"20歳"
"子供ひとり育て上げるのにどれくらい費用がかかると思う?"
一時的にお世話になっていた施設を出ることになった際、最後に職員さんと話をする時間があった。
その時に言われた言葉だ。
院長と話す祖父母だという人達を遠目に眺めていた僕をひょいと抱え上げ、真っ直ぐに視線を合わせて、職員さんは言った。
"君一人を養うために、あの人たちがこれからどれほどの時間と金を費やすことになるのか分かるか。
どうしたって何かを諦めなければならないし、当然手に入るはずだったものは手に入らない。
いいか、そうさせるのは、君だ。
君が、あの人たちの可能性を喰い潰すんだ。
君が享受するのは、無償の施しではない。
当たり前のことでは決してない。
君がこれから得る全ては、あの人たちの血肉を喰らい、自由を、可能性を奪い取って得るものだと知りなさい"
"それでも、あの人たちは君を引き取ることを決めたんだ。
その心を無駄にすることは許されない。
衣食住、学費、その全ては君が負うべき負債だ。
君が望むが望むまいが関係なく、それらを返しきるまでは君には生きる義務がある。
だから、自分には生きる資格がないとか、死ぬべきだったとか、今更うだうだ考えるな。
自分の為には生きられないというのなら、あの人たちに恩を返すために生きなさい"
死者の分も背負って生きろと言われるよりも、
子供らしく厚意に甘えて生きなさいと言われるよりも、自分が周りに与える不利益を返済するまでは死ぬなと言われる方が、ずっと分かりやすくて。
正直、その言葉に縋っていたところがあったんだよなぁ。
だから、20歳の頃。
祖父に今までにかかった費用の返済を申し出て。
そして、烈火の如く怒られた。
怒られたし、殴られたし、泣かれた。
お前は今まで俺等のことをなんやと思ってたんや、と。
結局お前と俺等は他人でしか無いんか。
金銭のやり取りで精算できるようなやっすい繋がりしか持てんかったんか。
俺等は、お前の家族にはなれんかったんか、と。
あれはキツかったなぁ。
祖父が思うような意図はこれっぽっちもなくて。
ただ、負い目をなくしたかった。対等に見て欲しかった。ただそれだけの浅い思いで、それを言われた彼等がどう思うかなんて一切考えていなかった。
自分のことばっかりで、彼等の想いを無惨に踏み躙って、傷つけて。
本当に馬鹿だったなぁ、とあの頃の自分に思う。
"三日月"
三日月……crescent moon
……Luna crescente……croissant de lune
……クロワッサン食べたいなぁ。
帰りにパン屋さんが開いていたら、クロワッサンを買って帰ろう。
明日はカフェオレとクロワッサンで優雅な休日を始めてやるんだ。
"色とりどり"
先生の趣味は独特だった。
作業台の上に散らばる色とりどりのかたまりをジーッと眺めていると、"君は逃げないんだね"と言われたので首を傾げた。
"やってみるかい?"と道具を手渡されたけど、重すぎて取り落としてしまった。
"そりゃそうか、ごめんごめん"と苦笑して道具を拾い上げる先生の手は細くしなやかで、どこにあの無骨な道具を扱う力があるんだろうと不思議に思った。
色のかたまりから、少しずつ表面が削ぎ落とされていく。完全にバラけた所で、ようやく写真と同じものが見えた。まじまじと見つめていると、覚えなさい、と言われた。
逆算して、想像できるように。
形を、輪郭を、骨格を肉を神経を全てのピースを視界に焼き付けて忘れないように、と。
"君はぼくと同じ類いの人間だろうからね。これからも生き続けるというのなら覚えておいて損はないよ"と、先生は赤く染まった手を拭いながら僕に笑いかけた。
"雪"
冬晴れの日にひらひらと舞う風花は綺麗だよね。
雪を見るとテンションが上がるのはいくつになっても変わらない。
"幸せとは"
自分で決めるもの、かな。
背景が不幸一色でも、視点を限定すれば幸福だろうし。
他所からはどんなに恵まれて見えても、当事者が不幸だと言うのならそれは不幸なのだろう。
良かれ悪しかれ、考え方ひとつ。
なにを幸せと呼ぶのかは自分次第。
少なくとも無関係な他人にどうこう言われる筋合いは無いよな。