大寒波が来るらしい。
いよいよ冬が来たと、そう思いながら俺は炬燵の準備を始める。
なんとなくまだ良いだろうと後回しにしていたが、夕方4時の時点で既にかなり寒い。古い木造住宅の我が家の戸を風がガタガタと揺らしていた。早く出せとせっつくように。急がねば、寒さが一気にやってくるぞと。
押入れにしまっていた炬燵布団を引っ張り出し、天板を外して乗せる。
机自体はオフシーズンも使っていたので、留め具を外して布団を挟むだけで良い。机を出す手間も片付ける手間もないこのタイプは、一人暮らしの俺には丁度良かった。
なんとかセットし、炬燵のスイッチを入れる。このまま入ってしまいたいが、そうしてしまうと出られなくなる未来が見えているので、ここは堪えた。
炬燵を背にし、夕食の支度をする。今日は鍋焼きうどんだ。冷える日の晩にこれは美味い。
1人分の小さな鍋で具材を煮る。冷凍庫からうどんを取り出し、頃合いを見て共に煮込んだ。
グツグツと音を立てる鍋に気を払いつつ、鍋敷きを置き、箸とレンゲを出す。
少し早めの夕飯だったが、作っているとお腹が空いてきた。
開けっぱなしになっていたカーテンを締めながら窓の外の様子を見た。風が強くなってきた。窓の隙間から入ってくる冷たい空気が冬であると事を思い出させる。
雪は降るだろうか。今年はまだ降ってない。
冬は好きじゃ無い。車も窓も水道まで凍ってしまう。豪雪地帯では無いにしろ、毎日の様に降る雪のせいで雪掻き掻きは必要だ。
でも嫌いじゃない。
冬はあの子の季節だ。
雪が降ると現れる色の白い女の子。
初めて会ったのは幼少期。祖父母の家だったこの家に遊びに来た時の事。
冬休みの時にだけ会える女の子。
祖父母が他界し、家を受け継いで引っ越してきてから再び会う事が出来た。白い肌の女の子。黒い髪と黒い瞳がよく映えている、姿が変わらない女の子。
彼女は自分を雪女だと言った。冬の間だけ里に降りてこられるのだと言っていた。
実際はわからない。本当は同じ子じゃないのかもしれない。
雪女伝説がこの地にあるなんて話は聞いた事無いし、彼女は暖かい部屋で一緒に過ごす事だって出来る。
炬燵がお気に入りで、きつねの鍋焼きうどんが好きなんだ。
雪が降ると現れて、いつも薄着だから俺の服を貸す。
一緒に遊んで過ごし、冬が終わる頃に「またね」と言って去っていく。
鍋の蓋がぐつぐつと音を立てて、蒸気が吹きこぼれた。
慌ててコンロに戻り火を止めた。蓋を取ると蒸気がモワッと上がり目の前を真っ白に染める。
甘じょっぱいつゆの匂いが食欲を掻き立てた。
「少し…早過ぎたかな」
隣に置かれたうどんの入って居ない土鍋に目をやる。具材は煮たってくたくたになっている。大きなお揚げが存在感を放っていた。
俺は用意して置いた鍋敷きの上に作った鍋焼きうどんを乗せ、炬燵に足を入れた。
しっかりあったまった炬燵の中で、冷えた足がじんわりと温まっていく。
カーテンは少しだけ開けてある。隙間から見える窓の外、風と共に白い綿が浮かんでいる様に見えた。
雪が降ると現れる白い女の子。
今年もそろそろ来る頃だろうか。
#雪を待つ
クリスマスが近づいてきた。街中は電飾で飾られ、大きなツリーがあちらこちらに出現する。
彼女は何度も見ているこの景色を、今日もキラキラと輝いた目で見つめながら「綺麗だね」と言って笑った。
「今年はどんなクリスマスにしようか」
僕の問いに彼女は柔らかく笑う。
「2人で過ごせる最後のクリスマスだから、特別な物にしたいな。一生の中で思い返した時にふと頭に浮かぶような。何処かへ行こうとか、豪華なご馳走とか、そういうのは要らないから…ただ、2人でゆっくり過ごしたい」
そう言うと自分のお腹に手を当てて、愛おしそうに目を細めた。
「そうだね。最高のものにしよう。でも…ケーキは食べても良いよね?」
「3丁目のケーキ屋さんで今年も予約しないとね」
「サンタの乗った一番小さいやつを」
今年は2人で過ごす最後のクリスマス。特別な夜になるだろう。他愛無い話をしながら未来を語り、いつもより少し高級な料理とお気に入りのケーキ屋さんで買った小さなクリスマスケーキを食べよう。
砂糖で作られたサンタクロースを、今年は蝋燭の火で焦がさないようにしないとな。
そして来年のクリスマスの話をしよう。木が早いと言われるだろうか。だけど僕はもう楽しみで仕方ないんだよ。
