緋衣草

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10/9/2023, 12:36:05 PM

ココロオドル (10.9)



「今週日曜空いてる?じゃあ海王星行こう」
「ちょっと待って、空いてるなんて言ってないし海王星も行かない」
うそつき!暇だって言ってたくせにぃと膨れるどうしようもない幼馴染をシッシッと追い払う。
「あんたね、いくら片道5000円で行けるってたってまだまだ危険なんだよ?宇宙に放り出されて窒息死とかマジあり得ないから」
そんなの0.5%だよ〜と笑うから宝くじ当たるより確率高いっつーのとデコピンする。可愛い顔して恐ろしい子だ。
「太陽系の1番外側まで行ったら何が見えると思う?海王星の青と地球の青じゃどっちが綺麗かな?ねぇねぇ、ワクワクしないの?」
無視。
ワクワクに命は換えられません。
「しょうがないな。サプライズしたかったんだけど」
顰めた顔のまま振り返ると、幼馴染がにんまりとして口を開く。
嫌な予感。
「海王星ってダイヤモンドが降り注いでるんだって」
うわ、それは。なかなかちょっと、いや、かなり。
「行きたい」
「君はホント、わかりやすくって可愛いな」
また負けた。
私には、ぺろりと出された憎き舌を睨むことしかできないのだった。

10/9/2023, 9:59:46 AM

束の間の休息 (10.9)


「♪〜〜」
あと少し、あと少し、、っ
息が細く震えて緊張が首を絞める。
ブレスはまだなのに、腹から息が届かない。
「「フっ……‼︎」」
束の間、清い流れが濁り狂った。5人しかいない合唱部。2人消えれば致命傷なのは明白で。

「ほんっとにごめん。オレが我慢しきれなかったばかりに…」
「お前のせいだけじゃないさ。合唱は団体戦だろ?」
そう言いつつ声に悔しさが滲んでいる。当たり前だ。最後のコンクールだったんだから。
「でもさ、私は嬉しかったよ?」
穏やかにまぶたを閉じた部長が歌うように言う。
「私たち2人して消えて、一緒に吸って。なんだか、ちゃんと合唱してるんだぁって思えたから」
ゆったりと視線を上げた彼女は、幸せそうに微笑んだ。

10/7/2023, 7:27:13 AM

過ぎた日を思う (10.7)


え?——あぁ、ごめんね。“ブックストア”って私のあだ名だったから。小学校の頃の。
ちょ、ダサいとか言わないで。
呼んでたのは一人の男子だけだよ?「ブックストア、今日読んでるのは何の本なん?」みたいに、毎日私の読書に干渉してくるだけ。

別に悪口じゃないし困ってなかったけど、ある日宿題で
「嬉しかったことも、嫌なことも、今のみんなの気持ちを教えて」
って作文を渡されたんだ。それで——何となくあだ名のことを書いたら、すぐ呼び出されちゃって。
ほら、あの頃いじめとか問題だったじゃん?だから、仕方ない。

でもね。
次の日名字で呼ばれたら、肺が急にちっさくなって息が苦しくなったの。視界がじんわり滲んで、よくわかんないけど嫌だーって。

先生はからかってると思ったんだろうけど、私にとってはアイツからの“特別”のしるしだったの。些細な会話の繰り返しが、私の大好きな時間だったんだよ。

10/5/2023, 1:54:30 PM

星座 (10.5)

「あの赤い星ってなんつー名前だっけ。おまえはレタス、的な」
「アンタレス」
「それそれ!さそりの心臓だろ?」
俺の星座だからな、心臓が赤いとかイケメン極めてんのよ。とか訳がわからないことをニカニカと話している。
でも収穫だ。彼はさそり座らしい。
「私はいて座だから、ずっとあんたの命狙ってるよ」
「何それ怖」
いて座のケンタウロスは弓矢をさそりに向けているのだ、と説明すると意外にも
「違くね?」
と返事が返ってきた。
「星座はそうでも、俺はおまえを追っかけてるよ。星みたいにぐるぐるして、いつまで経っても掴まんねーの」
さそり座 いて座 相性 と検索した手がどきりと止まる。
「だからさ、この宿題見せて欲しいなーなんて」
「それが目的か」
にやぁと笑う顔にデコピンをお見舞いする。まったく、やっぱりこのさそりはくねくねと捕まえられない。
「そう言うんならさっさと私を捕まえてよ」
そう言って完璧に埋めたワークを放り投げてやった。

10/4/2023, 9:54:17 AM

巡り会えたら (10.4)



違う
…かもしれない。
 もう一口スプーンを運んでため息と共に飲み込む。やはり、ずっと探している味ではない気がする。とはいえきっと味覚も変わっているはずで、実は正解かもしれなかった。
「でも、もっと甘くて固かった気がするのよ…」
 プリンアラモード。幼い頃に一度味わったそれは、ふふふと笑っているように細かく揺れていて。缶詰フルーツと生クリームが負けるくらいに甘くて。ちょっとざらっと私の舌を撫でていったのだ。
「作り直しますか」
 突然降ってきたセリフは、疑問というより宣言だった。私と同い年くらいの青年はそのプライドを刺激されたのか、きゅっと形のいい眉を寄せている。
「わ、えっと、お願いします」

 結局3回も作らせちゃった…
申し訳なさでいっぱいになりながら、つんとプリンをつつく。一口、すくおうとして険しい視線と目が合う。
「あの、どうしてここまでしてくれるんですか?」
「貴女の笑顔が見たくなったから」
 な、と固まる。
ざらりと舌に乗ったプリンは、これまでで1番甘かった。

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