怪々夢

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2/6/2024, 8:38:00 AM

溢れる気持ち

「理髪師のペドロでございます。王様、入ってもよろしいでしょうか?」

「うむ、入れ。入ったらカギを閉めて誰も入れぬ様にすること。」

「かしこまりました。」

ペドロはいつも通り、王の寝室に入るとしっかりとカギをかけ、王の前で跪く。

「始めさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「よい。」

寝室とは言っても、流石は王の物、ちょっとしたレストランくらいの大きさがある。そのガランとした空間にはベットと、朝食用のテーブル、そしてバスタブと帽子かけだけしか置いていない。王はバスタブ近くの椅子に腰をかけ、ペドロの散髪を待っていた。ペドロは王が散髪の時以外は決して外すことのない帽子を取り、スラリと伸びた帽子かけにかけた。

「王様、最近シャム王国で流行っている理髪店ですと、耳かきとマッサージも同時に行うのですが、本日試しても構いませんか?」

「よい。」

ペドロは散髪を終えると王様のロバの耳の耳かき始めた。よほど気持ちよかったのか王様は寝入ってしまった。ペドロはマッサージを続けながらため息をついた。

前の理髪師が辞めて、ペドロにその栄誉が回ってきた時、ペドロは飛び上がって喜んだ。何より給金がいい。だけど高給なのには理由があった。それは王の秘密を絶対に漏らさないこと。最初はそれぐらい訳ないことだと思っていたペドロも、半年も経つと秘密を抱えるストレスで体調を崩し、医者に通うと、秘密をぶちまけてストレスが解消しない限り体調が戻ることはないと診断された。

ペドロはマッサージを終えると王様を起こし、また帽子を被せるとカギを開けて退室した。

「確かに王様の秘密を叫べば、ストレスは解消されるに違いない。どこかに秘密を叫べるような場所はないか?」

ペドロは街中探し周り、街外れに大きな井戸を見つけた。井戸の中に向かって叫べば、外に声が漏れそうもない。

「王様の耳はロバの耳ー!」

ペドロの叫び声は井戸の外に漏れ出ることはありませんでした。しかし井戸は街中のあらゆる井戸に繋がっていたので街の住人全てがペドロの叫びを聞いてしまったのです。
ただし、その情報を信じるものはいませんでしたが。

焦ったのは王様です。誤魔化すために王宮にある井戸に向かってこう叫びました。

「王様の耳がロバの耳なのは、民の声をしっかり聞くためだからだってー!」

こうして街の住人はこの情報を信じることにしました。

街中に噂が駆け巡りました。王様の耳はロバの耳。そんなことはどうでも良く。井戸を使えば街中に情報を伝達することができる。それは住人にはとても有益なことでした。

それ以来、街では井戸を使った情報伝達が定着し、中には井戸からの情報が気になって、四六時中井戸のことを考え、終いには井戸から離れない者も現れました。

ある大雪の日、10才の誕生日を迎えるマルコという少年がいました。マルコは父親を隣国との戦争で失っていてマルコの母親は女で1つでマルコを育てています。

「マルコ、いい加減に中に入りなさい。風邪ひくわよ。」

「はい、お母さん、見て見て、雪だるま作ったの。」

「あらぁ、上手にできてるわねぇ、頑張ったのね?」

「うん」 

「ねぇ、マルコ、今日は誕生日ね、お母さんケーキを用意できなくてごめんなさいね。私にできることなら何でもしてあげたいんだけど、何か欲しい物はある?」

「お母さん、雪がね、降ってくるというより僕に集まってくるみたいに感じたの。この雪1つ1つが父さんの優しさかもしれないって。だから僕が欲しい物はないよ、もう貰ったから。ただね、戦争が早く終わって、みんなのお父さんが元気なら嬉しいな。だからね神さまにお願いしたの。世界が平和になりますようにって、そしたら神さまが約束してくれたの、世界を平和にしてくれるって。」

