緋衣草

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10/22/2023, 9:13:19 AM

声が枯れるまで (10.22)


 むかしむかし、あるところに光のように凛と透き通る声で歌う少女がおりました。彼女の歌は悪しき気を晴らし、病を治すことができたので“奏鳴の巫女”と崇められていました。
 そんな彼女にも治せない人がいました。青白く痩せた少年です。最後まで歌えば治るはずなのに、何故だか途中で胸が苦しくなるのです。

「巫女さま、巫女さま。どうしたの?」
「大丈夫。今度は歌ってみせるわ」

それでも辛くてむせてしまいます。

「巫女さま、巫女さま。無理しないで」
「大丈夫。ちょっと変なだけなのよ」

やっぱり痛くて声が詰まります。

「巫女さま、巫女さま。もういいよ。来てくれるだけで嬉しいんだ」
だいじょうぶ、と言う声は枯れていました。とその時、苦しげなうめき声が耳を貫きました。彼の命はもうほんの少しだったのです。もう一度歌おうとした少女はしかし、青年のどこに力があったのか、強く口を押さえられて叶いませんでした。
「——-、歌わないで。1人の女の子として、これからも生きて」
 少女の名前を呼んで、そう言い残した青年は静かに眠りについたそうです。

10/21/2023, 12:27:24 AM

始まりはいつも (10.21)


————はもう彼女いるらしいよ!

始まりはいつも、酷くあまい匂いがする。
くらくらする頭ばかりたっぷりとあまくて、何かがチクチクと胸を裂いてくのを不気味な笑顔で誤魔化している。

————ごめん、他に好きな人がいるから。

始まりはいつも、耳が燃えたのだと思う。
かっと熱くなったと思えば、羽虫がたかるようなぶうんという音で何も聞こえなくて。異様に顔が赤いのを自覚して、そっと握った指先の冷たさに震える。

始まりはいつも、すきま風が吹いて。
カチカチと歯を鳴らして、ベッドを恋しがりながら古びたふとんに体を縮めている。

————別れて、くれないか?

始まりはいつも、終わりさえわかっているのに。
あまくあたたかくとろけた時間に脳を溶かしこんで、喜んで思考を放り捨てるのは何故なのだろう。

10/18/2023, 9:59:11 AM

忘れたくても忘れられない (10.17)


「もー!いい加減変えてよそれ」
ミソッソソ〜ファラッララ〜♪と愉快な音で鳴るスマホを取って、青年はケラケラと笑う。
「いいじゃん『茶色の小瓶』。俺らの馴れ初めだもんな?」
「だから絶対それ嘘じゃん!」
ムッとして返しながらも口元が緩んでしまうのが止められない。

 あれは小学生の時。なぜか突然しりとりをやろう、と誘われた私は彼と話せるのがとっても嬉しくて。ずっと喋っていたいと3日間もしりとりを続けたのだ。“ルリビタキ”とか、意味も知らない言葉を調べる、なんてズルもしたけど。
その3日目、直前に音楽の授業であの曲をリコーダーで吹いた私は、「りゃくちゃ」と返した彼の言葉に意気揚々と「ちゃいろのこびん」と叫んで負けたのである。

「嘘じゃねぇよ。あん時のおまえのドヤ顔、マジで可愛かったって」
「またからかう!」
そう彼をつつくとまた着メロが鳴る。思わず吹き出していっぱいに満ち足りた顔で笑った。

10/16/2023, 12:55:56 PM

やわらかな光 (10.16)


「この絵を引き取って貰えませんか?」
 私がその提案を受けたのは、頼まれてから20年も経った後だった。
 厚い布で丁寧にくるまれた変わらぬ美貌の女性を迎えると、まるで素朴なスープが身体に染み渡るようなあたたかい感動が押し寄せた。小さな花束を後ろ手に、こちらを振り向いてはに噛んだ笑顔を見せる女性。豊満な体つきの一方で幼なげな表情、幸せそうに咲き誇る周りの花々もよく近づくと、どれも少し枯れているのがわかる。

 どこか切ない寂しさを覚える「秋の女」に初めて出逢ったのは、仕事も妻も失った日だった。
 薄暗い美術館にやわらかな光が差し込むよう設計されたつくり。その頬に涙すら感じさせる女に取り憑かれた私は、毎日引き寄せられては永遠に眺めていた。
 その美術館が閉館になると聞いたのはそれからすぐのことで。女性を引き取って欲しい、という願ってもない頼みをされた私はしかし、受け取ることは出来なかった。あまりに美しく儚く、幸せをいっぱいに感じようとしている彼女を沈んだ私の元に置くわけにはいかなかった。

 ベッドも机も白い私の部屋に秋の女を座らせてもらった。と、その瞬間草花が一息に芽吹いたように胸は晴れやかになって。瞬きを一つ、うっとりとした私はそぅとその頬に唇を寄せて、永遠の眠りについた。
 

10/15/2023, 7:40:26 AM

高く高く (10.15)


たん、たん、たんっ
軽快な縄跳びのリズム。朝日がほの暗く冷たい庭をキラキラと差す。
298、299、300
汗を拭って玄関を開け放つと、汲んでおいた牛乳を一気飲み。それからマジックペンの筋でしましまになった柱に背をピッタリとつける。
———私より15㎝上くらい、が理想かな?
小学生の頃、その呪いの言葉を受けてかれこれ10年間このルーティーンを続けている。
骨に刺激を与えたら背が伸びるとか、牛乳を飲んだら伸びるとか。合ってるかなんて知らないけれど、信じるしか道はなくて。
「きたっ176.0!」
アイツは161.0㎝だから、間違いない。絶対。
掠め取った彼女の身体測定の紙を思い出して、ガッツポーズしながら跳ねる。あのあとめっちゃ怒られたけど。体重は見てないのにな。
高校生になってやっと彼女の背に並んで、最近ついに念願の上目遣いに射抜かれた。条件を満たした今日こそ、こ、っ告白する。
自分にそう言い聞かせてごくりと唾を飲む。

高く、高く。それだけを目指した10年間。
果たして彼は望みを果たせたのか。それはまた別のお話。

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