ミヤ

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5/26/2025, 6:04:16 AM

"やさしい雨音"

全方位、揺り籠から墓場まで。
音からは決して逃げられない。
耳を塞いだとしても自分の中から生じる音は鳴り止まず、絶え間なくやってくる音の波に、何もかもが混ざり合って頭の中がぐちゃぐちゃに掻き回される。

気が狂いそうな程の、音に塗れた日常で。
それでも平気な顔をして過ごさなきゃならない。
だって、そう望まれたから。
それが、望まれた"普通"だから。

昔は聴覚過敏に対する理解なんてなかった。
今もまぁ、あんまり無いのかも知れないけど、遮音性の高いイヤホンやヘッドホンがあるだけマシだろう。
人前で耳を塞ぐことはみっともない、周りの人に失礼だと祖父母によく叱られたっけ。
正直言って、そんなの知るか、と思っていたけれど。
養われている状況下でそれは言ってはいけないことだと理解するだけの分別はあったから、諦めて全部に蓋をした。
感情を遠く、鈍くして、何も考えないように。
割れるような頭の痛みも、鼓膜を引っ掻かれるような不快感も、感じているのは自分じゃ無いと思い込むことでなんとかやり過ごしていた。

そんな日々の中で時折、ザァー、と雨が降った。
周囲一帯を覆う、ホワイトノイズ。
雨音に包まれて、世界全てが遠くなる。
そのひと時だけ、周りの喧騒から意識が遠ざかり、楽に呼吸できる気がした。

傘を僅かに傾け、鈍色の空から零れる無数の雨粒を眺めて、思っていた。
このまま僕自身の声も、存在も、ノイズとしてマスキングして消してくれたらいいのに、と。
きっと、それが一番の"普通"になる方法だと、本気でそう考えていたんだ。

5/25/2025, 12:16:25 AM

"歌"

窓辺に座り込み、彼女は小さく歌を口遊む。
優しい、愛しい、子守り唄。
童歌が唱歌に繋がり聖歌に至り、やがてクルリと一巡り。最後の一音の残響が消えたあと、もう一度最初から繰り返す。
お気に入りの曲を飽きることなく何度も、何度も。
彼女特有の紅い歌声で紡がれたそれらは、宝石のようにキラキラと瞬き降り積もっていく。

あの時、彼女は笑っていたのだろうか。
それとも泣いていたのだろうか。
こちらに背を向けて月を見上げる姿からは窺い知れなかった。

今でも鮮明に思い出せる。
まぁるい珊瑚のように転がり零れた言葉の粒を。
赤く、紅く染まり沈んでいく音の響きを。

5/23/2025, 3:44:29 PM

"そっと包み込んで"

今年も、暑がりと寒がりの壮絶な戦いが始まった。
エアコンの温度調整権を巡る水面下の熾烈な争いだ。
一気に室温を下げる者、容赦なくスイッチを切る者、さりげなく1℃ずつ温度を変えていく者。
人それぞれ、性格が出るよね。
ちなみに僕は上着を羽織って調整する派だ。
エアコンの温度には手を出さない。面倒だし。

今日もまた、ガンガンに冷やされた空気を前に争いの火蓋が切られる。
無言で羽織った薄手の上着が、ギスギスした職場環境に冷え切った心をそっと包み込んでくれた。

5/22/2025, 7:27:58 AM

"Sunrise"

ストラディバリウスの一つに、Sunriseという愛称を持つものがある。実物はアメリカのスミソニアン博物館にあるんだっけ。
3Dプリンターで構造を再現した楽器を作るという試みがあり、そのモデルとなったものがSunriseだった。公開された音色を聞いた際、同じ構造のはずなのに響きが違うように感じられたのが不思議だった。

技術の進歩は喜ばしいけど、名工の技術が大量生産されるような世の中になるのは味気ない。
職人さんが心血を注いで生み出したものには、やはり相応の特別さが宿っていてほしいと思ってしまう。

5/20/2025, 4:25:20 PM

"空に溶ける"

貴女が空に溶ける、その日までは
どうか笑って過ごせますようにと。
ずっと、そう願っていた。

選択肢は目の前に提示されていた。
たったひとつを捨て去れば楽になれると、早く解放してあげた方が貴女のためだと分かっていた。
でも、どうしても、それだけは出来なくて。

苦しくて喉を押さえる。
口から零れる音は言葉にならず、虚しく中空に溶けて消えていった。
みっともなくボロボロ涙を溢す僕に、病室のベッドの上で目を閉じた貴女は何も言ってくれない。
温かいままの手を握りしめて、ただ泣き続けた。

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