"羅針盤"
彼女が間違えるはずがないと思っていた。
あの小さな部屋の中で教えられたこと。
うるさいことはいけないことで、
わがままを言うことは許されないこと。
"悪い子"は水に沈められても仕方がない。
その教えを疑ったことなんて一度も無かった。
学校に通うようになり、同年代の子供を初めて見た。
感情のままに振る舞う彼等を見て、
コレはなんなんだろう、と不思議に思った。
無邪気にわらい、はしゃぎ、大声を出して走り回る彼等が自分と同じモノだと思えなかった。
今まで耳にしたことがない音量の声に、自由気ままに立てられる音に、眩暈がして吐き気が込み上げた。
接する度に、自分とのズレを思い知らされた。
考え方の基点が違う。行動の尺度が違う。
まさか彼等が水に沈められたこともないとは思わなかったんだ。
でも、世間に求められるのは"子供らしい子供"で。
退屈だとか、お腹が空いただとか、可愛らしくおねだりしたり何も考えずに元気に主張できる方が正解なんだ。
人形のように静かに黙り込み、反抗もせず、言われなければ何時間でもじっとしている。
そんな不気味な子供はお呼びじゃない。
僕は欠陥品もいいところで、
世の中では彼等が圧倒的に多数派で正しい。
学年が上がるにつれ、何度も思い知らされた。
でも、今更どうすればいいか分からなかった。
正しい人間を指し示す羅針盤は、取り返しの付かないほど狂っていた。
1/21/2025, 1:27:10 PM