マルコの母は涙を堪えて井戸に向かって駆け出しました。

「王様、聞いていますか?私は戦争で夫を失いました。私の息子は今日が誕生日です。プレゼントは何がいいのかと聞くと、世界が平和になればいいと答えたんです。王様、戦争をやめることはできませんか?どうかこの街に平和な生活をもたらして下さい。」

それを聞いて王様は戦争をやめた。街の住人も争うことの虚しさを知った。それからでした。不思議なことに井戸を使わなくても互いの気持ちが伝わるようになりました。誰かが悲しみに沈んでいると、それを感じた住人が励まし、誰かに幸せが訪れると街中が明るくなりました。

その不思議な現象を聞きつけた隣国の住人達が、井戸を繋ぎたいと申し出てきた。井戸を繋げると隣国も意思の疎通が可能になり平和が訪れた。他の国々も井戸を繋ぎたいと申し出てきた。井戸はどんどん伸びていき、ついに世界中に井戸が繋がった。マルコが願った世界平和はこうして実現されましたとさ。

2/4/2024, 1:24:31 PM

Kiss

「どうした絹代、そんなソファの端っこに腰掛けて、もっとこちらに近寄りなさい。」

「だども、こんなやっこくてふかふかの椅子に座ったことなんてないから、申し訳なくて。」

「私たちは今日から夫婦になったのだ、さぁ遠慮せずにこちらに来なさい。」

「わたす、旦那様の嫁っ子になったからには一生懸命働きますので、なんでもお申し付け下さい。」

「一生懸命働く必要などない。この家にいてくれるだけでいいのだ。」

「だども、夫婦生活って、何をしていいか分かりませんので、何か1つだけでも構いませんのでご命令頂けませんか?」

「では、私にキスをしなさい。」

「キスって言うと、接吻のことですか?」

「そうだ、構わないな?」

「んん、」

旦那様はわたすが返事をする間も与えず、唇に吸い付いてきました。1分くらい唇を重ねていたでしょうか?最初は腰を抜かすかと思いましたが、段々と心地よくなってきて、いつまでもこうしていたいなどと贅沢な願いをしたのですた。
願いは叶わず、旦那様は身を引かれたのですが、わたすは自分でも分かるくらい耳を真っ赤にしていますた。

「旦那様、ありがとうございました。」

「うん。」

旦那様はわたすとの接吻に満足されたでしょうか?何もおっしゃらないので、不安な気持ちになりますた。

翌日も旦那様はわたすに接吻を求められますた。
その翌日も、その翌日も。

「旦那様、よろしいでしょうか?」

「どうした絹?」

「旦那様がわたすに接吻以上の事を求めないのはわたすが醜女だからでしょうか?」

「そんな事はない。絹代は綺麗だよ。」

「だども、わたすは旦那様に抱かれたいのです。それは贅沢な悩みでしょうか?」

「すまない絹代、お前がそんな風に思ってしまったのは私の責任だ。私の罪悪感と、お前に捨てられるんじゃないかと思う恐怖心の所為なのだ。」

「わたすが旦那様を捨てる?そんなことあるわけないですだ。」

「絹代、1つ聞くが、私の職業を知っているか?」

「はい、旦那様の職場は目のお医者さんです。」

「そうだ、私は眼科医だ。ではなぜ絹代の目の手術をしようとしないのか、不思議に思わないかい?」

「そんなこと考えたこともなかったです。私の目がよっぽど悪いんだなぁ。」

「絹代お前は美しい。醜男なのは私だ。絹代の目が見えたなら私とお前は到底釣り合うことができず、こうして夫婦となる事はなかっただろう。だから絹代の目が治って私の顔を見られるのが怖いのだ。」

「わたすは目が見えません。だから代わりに心の顔が見えるようになったのす。」

「心の顔?」

「はい、心にも顔があります。旦那様の心の顔はとても優しげでハンサムです。だども、旦那様が気にすると言うのならわたすは目が目えないままでいいのす。」

「明日手術をしよう。そのつもりでいるように。」

旦那様の心の顔が悲しげに歪んだようですた。
翌日、手術を受けることになりますたが、全身麻酔をかけられていたので、気付いた時にはもう終わっていますた。
包帯を取れるようになるには1週間もかかるようです。
わたすは産まれた時から目が見えなかったので、例え包帯を巻いていても1人でご飯を食べることができます。だども旦那様は私の食事を手伝ってくれますた。