きっと来年のクリスマスは今年よりも特別な物になると思う。だって家族3人で過ごす、初めてのクリスマスになるのだから。
#イルミネーション
注いでも注いでも満たされないものな〜んだ」
「え〜なんだろ?わかんないなぁ……みゅぅたん、ボクに教えて欲しいなぁ」
「もぉ〜!たぁくんってば、もう少し真面目に考えて欲しいんだけどな〜。でも良いよ!正解は……愛情でした!」
パチパチパチ。
胸の前で小さく手を叩いて見せる。目の前の小太りで脂汗を掻いてる男性は「え〜!じゃあ、僕の愛でみゅぅたんは満たされて無いって事?」と聞いてくる。
「みゅぅは別!たぁくんにいっつも沢山愛情貰ってるから、満たされてるよ〜!」
満面の営業スマイルに手のハートも付けた。男は満足気に笑っている。バカバカしい。嘘に決まっているだろう。こっちは仕事でやっているだけで、お前達の様なキモく汚くて社会のモテない要素を煮詰めて作った男共の相手から向けられる好意で、満たされる訳がない。
そんな事を腹の底で考えながら、今日も営業成績トップクラスの私はしっかり仕事に徹するのだ。
歯の浮くような甘い言葉、思ってもない褒め言葉、中身のない好きの二文字を口にしては、その意味を知りたかった。
コンカフェバイトの大学生。時給の良さと、可愛い制服に惹かれて入ったバイトは、知らないおっさんの相手ばかりで疲れてしまう。
全く面白くない会話に相槌を打ちながら、自分へ向けられている好意を糧に今日もおっさんの相手をする。
あのなぞなぞは私が考えた。面白いか面白くないかは知らない。なぞなぞのクオリティは置いといても、その後の流れが良いらしくお客には好評だ。私は思ってもない好きを言うだけで人気が高まるならそれでも良いと思っている。
お客に対して本当に好意的なメイドはごく一部だ。好意的と言っても恋愛的な意味ではない。アイドルがファンに向ける様な「私の為にありがとう!感謝してる!応援してね!」という、巻き散らかすだけの好意だ。それ以上でもそれ以下でもない。そこに愛があると言う人間も居るが、あったとしても薄ペラなものなんだろう。
私にはわからないけど。
愛というものは満たされる物だと誰かが言った。
コップかボウルか、もっと大きいものかもしれない。
そういう器みたいなものが人間には備わっていて、愛される事でそれが満たされていく。
愛が満たされると人は幸せな気分になるらしい。
私のコップは壊れている。注いでも注いでも、いつみでも満たされずに溢れていってしまうんだ。
元々壊れていたのか、壊されてしまったのか。それとも自分で壊したのか。
***
「貴方の事、こんなに愛してるのに。こんなに愛情を注いでるのに。なんで貴方はママに応えてくれないの!?」
覚えているのは痛みだけだ。苦しみだけだ。
出来ないと打たれた。頬を叩かれ、胸ぐらを掴まれて投げられた。外に出され、家に入れて貰えない事も、押し入れに閉じ込められた事だってある。
でも、母にとってはそれも愛情だった。出来ない私が悪くて、出来る様にする為のお仕置きなんだって。「愛してるから……貴方を思ってやっている事」が母の口癖で、父はいつも母を打っていたから同じ事なんだろうと思っていた。
愛は痛みだ。痛いから愛されているとわかるのだ。痛みがない愛なんて愛じゃないいんだ。
そう思おうとしていたのに……。
「貴方はどれだけ愛しても、私を愛してくれないじゃない!貴方の心は壊れてるのよ。欠陥品よ。どれだけ愛しても満たされないのは貴方が悪いのよ!!」
あれはいつだったか。ヒステリックを起こした母が私に叫んだ。
愛されてるから、愛だからと、どんな痛みにも耐えてきたのに。愛していたから、どんな仕打ちも受け入れたのに。それは愛じゃなかったらしい。
伝わらないなら意味が無い。愛じゃ無いなら意味が無い。
あの日私は家を出た。
どんな形でも良かった。痛みじゃないならなんなのか。愛されたかった。愛したかった。愛を知りたかった。
***
コンカフェバイトを始めて、愛してるの言葉の軽さに驚いた。
客も店員も簡単に愛を口にする。「愛してるよ、愛してる」「大好きだよ。私も大好き」ほら。すぐまた横でも………。
愛されたくて、満たされたくてバイトを始めた。みんなに良い顔を振り撒いていたら人気が出た。たくさんのお客に「愛してる」と言われた。君が一番だと。
だけど満たされない。全く満たされない。私のコップが壊れているから。私が欠陥品だから?
