緋衣草

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声が枯れるまで (10.22)


 むかしむかし、あるところに光のように凛と透き通る声で歌う少女がおりました。彼女の歌は悪しき気を晴らし、病を治すことができたので“奏鳴の巫女”と崇められていました。
 そんな彼女にも治せない人がいました。青白く痩せた少年です。最後まで歌えば治るはずなのに、何故だか途中で胸が苦しくなるのです。

「巫女さま、巫女さま。どうしたの?」
「大丈夫。今度は歌ってみせるわ」

それでも辛くてむせてしまいます。

「巫女さま、巫女さま。無理しないで」
「大丈夫。ちょっと変なだけなのよ」

やっぱり痛くて声が詰まります。

「巫女さま、巫女さま。もういいよ。来てくれるだけで嬉しいんだ」
だいじょうぶ、と言う声は枯れていました。とその時、苦しげなうめき声が耳を貫きました。彼の命はもうほんの少しだったのです。もう一度歌おうとした少女はしかし、青年のどこに力があったのか、強く口を押さえられて叶いませんでした。
「——-、歌わないで。1人の女の子として、これからも生きて」
 少女の名前を呼んで、そう言い残した青年は静かに眠りについたそうです。

10/22/2023, 9:13:19 AM