ミヤ

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5/3/2025, 11:10:46 PM

"青い青い"

祖父は、彼女の命日には決まって正体を無くすほど酔い潰れた。
僕を横に置いて彼女の思い出話をするか、彼女の写真を前に延々と謝罪を繰り返すか。
僕は相槌を打ちながら、祖父に酒の代わりに麦茶を注いだり、つまみを勧めながら自分もこっそり食べたりするのが常だったのだけれど。
"お前の顔はあの子によう似とるわ。せやけど、その目だけはあのロクデナシと同じ色やな "
その日、ひどく酒に酔った祖父はそう吐き捨てたあと眠ってしまった。

祖父に毛布を掛けて部屋を辞した後、洗面所に向かった。しん、と静まった廊下を歩く度、奇妙なほど青に沈んだ空間に足音だけが鈍く反響した。
パチリ、と電灯を点けると、ジジジッという微かな音と共に白々しい光が広がる。
ぐいっと身を乗り出し、鏡に顔を映した。

鏡の中から無表情にこちらを見返す視線。
祖父とも祖母とも彼女とも色味の違う、光を透かすと青みがかって見える虹彩。
彼女が時折僕の目を覗き込んで泣いていたのはそのせいか。
彼女がずっと待っていた"あの人"。
最後まで迎えに来ることはなかった"あの人"。
それと、同じ色を持っているのか。

その事実がようやく飲み込めた時、衝動的に自分の瞳に指先を触れさせていた。
部屋にいない事を気にした祖母が探しに来なかったら、そのまま抉り出していたかもしれない。
昔から行動が極端なんだよなぁ。
病院で診察を受けた後、無事眼窩におさまる眼球に思わず舌打ちしてしまった。
真っ青になった祖父母にもう二度としないことを誓わされたけど、正直自信はなかった。
ただ、幸いと言うべきか、それから極度に視力が落ちたから眼鏡をかけることになった。
硝子を一枚挟んだだけでほとんど目立たなくなるんだから大したものだと思う。


こればかりは貴女に綺麗な色だといくら褒められても一ミリも好きになれなかった。

5/2/2025, 11:25:13 PM

"sweet memories"

昔から食べ物を貰う事が多かった。
和洋問わず、老若男女問わず。
飴やチョコレート、お煎餅といったお菓子系統から、おにぎりやパン等の主食系、惣菜系、畑で獲れた野菜や果物なんかもよく貰った。
そんなに食に困っているように見えたのかねぇ。
まぁそれほど食べる方ではないから大部分はそのまま横流ししていたけど。

貰ったものは全て検閲(祖父母)を通すようにと厳命されていた。問題がありそうな物は自分で判断出来る、と言ってもそこは頑として譲ってくれなかった。
食べ物をくれてもそれが良い人とは限らないよ、と。
簡単に懐いてついて行ったら駄目だからね、と。
祖父母からはいつも、何歳児だというような注意を懇々とされていた。

食べ物を貰う僕を、"餌付けされてる…"と表現したのは貴女だ。
僕をじっと眺めた貴女は、うむ、と重々しく頷いて、
"君は餌付けしたくなる雰囲気を醸し出しているからなぁ"と語った。
どんな雰囲気だよ。
最初期、貴女も事あるごとに飴を渡してきたこと、忘れてないんだからな。
渋い顔をする僕に、貴女は手元のケーキを一欠片差し出す。パクリと頬張ると、
"わたしの餌付けは成功したようだ"と、貴女はにんまり笑ってそう言った。

5/2/2025, 12:44:22 AM

"風と"

"月に叢雲 花に風"という言葉がある。
この言葉の中では、雲と風は折角の月や花を台無しにする邪魔者とされている。
その一方で、
" 雲のかかるは月のため 風の散らすは花のため
雲と風とのありてこそ 月と花とは尊とけれ"
という熊沢蕃山の歌がある。
ここでは、雲と風は月や花の存在を際立たせる名脇役だ。

何を邪魔と思うのかは人それぞれ。
まぁ、個々の生きている世界・見ている景色は違うから、当然感じることも違っているだろう。他人の考えを否定はしないけど、一概に肯定もしないよ。
だから無理に同意を求めないでほしい。
同調圧力って本当面倒だ。

5/1/2025, 4:29:47 AM

"軌跡"

軌跡とは、与えられた条件を満たす点が動いてできる図形(集合)のことをいう。
数学懐かしいなぁ。
ある1点からの距離が等しい全ての点の集合が円なんだよね。

そういえば、事件現場なんかで人垣ができる時って、なんでみんな大体同じくらいの距離を保って取り囲むんだろうね。そういう習性でもあるんだろうか。
中心の人物だけを残してぽっかり空いた綺麗な円形の空間がいつも不思議だ。

4/29/2025, 5:04:02 PM

"好きになれない、嫌いになれない"

"好きでもないし嫌いでもない"ものは、
いつだって笑って手放すことができた。
どうだっていいし、どうなってもいい。
感慨を抱く程の執着もなく、その根底に横たわるのはひたすらに無関心だけだった。

"好きになれないけど嫌いになれない"ものは、
簡単には切り捨てることができない。
ちょっとしたニュアンスの違いだけど、"なれない"と思ってしまっている時点で心が動いている証だろう。

貴女と接するようになってから、徐々にそういうものが増えていったように思う。
自分自身ではなんとも思わなくとも、
貴女が好きだと/嫌いだと言っていたなぁ、と気に留めるようになった。

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