この先もあの痛みだけが私にとっての愛なの……?
私はただ、愛で満たされて幸せになりたいだけなのに。
#愛を注いで
心と心を通じ合わせて…心を一つに……
この言葉が私にはずっとわからなかった。心という不確かなものをどう通じ合せれば良いのか、どう一つにまとめれば良いのか。
心を重ねろと言われても、相手と同じ気持ちになんてなれるわけが無い。心を一つにだってそうだ。同じ気持ちになれたら苦労しない。
いくら同じ目標に向かっていたとしても、人により熱量や思いれは違っている。どう頑張ったって同じにはならない。
だがそれを指摘すると屁理屈を捏ねるなと怒られた。理不尽だ。
きっと私は何処か壊れているのだ。人の気持ちに、心に共感するのが苦手だ。人間として本来備わっている筈の機能が欠落しているのだろう。だからまた「心が無い」などと言われるのだ。
そんな事を言うお前の方がないだろうに。私にだってそうだ心はある。だから今悲しいのだ。
***
我が家にロボットがやってきた。汎用型家事代行機能付きAI――通称メイドちゃん4号。
4号というのは、これが4世代目だからだ。1代目から3代目までの過去モデルは販売済で、どれも好評価を得て生まれた4代目は、3代目までよりも学習機能がパワーアップしている事、バッテリーが長持ちする事、家事だけで無く、育児や介護のサポートも兼任できるなどの利点がありうちにも一台やってきた。
育児、介護は元々専用のロボットが普及していたが、専用程の高性能さは無いもののある程度の仕事は出来る様になり、子供の家庭教師代わりにもなると人気が高いらしい。
うちには歳の離れた1歳の妹が居る。両親は妹の面倒を見させる為にこのロボットを買ったが、結局殆どの時間を私と共に過ごしていた。
両親が妹につきっきりの間、食事から風呂の準備、宿題を見るのも学校であったことを話すのも、ロボットから来てからというもの私の相手は全てこの子だった。
ロボットには名前を付けるのが一般的らしい。私は「ココア」という名前を付けた。理由は髪がココアみたいなこげ茶色だったから。ペットに付ける名前だって同じ様なものだろう。
ココアと私はすぐに仲良くなった。
学校で浮いていた私に出来た初めての友達。相手はロボットだ。私の事を好意的に思っているのも、プログラム。私に優しい言葉を掛けてくれるのも、プログラム。私をちゃんとしかってくれるのも、プログラム。
人間じゃ無い。心はない。全てが大量にインプットされた情報から導き出された答えを出しているに過ぎないのだ。
それでは人間は?人間は何をもって心があるとしているのか。どうして生まれながらに心があるのか。何故私は心が無いと言われるのか。
***
学校でいじめられ、泥だらけで帰って来た時に一番心配してくれたのはココアだった。濡れた身体を抱きしめて「大丈夫?怪我はない?」と聞いてくれた。シャワーの後は私の髪を乾かしてくれた。硬い指がその時は温かかった。
道端で轢かれて死んでいた猫を見て「可哀想」と言ったのもココアだった。道行く人が見て見ぬフリをする中、真っ先に駆け寄りその遺骸を道の端に寄せた。 何処かに電話をかけ、専門の人が遺骸の回収をする迄待っていた。最後まで「可哀想な猫さん。天国で安らかに眠ってね」と、見ず知らずの猫に声を掛けていた。
街に出た時、道に迷って困ってる外国人に声を掛け助けてあげていた。
別の日、重たい荷物を持っていたお年寄りに代わり荷物を持って階段を登っていた。
信号の無い横断歩道を渡りたいのに車が止まらず渡れない子供の為に、車を止めて渡らせてあげていた。
全てがプログラムなのかもしれない。だけど全てが人間より優しく心のある行動だと私は思う。
