窓から見える景色はとても憂鬱で
憎らしい。
見渡しても同じ景色で変わることはなく
じゃあ外に出ればいいじゃないかと思うかもしれないが白い壁に覆われているこの空間からは出ることは出来ない。
ガラリと扉を開ける音。
また来た。
「こんにちは」
なんていう君の手には花。
週に1、2回来る度に持ってきているそれに
うんざりとする。
毎回持ってくるのは青くて小粒の花が集まったもの。
名前はなんて言ったか…
そうだ、ワスレナグサ、たしかそんな名前だったな。
それを窓際の花瓶に入れて君は椅子に座る。
「…毎回来てくれなくてもいいんですよ」
やんわりと来るなを伝えるも君は笑うばかり。
何か言い返してくればいいものを。
よくわからない世間話や子供の話。
そんなの言われたってわからないのに。
ふと君の手に光る指輪を見る。
何故か見覚えのあるそれに思わず手を伸ばし触れると
ピクリと動く君の手。
そんな伸ばした自分の手にも対となっているデザインの指輪があった。
「…あの、何か」
「あぁ、いえ…見たことあるなと」
でもなんで僕の手にもあるんですかね?
そう言って苦笑いすれば黙り込む君。一瞬だけ見えた傷ついた表情に何か失言をしてしまったと慌てて視線をそらす。逸らした先に見える先ほど持ってきてくれた花が目に付くとあれ?と瞬きする。
「今日は…青い花じゃないんですか」
「…それはパンジーです」
パンジー…。
なんだろう、いつもワスレナグサだったのに。
何かの意図があるように思えてくる。
「…愛−恋=なんだと思いますか?」
「え?」
じっとその花を見てると急な謎かけ。
愛から恋を引く?
怪訝な顔をしていると君は口を開く。
「孤独、だと思うんです」
「…孤独」
「はい」
だから『ひとりにしないで』
悲しげな顔で言われ頭がズキッと痛む。
何か大事な事を忘れてるような。
物思いに考えていると君は立ち上がり
また来ますとこの場を去っていった。
代わるように入ってきたのは看護師で僕の状態を見てくれる。そしてふとあれ?と首を傾げていた。
「パンジーなんですね」
「…はい」
やっぱり何かあるのか?
看護師さんは真剣な表情で懐からスッと携帯を取り出すと何処かに電話をしていた。
なんだろう
何か不安を覚える。
ワスレナグサからパンジー…。
愛−恋=孤独。
僕も携帯を取り出しワスレナグサと調べれば
花言葉が目についた。
『私を忘れないで』『真実の愛』
ならパンジーはと再び調べると
『ひとりにしないで』『私を思って』
そう出てきて動揺した。
先ほど彼女はひとりにしないでと言っていた。
ヒントを出してくれていた。
ポツリと涙が流れる。
どうして忘れていたんだ。
「え、大丈夫ですかっ?」
看護師さんの慌てた声。
僕は看護師さんを見ると一言
思い出しました、と。
そう言えば看護師さんは目を見開き繋がった状態の
携帯で先生を呼んだようだった。
続いて先ほど帰ったはずの彼女もいて驚いた顔で近づいてくる。
「思い出したって…」
「うん、思い出した。
ごめんね、ありがとう」
すると彼女はわっと泣き出した。
良かった、怖かったと縋りつきながら。
君からのヒントがなければ
今もずっと忘れたままだったかもしれない。
今度はきっと忘れないから。
一緒に帰ろうね
✝
お題【愛−恋=?】
夏から秋に変わるこの時期は
もの淋しく一年の終わりをぐっと感じ始める頃。
暑かった気温は一転、肌寒くって
半袖から長袖に変わる、そんな時期。
そんな風に物思いにふけていると
美味しい!と聞こえ店内を見る。
感嘆の声を発したのは女性でそれはもう
幸せだという顔をして笑っていた。
あんな美味しそうに食べてくれるのなら
作った甲斐があったな
その女性を見てそう思った。
この道に走ると決めて
学校へ行き卒業後は師の元で励む日々。
そして初めて作ろうと思ったのは自分が好きな
あの水々しくて食感が楽しい梨だった。
リンゴやいちごなど定番はよく見る。
けれど梨はあんまり見なくて
美味しいのに、その思いで作ったんだ。
梨の美味しさを知って欲しくて。
なんだかいい気分だ。
フッと口角をあげ仕事に励む。
