NoName

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9/5/2023, 11:56:30 AM

小さく喉が鳴ったのが自分でもわかった。


白くすんなりとした脛からから続く、薄く桃色に色づく華奢なくるぶし。
そのままなぞるように目線が辿る指先には、淡く小さな桜貝の爪。
丁寧に形が整えられたその可憐な爪先は、何も塗らずとも光を反射し濡れたように光っていた。

その存在に気づいてしまったが最後、魅入られたようにその無防備な爪先から目が離せなくなってしまった。


後に、急に喋らなくなった俺を不審に思った彼女が、目線が辿る先に気付き、クッションを手に真っ赤な顔で殴りかかってくるのだが、これに関しては正直大変不服である。


……手を伸ばさず我慢しただけ褒めてくれていいと思う。



『貝殻』
/痛い痛い痛い痛いごめんごめんって!

9/4/2023, 3:44:02 PM


僕は、七色に光る流れ星を見たことがある。


もうすぐ流れるよ。お願いごとはもう書けた?
母さんが僕の手元を覗き込みながら柔らかく微笑む。

「かけたよ!」
僕は竹灯籠を頭上に掲げ、母さんに見せてあげた。

辺りはすでに大分暗く、まだまだ寒さも残る季節であったが、それでもそこには多くの人々が集っていた。

それぞれが手元に抱える願いが書かれた灯籠には、書き終わったものから順にぽつぽつと明かりが灯り、辺りに少しずつ広がってゆく。

知らない人たちとみんなで流れ星を待つ。
それは今思い返してもとても不思議な体験だったように思う。


どれほど待っただろう。
やがて遠くの方でざわめきと歓声があがる。
熱は伝播し、興奮が津波のように僕のところにまで届く。

それは闇を切り裂く一筋の光だった。
遠くでちかりと瞬いたそれはぐんぐん速度を上げて、僕らの目の前を走り抜けていく。
七色の光の束を空へ放ちながら。

僕らの手元には願いを灯した温かな光。
闇夜の中あちらこちらで瞬いている。
まるで、きらめく星空の中に浮かんでいるみたいだと子供心に思った。


綺麗だねぇ、と母さんがぽつりと呟く。
あの流れ星が、みんなの願いを運んでくれるんだって。
そう言って流れ星が流れていった方角を名残り惜しむように見つめていた。

その時の僕は、心ここに在らずな母さんの様子に段々と不安になり、無意識のうちに母さんの服の裾を引いてこちらを向いてもらおうとした。

ハッとした様子でこちらをみた母さんは優しく僕の髪を手で梳くと、明るい調子で帰ろっか!と僕を抱き上げゆっくりと歩き出した。


「母さんは何てお願いしたの?」

ゆらゆらと揺られながら、たくさんの願いが灯った星空の中を進んでゆく。
そうねぇと答える母さんの答えに耳を傾けようとするも、与えられる腕の温もりにだんだん瞼が落ちてくる。

