NoName

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今なお鳴り続ける通知音が恐ろしくて、
思わず枕の下に埋めた。

とっさにマナーモードにしたのは我ながら
偉かったが、くぐもった音を響かせながら
震える枕はどことなく生き物じみてしまって、
なんだか余計に怖い感じに仕上がっている。


どうしよう。
どうしよう。

鼻の奥がまたツンと痛くなり、
目元が熱くなるのがわかった。
焦る気持ちを震える枕が余計に煽ってくる。


きっと彼はここにやって来てしまう。
なんて言い訳する?

邪魔をするつもりはなかったのだ。
まさか幼馴染と先輩があんな所に
2人でいるとは思わなかったのだ。

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彼の想いに気づいたのはいつだっただろうか。
直接聞いたわけではない。

ただ、ふと気づけば無意識に彼を見つめて
しまっていた私は、ある時、彼が見つめる
視線の先に、先輩がいる事に気づいてしまった。

彼を見つめる私と、先輩を見つめる彼。
隣にいても私達の目線は交わらないんだな、
とストンと納得してしまえて、当時ちょっと
寂しかったことを覚えている。


小さな頃から少しずつ温めていた想いは、
告げる前に行き場を無くしてしまった。
ならばせめて彼の良き友人でありたいと、
その時から本当にそう思ってきたのだ。


なので言い訳させてもらうと、
彼らにとっても不意打ちだっただろうが、
私にとってもとんだ不意打ちだったのだ。

そうでなければいつもの様に、
ちょっと抜けてるが明るい愉快な幼馴染として、
挨拶したり、見守ったり、その場を迂回したり
できたはずなのだ。

わざとではない。
その証拠に、なんの心の準備もないまま
笑い合う2人を見つけてしまった私は、
『いつもの幼馴染』を取り出すのが
遅くなってしまったのだから。


自分と自分の想い人の目の前に
中庭の木々の間から唐突に現れた幼馴染が、
動揺を隠せない様子で後退り、
手で掻き分けていた梢の間に
無言で戻っていこうとする様は
確かにあまりにも不審だっただろう。

自分が逆の立場であっても心配するし、
なんならちょっと怖い。


驚いたのだろう、呆けていた彼はハッと
正気に戻ると、私を見て一瞬軽く目を
見張った様な気がした。

気がした、というのは私が勢いよく
背を向けたのとほぼ同時だったから。

そして私は何のフォローもする事なく、
彼が呼び止める声を必死で振り切って
逃げ帰ってきたのだ。


背を向けて走り出す前の、下がった眉を、
滲む目元を、誤魔化す様に笑おうとして
失敗してしまった歪み震える口元を、
見られていません様にと強く願いながら。

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どうしよう。
どうしよう。

母さんはきっといつもの様に彼を
通してしまうだろう。


震える手でおそるおそる枕を宥めてみる。
まだ枕は鳴き止まない。


分かっているのだ。
彼はただただ心配してくれているのだと。
怒っているわけじゃない。

なんの含みもなく、大分様子のおかしい友人を
気にかけ、連絡を取ろうとしてくれているのだ。
いつだって善良な人だから。

そしておそらく、彼はこのままここへ
乗り込んでくるだろう。


「……にっ、逃げなきゃ」


心配をかけっぱなしの上、何の解決にも
なっていないが、とにかく一度落ち着いて
対策を考える時間が欲しかった。


目元をグシグシと擦り、振り切る様に
ガバリと勢いよく立ち上がり、枕の下に
手を差し入れたのと同時だったと思う。





『ピンポーン』




いつのまにか枕は鳴きやんでいた。





『開けないLINE』

9/1/2023, 4:12:57 PM