「今日で1週間経ったな、包帯を見せてみなさい。」

「旦那様、白雪姫って知っていますか?」

「ああ。」

「わたすはずっと目が見えずに生きてきますた。だからずっと眠っていたみたいなもんです。包帯を取る前に目覚めのキスをして頂けませんか?」

旦那様はわたすの包帯にそっとキスをすると、わたすの包帯を取ってくれますた。

「ああ、やっぱり思った通り、旦那様はハンサムです。」



2/3/2024, 12:35:32 PM

1000年先も

1日目
私の名前はガンガリンリン。宇宙飛行士だ。
宇宙船の事故のため、未知なる惑星に不時着した。
宇宙服に残った僅かな酸素では残り5分も生きていられまい。もはや意識を保つのも難しく、体を動かすこともできない。残り5分で何をするか?この惑星を我が妻の名、ナターシャとつけよう。私はナターシャの土になるのだな。薄れ行く意識の中で視界の端に緑色のアメーバが見えた。アメーバは宇宙服の隙間から侵入してくると鼻から体内に入っていった。窒息死するのが先か?このアメーバに殺されるのが先か?

2日目
目が覚めると呼吸ができない。いや、酸素がないのだから呼吸ができないのは当たり前なのだが、口と鼻が塞がっているのだ。そして左手の人差し指が緑色に変色していた。光合成だ。光合成で生体エネルギーを作り出しているのだ。あのアメーバは、宿主に寄生し、宿主が生き続けられるように体を作り変える能力を持っているのだ。私はこの現象をどう捉えたらいいのだろうか?生きていてホッとするべきか?体を作り変えられる恐怖を感じるべきなのか?

1週間目
私の体はドロドロに溶かされ大きな緑色のアメーバのようになっている。しかしまだ、脳の機能は失われておらず、脳内物質を操作されているためか、幸福感と満腹感に満たされている。私はこのアメーバに名前をつける事にした。もし生きて地球に帰れたなら子供が欲しかった。ガンガリンリンとナターシャの子供、ガネーシャと名付けよう。

1年後
私の体に別のアメーバが取り憑いた。別のアメーバとガネーシャとの戦いが始まったようだ。感覚で分かる。ドーパミンが大量に分泌されている。そして痛みが走る。しかしどうやらこの戦いはガネーシャが勝ったようだ。これがここ1年の間で起こったもっとも印象に残る出来事だった。

100年後
ガネーシャが死んだ。しかし私は死なない体に作り変えられてしまった。どうせなら思考を停止させて欲しかった。思考にもエネルギーが必要だろうに。

1000年後
私はついにアメーバに進化することに成功した。体が動かせる。だか、ダンダント・・・シ・・シコウ・・ガ・テイシ

2/2/2024, 12:01:15 AM

ブランコ

「あれ?珍しいな。」

隣町に赤ちゃんポストができたと言うので、何となく見に行った帰り道、通りかかった公園のブランコが普通と違って見えた。一般的な公園のブランコは2つ並んでいるのに対してこの公園のブランコは3つ並んでいた。

「まぁ、3つあっても問題ないもんな。」

こう見えても小学生の頃はブランコの達人だった。ブランコを立ち漕ぎで思い切り漕いで、頂点に到達する寸前にジャンプし、ブランコが頂点に到達して止まる瞬間に宙返りして座板に着地する。名付けてドラゴンスピンを繰り返していた。
30代を迎えた今、そんなことをしたら怪我をするだけだが、懐かしさから少し座って見ることにした。

「やっぱり真ん中かな。」

真ん中のブランコに座って少し漕いでみる。悪くない。いいブランコだな。自分にもこんな童心が残っていて嬉しかった。最近はスマホゲームでちっぽけな達成感を味わうだけの日々だ。

ゲームのスタミナが気になってスマホをポケットから取り出そうとしていると、若い男女がやってきて、それぞれ右のブランコに男が左のブランコに女が、立ち乗りで漕ぎ出した。

気まずい。普通、他人を挟んでブランコに乗るか?どうしてもブランコに乗りたい訳じゃないだろ?

