良い事があった日はなんとなく「明日も良い気になる日がする」というプラスな思考を持てるのに、悪い事があった日は「明日もダメな気がする」と、マイナスな思考に陥ってしまう。
それが悪い事ではないと僕は思うが、人間どうしてこう後ろ向きに事を考えてしまうのか。
いつでも前向きにプラス思考で居られればどれだけ幸せだろう。今日はとっても良い日だった。きっと明日も良い日になる。そんな考え方が出来たら毎日明るいのではないだろうか。
しかし現実その考え方が出来るほど毎日が明るく幸せな日々ではない。悲しいかな毎日が暗く重たい辛い日々の積み重ねなのだ。
勿論そればっかりではない。楽しい事だってあって嬉しい事も起こり、1日を振り返った時に「良い1日だった」と思える日だってある。
だからこれは僕の体感なのだ。あくまで僕の主観による話。
ただ僕が今日1日を悪い日だったと結論付けているに過ぎないんだ。
本当は楽しい事も嬉しい事もあった筈なのに、それをその日起きた悪い事で掻き消してしまっている。トータルで悪い1日だったと、僕はそう結論付けているが本当にそうなんだろうか。悪い事が起こったのが良い事が起きた時よりも後だったからそう思っているだけではないか?今日起きた良い事は、今日起きた悪い事で掻き消される程のものだっただろうか。
1日を振り返った時。例えば良い事と悪い事との比率が同じだったとして勝つのはどっちだろう。
僕は悪い事、つまりは負の感情が勝つと思う。
恐ろしい事に負の感情というのは密度が大きい。同じ大きさだと思っていても、ずっとずっと大きく重たいものなのだ。
あぁ……なんと恐ろしい。負の感情が、暗闇が、良かった事まで掻き消してしまうなんて。
しかし、だからこそ良い事があった日は格別なのだろう。些細な事でも喜びを感じられるのではないだろうか。
専門的な事が僕にはわからない。わからないがそうなのだとしたら、毎日積み重なる悪い日も悪くないかもしれない。何故なら、それがあるからたまの良い日が更に良いものだと思えるのだ。
そしてきっと、明日も良い日になる筈だ、と。
#きっと明日も
衣替えの時期が来た。今まで来ていた黒い長袖のセーラー服はクローゼットへと仕舞われ、代わりにクリーニングのビニールがかかったままの夏服を取り出す。白いセーラー服。襟は黒で白の2本線。スカーフは冬が白で夏は黒に変わる。モノクロのセーラー服。
スカートは夏も冬も変わらず同じ。熱いったらありゃしない。黒は日差しを吸収するから余計だ。
モノクロのセーラー服が私はあまり好きじゃなかった。
衣替え。学校へ行くと皆白い制服に身を包んでいた。男子はブレザーを脱ぎ、女子は夏物セーラー服に。移行期間だからまだ冬服でも良いのだが、最近暑かったせいか誰も冬服は着ていない。みんな長袖セーラー服。まだ半袖を着ているのはほんの数人だ。暑いからと半袖を着てきたのだが、若干目立って恥ずかしい。
私は一番後ろの角の席。教室全体が見渡せる席。ここからみんなの後ろ姿を見ると圧巻だ。
白いセーラー服に黒い襟。髪も黒くてモノクロ。スカートも黒くて間に挟まれた白が良く映える。靴下は黒。上履きは白。まるでオセロみたいだなと、1人で笑ってしまった。
黒いセーラー服は好きじゃ無い。暑くて、地味で、つまらないから。せめてスカーフが赤とか緑だったらどんなに良かったか。この色が役にたつのなんて、葬式の時位だろう。そんな風に思っていた。
けれど、黒と白だから。たったの2色しか無いからこそ生まれる発見があるのだと、ふと思ってしまった。
冬服はほとんど黒でスカーフが白。まるでツキノワグマ……いや、カラスかな。夏服はオセロの様で、白の割合が多いからパンダかもしれない。
そんな風に考えたら、このモノクロなセーラー服も悪く無いかもしれない。
半袖から覗く肌の色。テニス部の子は既によく焼けて黒くなっている。これから夏に向けてどんどん黒くなっていくんだろう。去年は日焼け具合を同じ部活の子と比べていた。日差しチャートなんて呼ばれていたな。制服が白いから余計にわかりやすい。
そう考えたらやはりモノクロなセーラー服も悪く無いかもしれない。