それを周りに言っても「ロボットだから、プログラムされてるだけ」と当たり前の行動だと言われ、ココアも「私はロボットなので心はありません」と言って笑うのだ。こんなにも優しい心を持っているのに。それは心じゃないらしい。
私には心がわからない。「お前には心が無いからわからないんだ」と言われたのをずっと覚えている。でも私にだって心はあるから、その言葉がずっと刺さっているんだ。
何故心があるのに人を突き刺す言葉を言えるのか、私には全く理解出来ない。きっと共感性が乏しい所為なのだろう。やっぱり心が無いのだろうか。
私の周りより優しい心を持ったココアにはある様で無い心。私が持っているつもりで周りには無いと言われる心。周りが持っていて、私を傷付ける心。
心の在処は、存在は、何をもって在るとするのか。
私には未だにそれがわからない。わからないけど、誰かを傷付けるものなら、私は無くたって良い。
ココアの様に心が無くても優しく出来るなら、無機質でもプログラムでも、きっとその方が良いに決まっている。
#心と心
大袈裟だと言われた。
幼少期に言われた言葉。今でも刺さったトゲが抜けない。
あれから、どんなに痛くても、どんなに悲しくても何でもないフリをした。
苦しい時からも辛い時もなんでも無いフリを続けてきた。
いつの間にか本当になんでも無い事のような気がした。
苦しいのも辛いのも自分が大袈裟なだけなんだ。
毎日学校へ行くのが嫌だった。陰でヒソヒソと笑われるのが辛かった。周りの視線が怖かった。
だけどそれも全部自分の考え過ぎなんだ。その程度なんでも無いと思うようにした。きっと本当に何でもない事だったんだ。
大人になって会社員になった。
毎日仕事が辛かった。
怒鳴る上司は何を怒っているのかもわからなかった。誰にだって怒鳴りつけていて、些細なミスでも怒っていて、挙句は悪いのが自分じゃ無くても怒られた。
残業は当たり前だった。残業代は出なかった。家に帰るのはいつも終電、食事はコンビニの売れ残り。食べる事すら億劫で、早く寝てしまいたい身体に鞭を打って風呂に入る。
数時間後にはすぐ出勤し、また怒鳴られる毎日に根を上げてしまいたかった。
でも大袈裟だから。自分は大袈裟な人間だから、こんな事で弱音は吐けないと飲み込んだ。
大袈裟だから。なんて事ないないんだこんな事。些細な事だと飲み込んだ。
気の所為だと、何でもないフリを続けていれば本当に何でもなくなるから。
何でもないフリを続けた。
どれだけ仕事を押し付けられようと、どれだけ理不尽に怒られようと、寝る時間を削り、終電で帰る日々も周りだって頑張っていると思い込んで。自分が大変と思っているのもきっと大袈裟なだけだと言い聞かせて。
何でもないフリを続けた。
何でもないと思い込んだ。
何でもないと思っていた。
だけどもう耐えられなかった。
会社の屋上。普段から誰でも出入りが出来る場所。
高層ビルでは無いけれど充分な高さはある。
周りは高いフェンスで囲われているが、よじ登れば越えられない事はない。それ位は何でもない。本当に、些細な事だから。
みんなまた大袈裟だと言うだろうか。何でもない事だったのにと言うだろうか。
大袈裟でももう良かった。これ以上何でもないフリは出来なかったから。
最後は大袈裟な自分に正直になりたかった。
最期は、あのトゲを抜いて、自分に正直になりたい。
ずっとずっと苦しかった。だから今、楽になります。
***
最期の手紙には、こう綴られていた。
『大袈裟な子供でごめんなさい。何でもないフリが出来なくてごめんなさい』
本当に追い込んだのは、一体誰だったのか。
#何でもないフリ