「これで良かったのかしら?」

「これで良かったんだよ。」

「私は自分の手で育てたかった。」

「僕だってそうだよ、だけどしょうがないじゃないか、俺たちの経済力ではきちんと育てられない。」

おいおい、深刻そうな話をしてんじゃねぇよ。
もう限界だ。俺は立ち去ろうとした。

「待って下さい。僕たちの話を聞いて下さい。」

「えっ?俺?」

「そうです。ブランコに戻ってくれませんか?」

俺は面食らって、思わずブランコに腰掛けた。

「俺なんかが、話を聞いても仕方がないでしょ?」

「僕たち、さっきそこの赤ちゃんポストに子供を預けて来たんです。でもお互い思うところがあって、でもあなたが間に入ってくれたら喧嘩しないで済むかなって。」

「いや、俺は間に入ったんじゃなくて、オタクらが俺を挟んだんだからね。」

「でも、僕たち見たんです。赤ちゃんポストに向かって叫んでらっしゃいましたよね?何か事情があるんじゃないかと思って、話して下さいませんか?」

見られてたか?少しの罪悪感と羞恥心に襲われる。

「別によくある話ですよ。俺の母は、俺のことを産むとさっさと父と別れて出て行ったそうです。今時片親の子なんていくらでもいるし、自分が特別不幸だなんて思ってはいませんよ。でもね、俺はダメですね。自分は必要とされて産まれてこなかったんだという思いが、人生のど真ん中を貫いちゃってる。彼女と付き合ってもそう、会社に勤めてもそう、自信のなさが影響して上手くいかない。いや、ただ単に俺の能力が低いだけなのかもしれないけど、それって同じことだろ?
この街に赤ちゃんポストができたって言うんでちょっと見に来ただけなんです。だけど、赤ちゃんを置いて行くカップルを見た時につい感情が昂っちゃって。それだけです。」

「すみません、イヤな話しさせちゃって。」

「別にいいですよ。ただね、あなた方が俺に話しかけたのが、少しでも赤ちゃんを置いて来たことを後悔しているからならば、全力で引き留めますよ。あなた方の人生に介入する権利なんてないし、あなた方の幸せを保証できないけど、赤ちゃんを自分たちの手で育てて貰えませんか?俺はね38年間、結婚したら幸せな家庭を築くんだって生きて来たんですが、叶えられていません。その夢をあなた方に託してはいけませんか?」

「健一さん、私、やっぱり、自分で育ててみたい。」

「そうだな、誰に反対されたっていい。もう1度育ててみよう。」

健一と呼ばれた男性はブランコ降りると俺の方を向いた。仕方なく俺もブランコを降りる。

「勝又健一と言います。失礼ですがお名前を聞いても構いませんか?」

「進藤濁美です。赤ちゃんの名前に濁美とは付けないで下さいね。仕事も恋愛も上手く行かない子になっちゃう。」

「進藤さん、それはお約束できないですね。」

カップルは赤ちゃんポストがある方に向かって行く。

「まさか、ブランコに座っただけでこんな事に巻き込まれるとはな。でも何だろう、なんかスッキリしたな。」

それから程なくしてX市Y町Z公園にあるブランコに乗ると悩みが解決されると言う噂が広まった。

2/1/2024, 12:07:15 AM

旅路の果て

池袋で客を降ろすと次の客を求めてタクシーを走らせる。
さっきの客は最高だった。赤いドレスを着た20代くらいの女性で、ドレスは胸元まで開いているのだが、神に与えられしたわわな果実がこぼれそうになっていた。
パーティの帰りだと言うことだったが、よほど盛り上がったのか、会場からのテンションを車内に持ち込み、送迎中も大いに会話が弾んだ。楽しいひと時だった。
しかし車内が静けさを取り戻すと、また眠気が襲ってきた。

