泣かないでいてくれると嬉しい
なんなら気付かないままでいてほしい
幸せで
幸せでいて
どこか遠くで
俺の知らないところで
勝手に幸せになってください
どうか
どうか
『泣かないで』
/忘れていいよ
暖を求めた君が、素知らぬ顔でこちらににじり寄り始めたら、もう冬でいいかと思ってるとこある
『冬のはじまり』
/全然バレてっけどな、毎年
「んあ?お熱っスか?」
こんな勢いの塊みたいな人でも病気とかするんすねー…と、つい口から心の声がポロリしたのを聞き逃さなかったらしい、ご本人からお前失礼だなとぼやきをいただいてしまった。
「まぁ微熱だよ、心配ねえって」
うっしやるかーと告げる見慣れた彼の分け身はいつも通りに作業を開始するが、どことなく精彩に欠ける印象だ。
VRでどうやってそんなん分かるんだと言われたら確かにそうなのだが、なんというか、あの生命力の塊のようないつもの圧が感じられないのだ。
「あの、やっぱり今日はやめときませんか?」
ああでもないこうでもないとカメラをセットする背中に向け、小さく声をかける。
「でもなかなか時間合わねえし…今日ようやくスケジュール合っただろ?」
「そうですけど、やっぱ無理は良くないっすよ。自分はいつでも合わせられますから、また今度にしましょう?」
くるりとこちらへ振り向く彼の足元に立ち、
軽く見上げるようにして続ける。
「……最近ずっと忙しそうでしたし、きっと少し止まらんかいって言ってくれてるんすよ誰かが、多分」
脳内ではいや誰よ?がこだましていたが、とりあえず思考の端に寄せた。ちょっと声に笑いが滲んでしまったのはご愛嬌だ。
「誰だよそれ」とつられたように声に笑いを含ませる彼は、自然とこちらの目線に合わせるように屈んでこちらを見つめていた。
「でもさぁ」
「ダメですよ」
言い募る声に諭す声を重ねると、一度は怯んだように口を噤んだものの、でも、とまだ諦めずに口の中で転がすように言い淀んでいる。
彼の中で言葉が見つかるまで、根気強く続きを待つ。
じいっと見上げていると、頭上から衝撃が降ってきた。
……久しぶりに会えたのに
………いや不意打ち…!
いやそうじゃないあの傍若無人を絵に描いたような人が弱ってる…!?そして会えなかったっていってもそれ1週間くらい…!
衝撃と混乱とツッコミで俄かに忙しなくなった脳内で、これ本人申告よりも病状深刻なのでは…?と疑いがやや深まってしまった。
やっぱり熱で少し心細くなってるんだろうか。
いつもピカピカの王様みたいなこの人が。
はぁー…珍しいもの見た気がする…と
少し落ち着かない気持ちのまま、じゃあ、と提案してみる。
「じゃあ、VR(ここ)でよければ一緒にいましょうか?」と。寝付くまで。
んー…じゃあ寝る。
俺VR睡眠初だわー…と独り言のように呟いて、
ベッド行く、ちょい待ってー…と言い残しすんなりと寝る態勢を整え始める彼の写し身。
いいんだ…?とちょっとよくわからないけどよかったらしい彼が、いそいそと自分の寝床を整えているらしき様を、頭上にハテナを飛ばしながらなんとなく見守る。
まあよかったならいいか…?とこちらもわからないままにふんわりとした思考の着地を行った。
彼が寝床に収まったらたわいのない話をして、布団をポスポスしてあげようかなとふと思った。
いつも全力疾走な彼に、少しの休息が訪れるように。撫でる手の温度はきっと伝わらないのだけれど、せめて少しのいたわりが触感として伝わるといい。
あちこちで太鼓判を押されている、才能ある彼のV感なら、少しは拾い上げてくれるかもしれないし。
『微熱』
/元気になったら、また遊びましょう
/(あの夏から今までずっと楽しそうでかわいい)
どれだけ共にいても、あのお方は決して僕など振り返りやしないのです
それが分かっていながら、僕はあの美しい人から離れることができなかった
わかっているのです
誰のものにもならないあのお方が
どれだけ強く、優しいのかも
自分がどれだけ醜く、汚い人間であるかも
でも
それでも
それでも僕は
太陽のようなあのお方から
目を逸らすことは叶わなかったのです
たとえこの目が灼かれてしまうのだとしても
『太陽』
/僕の、かみさま
曰く、父と初めて出会ったその瞬間、
母の脳内で鐘の音が鳴り響いたそうな
だから父さんは母さんの運命の人なのよー、と
子供心に「何を馬鹿な」とは思ったが、賢明な当時の俺は決して口には出さなかった
ちょっとめんどくさかったのもある
大体鐘って……
寺とか?
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チリン
え…?ア"ッ!?
あ"ーーーー!?
落としたー!!
波紋を広げる池を前に、デカい声で悲嘆に暮れている知らん人を見つめながら、つられて蘇ってきた遠い記憶にそんなことを思う
よくこんなエピソード覚えてたな、俺
思い浮かぶままつらつらと変な感心の仕方をしていると、目の前の人物はフラリと立ち上がり涙目でボトムの裾をたくし上げ始めている
おいおい…この寒空の中池さらう気か
ギョッとして思わず止めに入ってしまってから、やめときゃいいのになあと自分でもちょっと思った
……風邪ひきませんように
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指先に触れる小さな鈴のついた飾りひもを掬い上げ、チリリと目の高さに持ち上げて持ち主に確認する
コレ?
っ…それ!
ありがとう、ありがとうっっ!!
ほらと手に乗せてやると、ぎゅうと鈴を握りしめて礼を言われた
ありがとうございます…!としっかりとこちらを見つめ感謝を告げる、へにゃりとした泣き笑いのその表情に
チリン、と頭の片隅で小さな鈴の音が響いた気がした
『鐘の音』
/(……物理的に鳴ったな)