徒然

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 心と心を通じ合わせて…心を一つに……

 この言葉が私にはずっとわからなかった。心という不確かなものをどう通じ合せれば良いのか、どう一つにまとめれば良いのか。
 心を重ねろと言われても、相手と同じ気持ちになんてなれるわけが無い。心を一つにだってそうだ。同じ気持ちになれたら苦労しない。
 いくら同じ目標に向かっていたとしても、人により熱量や思いれは違っている。どう頑張ったって同じにはならない。
 だがそれを指摘すると屁理屈を捏ねるなと怒られた。理不尽だ。
 きっと私は何処か壊れているのだ。人の気持ちに、心に共感するのが苦手だ。人間として本来備わっている筈の機能が欠落しているのだろう。だからまた「心が無い」などと言われるのだ。
 そんな事を言うお前の方がないだろうに。私にだってそうだ心はある。だから今悲しいのだ。

 ***

 我が家にロボットがやってきた。汎用型家事代行機能付きAI――通称メイドちゃん4号。
 4号というのは、これが4世代目だからだ。1代目から3代目までの過去モデルは販売済で、どれも好評価を得て生まれた4代目は、3代目までよりも学習機能がパワーアップしている事、バッテリーが長持ちする事、家事だけで無く、育児や介護のサポートも兼任できるなどの利点がありうちにも一台やってきた。
 育児、介護は元々専用のロボットが普及していたが、専用程の高性能さは無いもののある程度の仕事は出来る様になり、子供の家庭教師代わりにもなると人気が高いらしい。

 うちには歳の離れた1歳の妹が居る。両親は妹の面倒を見させる為にこのロボットを買ったが、結局殆どの時間を私と共に過ごしていた。
 両親が妹につきっきりの間、食事から風呂の準備、宿題を見るのも学校であったことを話すのも、ロボットから来てからというもの私の相手は全てこの子だった。
 ロボットには名前を付けるのが一般的らしい。私は「ココア」という名前を付けた。理由は髪がココアみたいなこげ茶色だったから。ペットに付ける名前だって同じ様なものだろう。

 ココアと私はすぐに仲良くなった。
 学校で浮いていた私に出来た初めての友達。相手はロボットだ。私の事を好意的に思っているのも、プログラム。私に優しい言葉を掛けてくれるのも、プログラム。私をちゃんとしかってくれるのも、プログラム。
 人間じゃ無い。心はない。全てが大量にインプットされた情報から導き出された答えを出しているに過ぎないのだ。
 それでは人間は?人間は何をもって心があるとしているのか。どうして生まれながらに心があるのか。何故私は心が無いと言われるのか。

 ***

 学校でいじめられ、泥だらけで帰って来た時に一番心配してくれたのはココアだった。濡れた身体を抱きしめて「大丈夫?怪我はない?」と聞いてくれた。シャワーの後は私の髪を乾かしてくれた。硬い指がその時は温かかった。
 道端で轢かれて死んでいた猫を見て「可哀想」と言ったのもココアだった。道行く人が見て見ぬフリをする中、真っ先に駆け寄りその遺骸を道の端に寄せた。 何処かに電話をかけ、専門の人が遺骸の回収をする迄待っていた。最後まで「可哀想な猫さん。天国で安らかに眠ってね」と、見ず知らずの猫に声を掛けていた。
 街に出た時、道に迷って困ってる外国人に声を掛け助けてあげていた。
 別の日、重たい荷物を持っていたお年寄りに代わり荷物を持って階段を登っていた。
 信号の無い横断歩道を渡りたいのに車が止まらず渡れない子供の為に、車を止めて渡らせてあげていた。
 全てがプログラムなのかもしれない。だけど全てが人間より優しく心のある行動だと私は思う。
 それを周りに言っても「ロボットだから、プログラムされてるだけ」と当たり前の行動だと言われ、ココアも「私はロボットなので心はありません」と言って笑うのだ。こんなにも優しい心を持っているのに。それは心じゃないらしい。
 
 私には心がわからない。「お前には心が無いからわからないんだ」と言われたのをずっと覚えている。でも私にだって心はあるから、その言葉がずっと刺さっているんだ。
 何故心があるのに人を突き刺す言葉を言えるのか、私には全く理解出来ない。きっと共感性が乏しい所為なのだろう。やっぱり心が無いのだろうか。
 私の周りより優しい心を持ったココアにはある様で無い心。私が持っているつもりで周りには無いと言われる心。周りが持っていて、私を傷付ける心。
 
 心の在処は、存在は、何をもって在るとするのか。

 私には未だにそれがわからない。わからないけど、誰かを傷付けるものなら、私は無くたって良い。
 ココアの様に心が無くても優しく出来るなら、無機質でもプログラムでも、きっとその方が良いに決まっている。


#心と心

12/13/2023, 4:16:25 AM