ミヤ

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1/21/2025, 1:27:10 PM

"羅針盤"

彼女が間違えるはずがないと思っていた。
あの小さな部屋の中で教えられたこと。
うるさいことはいけないことで、
わがままを言うことは許されないこと。
"悪い子"は水に沈められても仕方がない。
その教えを疑ったことなんて一度も無かった。

学校に通うようになり、同年代の子供を初めて見た。
感情のままに振る舞う彼等を見て、
コレはなんなんだろう、と不思議に思った。

無邪気にわらい、はしゃぎ、大声を出して走り回る彼等が自分と同じモノだと思えなかった。
今まで耳にしたことがない音量の声に、自由気ままに立てられる音に、眩暈がして吐き気が込み上げた。
接する度に、自分とのズレを思い知らされた。
考え方の基点が違う。行動の尺度が違う。
まさか彼等が水に沈められたこともないとは思わなかったんだ。

でも、世間に求められるのは"子供らしい子供"で。
退屈だとか、お腹が空いただとか、可愛らしくおねだりしたり何も考えずに元気に主張できる方が正解なんだ。
人形のように静かに黙り込み、反抗もせず、言われなければ何時間でもじっとしている。
そんな不気味な子供はお呼びじゃない。

僕は欠陥品もいいところで、
世の中では彼等が圧倒的に多数派で正しい。
学年が上がるにつれ、何度も思い知らされた。
でも、今更どうすればいいか分からなかった。
正しい人間を指し示す羅針盤は、取り返しの付かないほど狂っていた。

1/20/2025, 2:58:01 PM

"明日に向かって歩く、でも"

生きることは素晴らしくて。
命は誰しも尊くて。
それが正しければ、良かったのにね。

物語が好きだった。
人をきちんと判別できるから。
当たり前のことを当たり前のように感じて。
当たり前のものを当たり前のように受け入れることができるから。
普通でも、異常でも、物語の中ならばその全てが正しくて。
現実とは違う世界で、常識すら異なる場所で、ここじゃないどこかで。
そこでなら、こんな僕でも
まともに生きていてもいいんじゃないかと思えたんだ。

貴女は僕にとって、物語そのものだった。
喜びも、怒りも、悲しみも、それらを表現する事も。当たり前を全部教えてくれたのは貴女だった。

明日に向かって歩く。
でも、なんのために?
きっと、貴女がいたら答えられただろうね。

1/19/2025, 11:55:13 AM

"ただひとりの君へ"

毎年、貴女の写真立ての前に白い彼岸花を捧げる。
よく見かける赤い花と違って、白い花はなかなか見つからない。同じ花ばかりを探し求める最近は、球根を買ってきて自分で栽培するかどうか検討中だ。

彼岸花は毒性が強く、手向けの花として適さないとされている。
だけど。
誰に不謹慎だと言われようが、きっと貴女だけはいつものように、にんまり笑ってくれるだろう。

いままでも、これから先も。
"思うは貴女ひとり"。

1/18/2025, 12:03:10 PM

"手のひらの宇宙"

宇宙ガラスというものがある。
小さな硝子玉の中に、螺旋状に輝く銀河とぽっかり浮かぶ極小の惑星が詰め込まれた芸術作品だ。
偶然入った展示会で見つけた瞬間、貴女は魅入られたようにガラスケースの前に立ち尽くし、随分と長い間その場を離れなかった。
普段は殆ど美術品に興味を示さなかった貴女が、あそこまで一つの作品に惹きつけられたのは、後にも先にあれだけだ。
出口近くで展示品の販売も行われていたが、値札を一瞥した貴女は力無く首を振る。
小さくとも"宇宙"を所有するには、それ相応の対価が必要だったのだ。

一年後、貴女の誕生日に小さな箱を渡した。
中を見た貴女は、瞳を輝かせて、いつまでもいつまでも手のひらの宇宙に魅入っていた。

1/17/2025, 2:31:17 PM

"風のいたずら"

着ぐるみから赤い風船を貰った子供が、目の前を走っていった。
親御さんと手を繋ごうとした際、あっ、と声がして風船が飛んでいくのが見えた。
風のいたずらか、木に絡まって止まった風船を見て、子供が泣いている。
親御さんは、それほど飛ばされずに済んで良かったと、すぐに取ってあげるからねと、子供を慰めていた。

空に溶け込むことも出来ず、中途半端な位置でゆらゆら揺れている風船。
木々の緑の中にポツンと混ざった赤がひどく場違いで、哀れに思った。

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