みんなのお願い事が届きますように、かな。

優しく答える母さんの顔が見たいが、眠くて意識がぼんやりとしてくる。

本当に、色々なことがあったから。
みんなみんな、叶うといいねぇ…

ゆらゆら、ゆらゆら

眠りに落ちる直前、最後に聞こえた母さんの言葉だけは、やけに記憶に残っている。



辺り一面の星空と、願いを運ぶために流れていった七色の光。


僕はあの日のきらめきを今でも覚えている。




『きらめき』
/流れ星新幹線のCMを観たので…

9/3/2023, 11:52:44 AM


たとえば


食事がおいしかったとか
カラリと晴れていて気分がいいとか
吹き抜けていく風が心地よかったとか
洗濯物がよく乾いて嬉しいとか

カーテン越しの柔らかな日差しを浴びたソファーで、
僕の隣の君が幸せそうに微睡んでいることとか

そういった些細なことが積み重なって、
僕の幸福は作られている


へにょりと緩んだ口元から
もにょもにょと意味をなさない寝言を紡ぐ
彼女の肩をこちら側へ抱き寄せつつ
満ち足りた思いで目を閉じる


目が覚めたら散歩にでも誘おうか



『些細なことでも』

9/2/2023, 5:21:13 PM


ぽつりと胸に灯る温もりを探る

夢叶えるために捨てた故郷
俯いた顔と堪えるように震える声
おずおずとゆるく包まれた指先の温もり
心の1番大切なところに収めた記憶

あれから幾度も季節は巡り、
時と共に少しずつ記憶は曖昧になってゆく

それでも忘れたくない僕は、
壊れたラジオのように何度も何度も
必死にその記憶を反芻しては、
暗く果てない道を照らす標とした

君が隣にいないこの道を
それでも歩み続けるために



『貴方ならできるよ』

『きっと大丈夫』



『……元気でね』



最後、何かを堪えるように俯きながら
細く息を吐く彼女に、手を伸ばしてしまいたかった


帰りたい
まだ帰れない

会いたい
けど、約束したから

今はまだ


帰った時、まだそこに君がいてくれるかは
分からないけれど
それでも


未だ心に灯る泣きそうな声が、
あの日指先をつつんだ温もりが、


君が灯した、僕だけの





『心の灯火』

9/1/2023, 4:12:57 PM

今なお鳴り続ける通知音が恐ろしくて、
思わず枕の下に埋めた。

とっさにマナーモードにしたのは我ながら
偉かったが、くぐもった音を響かせながら
震える枕はどことなく生き物じみてしまって、
なんだか余計に怖い感じに仕上がっている。


どうしよう。
どうしよう。

鼻の奥がまたツンと痛くなり、
目元が熱くなるのがわかった。
焦る気持ちを震える枕が余計に煽ってくる。


きっと彼はここにやって来てしまう。
なんて言い訳する?

邪魔をするつもりはなかったのだ。
まさか幼馴染と先輩があんな所に
2人でいるとは思わなかったのだ。

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彼の想いに気づいたのはいつだっただろうか。
直接聞いたわけではない。

ただ、ふと気づけば無意識に彼を見つめて
しまっていた私は、ある時、彼が見つめる
視線の先に、先輩がいる事に気づいてしまった。

彼を見つめる私と、先輩を見つめる彼。
隣にいても私達の目線は交わらないんだな、
とストンと納得してしまえて、当時ちょっと
寂しかったことを覚えている。


小さな頃から少しずつ温めていた想いは、
告げる前に行き場を無くしてしまった。
ならばせめて彼の良き友人でありたいと、
その時から本当にそう思ってきたのだ。


なので言い訳させてもらうと、
彼らにとっても不意打ちだっただろうが、
私にとってもとんだ不意打ちだったのだ。

そうでなければいつもの様に、
ちょっと抜けてるが明るい愉快な幼馴染として、
挨拶したり、見守ったり、その場を迂回したり
できたはずなのだ。

わざとではない。
その証拠に、なんの心の準備もないまま
笑い合う2人を見つけてしまった私は、
『いつもの幼馴染』を取り出すのが
遅くなってしまったのだから。


自分と自分の想い人の目の前に
中庭の木々の間から唐突に現れた幼馴染が、
動揺を隠せない様子で後退り、
手で掻き分けていた梢の間に
無言で戻っていこうとする様は
確かにあまりにも不審だっただろう。

自分が逆の立場であっても心配するし、
なんならちょっと怖い。


驚いたのだろう、呆けていた彼はハッと
正気に戻ると、私を見て一瞬軽く目を
見張った様な気がした。

気がした、というのは私が勢いよく
背を向けたのとほぼ同時だったから。

そして私は何のフォローもする事なく、
彼が呼び止める声を必死で振り切って
逃げ帰ってきたのだ。


背を向けて走り出す前の、下がった眉を、
滲む目元を、誤魔化す様に笑おうとして
失敗してしまった歪み震える口元を、
見られていません様にと強く願いながら。

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どうしよう。
どうしよう。

母さんはきっといつもの様に彼を
通してしまうだろう。


震える手でおそるおそる枕を宥めてみる。
まだ枕は鳴き止まない。


分かっているのだ。
彼はただただ心配してくれているのだと。
怒っているわけじゃない。

なんの含みもなく、大分様子のおかしい友人を
気にかけ、連絡を取ろうとしてくれているのだ。
いつだって善良な人だから。

そしておそらく、彼はこのままここへ
乗り込んでくるだろう。


「……にっ、逃げなきゃ」


心配をかけっぱなしの上、何の解決にも
なっていないが、とにかく一度落ち着いて
対策を考える時間が欲しかった。


目元をグシグシと擦り、振り切る様に
ガバリと勢いよく立ち上がり、枕の下に
手を差し入れたのと同時だったと思う。





『ピンポーン』




いつのまにか枕は鳴きやんでいた。





『開けないLINE』

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