろうか。
ぱちりと目を覚ませば森の中。
「…何処ここ」
自分は部屋にいた筈なのにと
冷や汗がだらり。
辺りを見渡すも人気はないし木が立ち並ぶだけだ。
あ起きた?
起きた起きた
ねぇ逃げて
まだ大丈夫だろう
再び聞こえる声に目を凝らすと小さな小さな羽根が生えた不思議な生き物。
恐らくこれは妖精と言われるものじゃないだろうか。
「…逃げてって何が来るの?」
会話は出来るのかと投げ掛けた質問に
妖精達は周りを取り囲んでくる。
重くて大きな足音がするの
こわーいやつ
早く逃げないと
生きたいでしょ?
どうやら状況は危険らしくて立ち上がる。
生きたい、こんなところで死ねない。
とにかくこの場所を出なければ。
何か良くないものが近づいてるみたいだから。
こっちこっち
来てる来てる
早く早く
走って走って
距離的にはまだ遠いらしく自分には分からないが
彼らには聞こえるらしい。
言われるがまま導かれるままに
足を向け走っていく。
聞き取れぬ遠い足音に背を向けて。
お題【遠い足音】
青々と生い茂る木を自宅のベランダから
頬杖をつきながら見下ろす。
道路を挟んですぐ前にある公園では四季折々の木々が楽しめた。
春には桜、夏にはサルスベリ
秋には紅葉やイチョウ、冬には椿。
旅行をせずとも四季が楽しめちゃうこの場所を
存外私は気に入っている。
夏の暑さから一転し空気は肌寒くなり
そろそろ衣替えをする時期に差し掛かっていた。
周りを見てもちらほらと長袖を着ている人達が目に入る。ちょっと前まではみな半袖だったのに早いものである。
そしてあっという間に冬になり1年が終わるのだろう。
それはそうと、と意識を再び木に向けるも青い葉は変わらぬ姿を見せていて落胆する。
紅葉は湿度が適切でないと赤い葉を見せてくれないらしい。よく川辺に咲いてるものも見かけるだろうが、そこは適度に保たれているからあんなにも美しく真っ赤に染まるんだろう。
あぁ早くこの木も赤くなってくれないかな
そうすれば私のこの沈んだ気持ちを持ち上げてくれるだろうに。
ふと目の前をアキアカネが飛んでいく。
その事に目を瞬きさせるとフッと笑みがこぼれた。
「秋の訪れはそっちが先だったかぁ」
まるでこれからだよとでも言うかのように去っていったので肩の力が抜け心がフワッと軽くなる。
秋の訪れ
それは些細なところから
お題【秋の訪れ】
何もかも諦めた人生だった。
夢も恋愛も上手くいかなくて
まぁ諦めが肝心だって言うでしょ?
だからさ勝手に自分で区切りつけてポイって
捨ててたんだよ。
仕事が出来ても環境が悪くて
あぁここは向いてない
この仕事は好きだったけど
周りが駄目だ
そう思って諦めた。
家族の夢を押し付けられ
自分のこれだって夢を
貫き通そうとしたら
家族に潰され諦める。
恋愛だって
何もわからないまま付き合って
進展もないままで
結局別れて一人ぼっち。
どこまでいっても諦める人生だった。
希望なんて見出だせず真っ暗な道を進んでいく。
こんなクソみたいな世界をさ生きていかなきゃなんて馬鹿らしくない?
…あぁ君はそうでもない?
そう、まぁ君は僕とは違うからね。
君の目はキラキラで眩しくて憎らしいくらいだ。
まぁ僕の話なんてどうでもいいよ。
碌な人生じゃなかったからね。
君は…まだ此方に来る様な人生じゃないみたいだ
ほら後ろを見てご覧?
道があって光の先に伸びてるだろ?
君の人生という旅は続くんだ、まだまだ死んじゃあいない。
嘘だと思うならその道を行きなよ。
ただし振り返っちゃ駄目だよ。
振り返ると君は呑まれるだろう。
何にって…
僕という闇だよ
誰の心にも住む闇。
…ハハッ冗談。
そんな怖がらないで。
でもまぁそうだな
一つ助言をするなら
君は自分を知る事だね
そうすると自ずと僕が何者で
僕の言っていた事がわかるはずだよ。
さぁもう時間だ。
行ってらっしゃい、気を付けて
「良かった!行ったね!」
「行ったからなんだってんだよ」
「行っちゃったの?かわいそうに」
「もう少しいればよかったのに…あーあ…」
あるものは喜びあるものは怒り
またあるものは哀れみ
そして落胆する。
それらを視界にいれ僕は彼の消えた道を見る。
僕は人生に失望した。
それでも彼の背中を押したのは
君の道が途切れていなかったから
諦めなくてもいいんだと
思ったから
お題【旅は続く】
人は酷いことが起こると視界がモノクロになるらしい。そんな馬鹿なと冗談だろうと思った事だろう、しかしそれはどうやら本当だった。
街中を歩いていると景色が色を無くしたのだ。
人も建物も電車も全て。
私は焦った。
これはいつ治るものなのか
どうして発症したのか
病院はどこに行けば診てもらえるだろう?
