どれだけ共にいても、あのお方は決して僕など振り返りやしないのです
それが分かっていながら、僕はあの美しい人から離れることができなかった
わかっているのです
誰のものにもならないあのお方が
どれだけ強く、優しいのかも
自分がどれだけ醜く、汚い人間であるかも
でも
それでも
それでも僕は
太陽のようなあのお方から
目を逸らすことは叶わなかったのです
たとえこの目が灼かれてしまうのだとしても
『太陽』
/僕の、かみさま
曰く、父と初めて出会ったその瞬間、
母の脳内で鐘の音が鳴り響いたそうな
だから父さんは母さんの運命の人なのよー、と
子供心に「何を馬鹿な」とは思ったが、賢明な当時の俺は決して口には出さなかった
ちょっとめんどくさかったのもある
大体鐘って……
寺とか?
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チリン
え…?ア"ッ!?
あ"ーーーー!?
落としたー!!
波紋を広げる池を前に、デカい声で悲嘆に暮れている知らん人を見つめながら、つられて蘇ってきた遠い記憶にそんなことを思う
よくこんなエピソード覚えてたな、俺
思い浮かぶままつらつらと変な感心の仕方をしていると、目の前の人物はフラリと立ち上がり涙目でボトムの裾をたくし上げ始めている
おいおい…この寒空の中池さらう気か
ギョッとして思わず止めに入ってしまってから、やめときゃいいのになあと自分でもちょっと思った
……風邪ひきませんように
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指先に触れる小さな鈴のついた飾りひもを掬い上げ、チリリと目の高さに持ち上げて持ち主に確認する
コレ?
っ…それ!
ありがとう、ありがとうっっ!!
ほらと手に乗せてやると、ぎゅうと鈴を握りしめて礼を言われた
ありがとうございます…!としっかりとこちらを見つめ感謝を告げる、へにゃりとした泣き笑いのその表情に
チリン、と頭の片隅で小さな鈴の音が響いた気がした
『鐘の音』
/(……物理的に鳴ったな)
噛むとじゅわっと旨みが染み出す甘めの卵焼きを、皮目がパリッと香ばしい焼鮭の横に添える
お出汁が香るお豆腐と菜っぱのお味噌汁の火を止め、パッパッと小ねぎを散らす
ふんわりと湯気をあげるつやつやのご飯をおひつに移したら、よく練られた納豆の小鉢とパリパリとした食感が楽しいお漬物の小皿も並べる
今日はきゅうりと大根にしましょう
目覚ましが鳴る前にパチリと目を開け、まだうっすら霞がかかったような思考のまま、頭の中で調理の段取りをさらう
これから食卓に並べたい朝食をひとつひとつ思い描いて、布団の中でうふふと小さく笑みをこぼした
よし、と心に弾みをつけ、背中に感じる温もりを起こさないよう、そおっと布団を抜け出す
……抜け出そうとした
背後から回された腕の拘束が重く、もぞりもぞりともがいてみるもなかなか上手く抜け出せない。なんならゆるく抱えなおされ、ますます起き辛くなっていく
実は起きてるんじゃ?と疑いの目線を背後へ向けるも、目の端にうつるのは安らかな寝息をたてる、あどけない寝顔だ
いつもの精悍な顔はどこへやら、とてもとても幸せそうな寝顔である
……あら、よだれ
ねえ、私みんなにごはんの作り方教わったのよ
貴方においしい朝ごはんを食べて欲しくて
目覚ましが鳴る前には起きたかったから、昨夜はいつもよりずいぶん早くお布団に入ったの
腕の中、一人静かに奮闘を続ける間にも、窓の向こう、夜の藍色はほんの僅かに白んできたような気がする
まだまだ拘束は解けそうにない
目覚ましが鳴るいつもの時間、掠れた声でおはようと告げてくる最愛を恨めしげに見つめる未来が頭の片隅をよぎった気がするが、いったん考えないことにした
『目が覚めるまでに』
/幸福な食卓(がんばれ)
わー…と上を見上げて動かなくなった隣に合わせて何となく自分も空を見上げた
ここはド田舎
申し訳程度の街灯が、点々と道を照らしているような田んぼ道の真ん中で
大の大人が2人して見つめる虚空の先には、ガキの頃と変わらず空一面に星屑がさざめいていた
隣が微動だにせず上空を見つめ続けるので、何となく自分もそれに倣う
……ちょっと首が痛い
「星座ってさあ」
「うん」
「無理ない?」
「………」
『星空』
/あ"ー…(それは本当にそう)
/(Xで見たやつ)
僕の大切な人たちに
等しく平穏と優しい眠りが訪れますように
いつの日かまた
僕の手の届かない所へ行ってしまうのだとしても
それでもどうか
どうか彼らのゆく道は
温かな光で満たされていますように
『愛と平和』
/僕はもういいから、どうか