そうして黙々と仕事をしているとレジのベルが鳴り表に出る。
そこには先ほどの女性がいた。
店内で食べてたからお会計かなと思ったので
ありがとうございます、伝票はございますか?と聞く。
「あの、持ち帰りもしたくて
一緒に払えますか?」
「あぁ、どうぞ。
どれになさいますか?」
「梨のケーキを…3つ!」
「…3つでございますね、ありがとうございます」
思わず多いな、と言いかけてしまった。
危ない危ない。
ショーケースから3つ取り出し丁寧に箱にしまっていく。
そして女性の元に持ってくると話しかけられた。
「この梨のケーキ、子どもたちにも食べてほしくて」
「…お子様にですか?」
「そう、とっても美味しくて優しい味がしたから」
目頭が熱くなる。
込められていた気持ちが伝わることは
こんなにも嬉しいのか。
「梨は【愛情】という意味があるんです」
「え?」
「だから、その【愛情】がお子様に届きますように」
なんて、無責任にすみませんと謝ればポカンとした後
女性はフフッと笑った。
少しだけ目がウルッとしていたのは知らないふりをした。きっとそれが正解だと思ったから。
「ありがとう」
また来ますねそう言って女性はお店を去っていった。
店内は落ち着いていたので再び中に戻ると師から話しかけられる。
「良かったな」
恐らく聞こえていたのだろう。
そしてこの人は自分の歩んで来た道がどれだけ大変だったか知っている。
感慨深く感じているのだろう。
自分も胸が熱くなった。
けれども今は仕事中だ。
精一杯の笑顔と何度も頷くことで
同意を示した。
誰かの笑顔に助けられる日々は
なにものにも代えがたい思い出だ。
今日あった日々を大事にしていきたいと
そう思えたのだった。
お題【梨】
今宵君の街へ降り立つのは
誰でしょうか。
君か私か、はたまたまったくご縁のない人か。
ここではどんな事をしたって
咎められる事はない世界。
例えば、LaLaLaなんて狂ったように
歌いながら涙を流して愛する人に別れを告げる事も
有り得る世界。
え、有り得ない?
ふふ、ふふふ…それもそうでしょう
だってここは夢で現実ではございません。
じゃあどうしてそんな事聞くのかって?
そうですね
此処に来られる方は皆そういいます。
身に覚えありませんか?
別れを告げられたのに忘れられないとか
急な展開についていけず苦しんでいる、とか。
何かしらみなさま悩みを持ってこの地に降り立つんです。
悩み事がお有りなら私が聞きましょう。
…必要ない、そう…ですか。
随分と強くなられたようで、いえこちらの話です。
そんな事より視界がぼやける?
それはあなたが目覚めようとしているのでしょうね。
まだこの世界はあなたには早かった。
そういう事でしょう。
それならば見送りをせねばなりませんね。
こちらの汽車に乗り深呼吸をしたらゆっくりと目を開けるんですよ。
そうすればあなたは現実を見ることになる。
あぁもちろん辛くなったらまた来てもかまいません。
どなたも歓迎するのがこの世界のルール。
そして別れの時は決まってみな歌うのです。
LaLaLaGoodBye……なんておしゃれな風に。
さぁそんな事話してたら出発の時間ですね。
どうぞお気をつけて
お目覚めくださいね
お題【LaLaLaGoodBye】
せ〜んろはつづく〜よ
ど〜こまでも〜
保育園児の列車が目の前を通過する。
散歩中なのだろう、園児1人1人が紐をつかんで
先生が辺りを気にしながら歩道を歩いていた。
可愛い列車に周りはニコニコ微笑ましいとでもいうような優しさのある表情が多く、自分はその光景をボーっと見てるだけ。
どこまでも行ける
あの頃の自分もそう思ってその歌を歌っていた。
子供番組でも流れるみながよく知るその歌は
ワクワクする感覚になれるもので
未来が楽しみになれる曲だった。
それなのに
今の自分はボロボロで
仕事で体は疲れ果て
精神が参っていて
そんな状態で毎日家にと帰る。
「ねぇねぇ」
ふと園児が声をかけてきた。
え?と下に目を向けるとずいっと何かを食い気味に突き出される。
黄色くて綺麗な花で瞬きする。