でもふとこのまま目が見えなくなってしまったら
嫌なもの酷いこと何も目にしなくて済むのか?と悪い考えが嫌な方へとシフトしていく。
いやいやそれは困るのだ。
だって私の好きなものが見れない、家族とコミュニケーションが取れない、視覚を失うとはきっとそういうことなのだろう。
ふいにピコンと音が鳴る。
それはメッセージアプリの音で開けば恋人からだった。
大丈夫かと。
はて、何かあっただろうか。
そんな心配される事。
大丈夫、そう打とうとした時画面にポツリと雫が落ちる。雨が降ってきたのかと空を見れば晴れているのでおや?と首を傾げると周りから視線。
そして目に違和感。
あぁ、なるほど。この雫は私の目から落ちたものでコレは涙なのか。
続いて音が鳴り画面に視線を落とす。
失ったばかりだから心配で、そんな文面を声にならない言葉で復唱し記憶が蘇る。
そう…そうだった
もう居ないのか…だからこんなにも世界はモノクロで私の心は虚しさでいっぱいなのか。
泣いていいんだよ
その一言に私の世界は色が戻る。
起こってしまったことは戻らない。
モノクロだったのは私の心が忘れたかった事を隠してしまったからだった。
人は臆病で弱くてとても繊細だ。
それでも生きていかなきゃならなくて
立ち上がらなきゃいけない。
モノクロはきっと貴方の心にも発症する可能性があります。ですがそれは貴方を支えてくれる人が治してくれるかもしれません。
その事を心に記録しておいてください。
お題【モノクロ】
あの日もこんな雷が鳴る雨が凄い日だった。
仕事が終わり家に帰る。
ただいま~と家族が居ないのに声をかけて部屋にいるだろう愛犬のところにいく。
「…え」
そこには元気よく鳴いて出迎える愛犬の姿はなく変わり果てた姿で私は茫然とした。なんで、どうして。
あぁ、そうだ今日はこの子の嫌いな雷が鳴っていた。
「電話…お母さん…お兄ちゃん…」
震える手で携帯を手にして電話をかける。
母は祖父が癌で入院をしていたから今日はその見舞いで私は仕事があるからと昨日おばあちゃんの家から帰ってきて、朝普通に行ってきますと愛犬に声をかけたばかりの事だったのだ。
コール音が途切れはいと声がかかる。
「おかあ、さ」
「…どうしたの?」
「いま…家、帰ってきて…小屋で…死んで…」
「えっ…」
「今日雷だったから抜け出そうとしたのかもっ…どうしようっ体冷たいっ」
小屋の柵の間に首が挟まってる愛犬に私はパニックだった。病院?いやもう間に合わない、だっていつからこうなってたの?死後硬直してるのに。
「ちょっと待って今病院だから…またかけ直すから待っててね!」
「…うん…」
虚しくツーツーと音が響く。
とにかくこのままじゃ駄目だ、グッと涙を圧し殺しなんとか愛犬を救出する。すると再びコール音。
はい、と出ると大丈夫かと兄の声。
私は涙が出た、兄の前では泣いたことがあまりない。兄と妹、性別が違うからか大きくなるにつれ話さなくなっていった事も原因だろう。
「今どんな感じだ」
「首吊ってて…救出して…」
「…おう」
「…隣に病院あったけど…もうムリかな」
「毛布くるんで一応いっとけ」
「わかった…」
兄も動揺をしてる、この子は兄にも懐いていた。この子が小さい時から一緒だったから。
「…ねぇお兄ちゃん…人生に永遠なんて、ないけれど…まだ生きてて欲しかった…」
兄からの言葉はない。
それはそうだろう、あまりにも突然すぎる。
それにきっと兄も泣いている。
「行ってくる…」
「おう…気を付けてな」
私は電話を切ると鍵をするのも忘れ隣の動物病院にと急いだ。そして結果は案の定。
突然の別れに息が苦しい、途中様子を見にこの子の兄弟を引き取った家族も来てくれ母も急いで帰ってきてくれたが1人で見た光景は衝撃すぎて頭に会話が入ってこない。
病院の先生が入れてくれた段ボールに入る君を見て
ごめんねと呟く私を家族が泣きながら抱きしめて見ていたのをよく覚えている。
そしてあの日から私は雷が怖くなり犬を飼わなくなった。
お題 【永遠なんて、ないけれど】