"Sunrise"
ストラディバリウスの一つに、Sunriseという愛称を持つものがある。実物はアメリカのスミソニアン博物館にあるんだっけ。
3Dプリンターで構造を再現した楽器を作るという試みがあり、そのモデルとなったものがSunriseだった。公開された音色を聞いた際、同じ構造のはずなのに響きが違うように感じられたのが不思議だった。
技術の進歩は喜ばしいけど、名工の技術が大量生産されるような世の中になるのは味気ない。
職人さんが心血を注いで生み出したものには、やはり相応の特別さが宿っていてほしいと思ってしまう。
"空に溶ける"
貴女が空に溶ける、その日までは
どうか笑って過ごせますようにと。
ずっと、そう願っていた。
選択肢は目の前に提示されていた。
たったひとつを捨て去れば楽になれると、早く解放してあげた方が貴女のためだと分かっていた。
でも、どうしても、それだけは出来なくて。
苦しくて喉を押さえる。
口から零れる音は言葉にならず、虚しく中空に溶けて消えていった。
みっともなくボロボロ涙を溢す僕に、病室のベッドの上で目を閉じた貴女は何も言ってくれない。
温かいままの手を握りしめて、ただ泣き続けた。
"まって"
雲ひとつなく晴れ渡った、暑い日だった。
朧げな記憶の底から引っ張り出した顔は、逆光で黒く染まって視線の在処すら定まらない。
一歩踏み出す。
引き摺られるようにして、更に二歩、三歩。
容赦なく照りつける太陽の下、ただ歩いて、歩いて。
何処へ行くのかと問うても返事はなく、痛い程こちらを掴んだ手が暑さと疲労に倒れることすら許さない。
その果てにどんな世界が待っているのかも知らずに、ただひたすらに歩き続けた。
"手放す勇気"
手放すということは、捨てるということだ。
いくら聞こえの良い言葉で飾っても、結局はそういう事だろう。
自分の事情と天秤にかけて捨てることを選んだのであれば、せめて振り返るべきでは無い。
自分の意思で手放したものを惜しむなんて、どれだけ傲慢なんだろうと思ってしまう。
"あなたのために"
"あなたを思って"
そんな戯言をのたまうくらいなら、口を閉じて大人しく憎まれる余地くらい残してやれ。
"光り輝け、暗闇で"
黒百合で飾られた幕開けだった。
淡々と演目を消化し、全ての演者が舞台に上がるその時を待つ。
愚かだと、今更だと人は言うかもしれない。
だけど、そうすることでしか自分を生かす方法が見つからないというのだから仕方が無いじゃないか。
常に淡い笑みを浮かべた人だった。
優雅な動作が似合う、丁寧に日々を過ごす人だった。
今、微笑みの奥には息を呑むほど鮮烈な色がある。
研ぎ澄まされた刀身が、昏い決意を宿して濡れたような輝きを放った。