「ああ、ねみい。」

先輩ドライバーの言葉が蘇る。俺が眠い眠いを連発すると、決まって注意してきた。

「いいか、ドライバーは眠いは禁句だ。眠気が事故の引き金になるからだけじゃない、眠いと言うタクシードライバーには出るんだよ、あれが。」

「やめて下さいよ。俺、そう言うの苦手なんだから。」

俺は一旦気を引き締め、道なりに車を流していると、タクシーを呼びとめる女性客がいた。俺は車をとめて乗客を招き入れた。

バックミラーに写った客の顔を見て、最初はラッキーだと思った。飛び切りの美人だったからだ。
しかし、女性の目的地を告げる声を聞いた時、その思いは消し飛んだ。

「浦安へ。」

低く小さい声だった。若い女性には似つかわしくない動物の唸り声のような声だった。
浦安だって?ここからだと2時間半はかかるぞ!ちょっとした小旅行だ。

「お客さん、浦安までだと結構料金かかりますけど大丈夫ですか?」

「構いません、お金はたくさんあります。」

そう言うことではないのだが、とにかくタクシーを発進させることにした。

普通、若い女性がタクシーに乗るとすぐにスマホを操作するのだが、この客は膝に手をついたままの姿勢で前を向いたままじっとしている。
あっ、やばいバックミラー越しに目が合ってしまった。いや、目が合ったか?合ったはずなのに合ってない。女性の目がうつろで焦点が合わない。

イヤな予感が俺の鼓動を早くさせる。あれからどれくらい経った?まだ着かないか?何で浦安なんだ?浦安は遠い。浦安?浦安へ。うらやすへ、うらめしや。

脇の下から汗が噴き出す。浦安って聞こえたのは勘違いで、うらめしやって言ってたのか?待て待て落ち着け、間違いなく浦安って言ってた。

俺は不安を取り除くため、あれじゃないと確証を得るため、口を開いた。

「お客さん、お金が沢山あると言うことでしたが、仕事は何をされているんです?」

「仕事は辞めました。私には合わなかったみたいで。」

ブラック企業だ。きっと、サービス残業とか、セクハラとかパワハラとかを受けて、精神がボロボロになり、自さっ…つ

「ああ、でも、プレッシャーから解放されて、気が楽になったんじゃないですか?」

「そうですね、空中に漂って、どこまでも自由に飛べる気がします。」

そのまま天国まで飛んでってくれ。

「お客さん、美人だからモテそうだなぁ。」

「男運がなくて、私の内面を愛してくれる人がいないんです。私の見た目とか、金とか、そう言うのが目当ての男ばっかり。運転手さんはそう言う男じゃないですよね?」

「違いますよー。やっぱり人間中身ですよね。」

男に騙された口か?男の事を相当恨んでるぞ。俺は他人なんだから恨むなよー。

「運転手さん!」

突然、女性は大きな声を上げた。

「はいー」声が裏返ってしまった。

「ここで大丈夫です。おいくらですか?」

え?いつの間にか浦安に着いてたか?
助かった。この小旅行もこれで終わりだ。下着がぐっしょり濡れているのを感じる。

「運転手さん、私のこと見えてますか?」

「え?もちろん見えますよ。」

「見えちゃダメなんですよ。だって私、死んでるんですから。」

「うわー」

と、叫び声を上げなが、夢から覚めた。

「なんだ夢だったのか。この恐怖体験が夢オチなのはなんとも情けないが、無事で何よりだ。」

俺は安堵のためか、独り言を呟きながら、ハンドルを回して交差点を曲がっていく。


その頃、池袋では赤いドレスの女性が不安そうに道路の先を見つめている。

「あの運転手さん大丈夫かしら?うつらうつらしているから怖くてタクシー降りたけど。」

ガッチャーン。女性の視線の先から大きな衝突音がした。

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