「あげる!ママがねコレ渡すと笑ってくれたの!」
無邪気な園児の言葉にポロリと涙が出る。
笑わなきゃ、せっかく笑ってくれると思って渡してくれたのに止めないと。
「すみません!」
一人の先生が慌ててやってくる。
園児も不安げな顔をして先生と自分の顔を交互に見る。違うのだ、謝られる必要はないんだ。
「優しさが嬉しくて…泣いちゃったんです」
君はすごいね、ありがとう
そう言うと園児はえっへんと笑った。
「…散歩中なのにすみません、もう大丈夫です」
先生に笑うとホッとしたように頷き園児と他の園児達の方へと帰っていく後ろ姿を見送る。手には先ほどの花、そうだコレは押し花にしよう。
押し花にした後は栞にして
好きな本を読むときに使おう。
今日の思い出として
明日をこの先を生きる糧として。
「うん、もう大丈夫」
胸をトンと勇気づけるように1回叩き空を見る。
快晴で羊雲などはないその空は
背中を押してくれているような気がした。
どこまでも果てしなく続く道や空、海。
どこまでもというものは色々ある。
けれども自分が心に強く残ったものは
どこまでも綺麗な心で人のために何かが出来る
純粋なあの子の笑顔だった。
お題【どこまでも】
カランカラン
「あの」
「あぁお客さん?ちょっと待ってな」
もの淋しげなお店の中に男性の店員がポツリ。
本当に此処で大丈夫かな。
口コミで見たから来たんだけど。
「はいよ?で、お客さんはどうした?」
「【処方箋】を欲しくて」
「あぁ、秋だもんな。
なるほどなるほど?」
もうそんな時期かとでも言うようにその男性は
笑って、ひとまずそこ席付きなと促されたので
空いてる席に座る。
「秋はさー、なんか分かんねぇけど失恋が多いんだ」
「…はぁ」
「お客さんの彼氏はどんな感じだったのよ」
【処方箋】と関係がある事なのかと思いつつ、彼氏の事を話した。最初はいいやつだった、同居した途端変わった。浮気もしてた、此方への口が悪くなった。
そんな事をつらつら話していてもなるほどなぁと男性のニコニコは変わらない。
「あのそろそろ【処方箋】…」
「あぁ!そうだったな」
男性はレジ後ろの引き出しをガサガサ探り
あったあったと何かを持ってきた。
目の前に差し出されたのは小瓶が2つ。
「あのコレは?」
「【処方箋】よ」
コレが…?
なんか怪しくなってきたなと不審げな顔をするも男性は気にせず話を続けた。
「この店はお客さんにあった【処方箋】を出すお店。
今のを聞いた上で持ってきたモノよ」
「…私に合う薬だと」
「そういうこと」
コトリとテーブルに置かれる小瓶は一つはピンク、一つは青色だった。明らかに飲むとヤバそうな気がするんだけれども。
「どっちを選ぶかはここからはお客さん次第だ。
彼氏のピンクは気持ちを元に戻すお薬
青色のは彼氏の事を忘れて次の恋を探すお薬」
どっちがいい?
そう聞かれて息を呑む。
究極の2択だと思ったのだ。
確かに次の恋を探したいとも思う、もう彼の事は忘れたいと。でも忘れたくない気持ちもあって元に戻ってくれるならと願った日だってあったから。
「ちなみに選ばないという選択肢もあるんだぜ。
その場合は無駄足にもなるし、辛いかもしれない」
その覚悟がお客さんにはあるかい?
覚悟、覚悟なんてわからない。
だって辛い思いはしたくない。
もう十分だってくらい経験したし、でもコレを選ばなきゃいけないほどの事だった?
「…私、選ばないです」
「お、なんでか聞いても?こっちも商売だからね」
「負けたくないんです、コレを使って忘れてもいいし元に戻したって幸せだと思うけど…私はもうあの人と一緒にはなれないしどうせ次を探す事になる」
それなら忘れずそれをバネにして次を探したいんです。
そう告げれば男性は目を見開いた後、優しくニッコリ笑った。
「それに自分で気づけたのなら俺は必要ねぇさ、相談料だけいただくとするか」
「ありがとうございます」
「はいよ。
じゃあ気ィつけて、また機会があったらご贔屓に」
「はい!」
元気に手を降って扉をくぐると眩しさに目を細める。
なんだか前を向いていけそうだ、
そんな事を考えながら街の中へと紛れ込んだ。
お題【秋恋】
✝