窓から風が入ってくる。半袖は流石にまだ早かったようだ。ニットベストをバッグから取り出し被り、スカーフをベストの胸元から出す。
学校で指定のカラーは無い。スカーフが黒いから、ベストやカーディガンの色を選ばないのも利点かもしれない。
そうだ。案外モノクロのセーラー服も悪く無い。悪く無いな。
学校が終わり帰路へと着く。今日は駅に用事があるので家とは反対方向へと向かっていた。駅方面へ進むと他校の生徒が増えてくる。何処も今日から衣替えだったのだろう。夏服の生徒で溢れている。
ふと目に留まった青いセーラー服。あそこの学校の夏服は冬服と色が変わって可愛い。
あっちのセーラー服の学校は冬服と夏服で色が変わらないが、元々のセーラー服の色が紺色だ。スカーフも赤色で可愛い。
隣の芝生は青いというが、他所の学校のセーラー服を見てしまうと自分の学校のセーラー服はどうも地味に見えてしまう。
モノクロのセーラー服。響きは良いが見た目はダサい。やっぱり私はこのセーラー服が好きにはなれなさそうだ。
#半袖
星空の下で
君が踊る
星の瞬きが
音楽なのだと君は云う
星空の下
音の無い世界
暗闇の中
僕らだけの世界
世界がどうだとか
未来がどうだとか
そんな事今はどうでも良い
僕らの明日がどんなものか
宿題がどうとか
進路がどうとか
ちっぽけに思える悩みで
押し潰されそうになる毎日も
長い人生の中で見たら
きっとほんの小さなカケラでしかない
この夜空に輝く小さな星の様に
視認できるかもわからないカケラみたいな星
でもそれぞれが輝いているから
照らしている
きっとそうなんだろう
僕らにとっての大きな悩みは
いつか大きな世界の小さな悩みに変わっていく
でも今はまだそんな風に考えられないから
こうして踊るんだろう
月のスポットライトに照らされて
星が奏でる音の下で
今だけは僕らは自由だ
全てがいつかあの星の様に輝ける様にと
そう願いながら
祈りながら
#星空の下で
好きじゃない。本当は全然好きじゃない。だからすぐにやめられるし、今だってこれを吸い終わったら残りをゴミ箱に捨てることだって出来る。だって好きじゃないから。なんなら嫌いな位だ。
嫌いだよ。タバコなんて。大嫌いだ。
臭くて、煙くて、喫煙者に人権は無い。百害あって一利なしとはよく言ったものだ。身体に毒で、吸ってる本人より周りの方が害を被る。最悪な嗜好品だ。
嫌いだ。そう。嫌いだ。好きじゃないなんてもんじゃない。嫌い。嫌い。大嫌い。タバコなんて大嫌いだ。
何度も辞めようと思った。何度もゴミ箱に捨てた。
虚しくなって、嫌になって、空っぽになったタバコの箱を見る度に、君がもう居ない事を思い出すから。
コンビニに走って、18番を頼む。君の吸っていた銘柄。私にはちょっとキツイ。タバコが苦手だから、口に煙を含んでも、肺まで入れない。口に含むだけでも臭くって、苦くって。
むせ返るタバコの匂いに、それでも安心感を得てしまう。ダメな女。恥ずかしい女。未練がましいったらありゃしない。
君が他の女と寝ているのを見てしまった。
腹が立って、近くにあった目覚まし時計を投げたら、君の頭に当たって怒鳴られた。怖かったけど、怒鳴り返して、脱いでた服を外に放り投げてやった。女のハイヒールも、ブラも全部。
窓の外じゃなく、廊下にしてあげたのは優しさだ。夜中だったし、誰も見てないだろう。わかんない。私たちの喧嘩する叫び声でお隣さんは起きてたかな。今となってはどうでも良い事だ。
クズ男だった。ヒモで、私が居ないとダメで、私が支えていた。そう思っていた。
浮気だって知ってた。見ないフリをしていただけ。現場を見ちゃうと許せなかった。溜まっていた怒りが爆発して、とめられなかった。
あれから君は帰ってこない。当たり前だ。別れたんだから。
連絡一つ寄越さない。当たり前か。私は金ヅルだったんだから。
虚しさしか残らなかったのに。別れて正解だったのに。君の残したタバコの匂いに縋っている私は惨めだ。
最後の一本に火をつけた。今度こそ、本当にこれで辞めるんだ。
タバコは好きじゃなかった。でも、君が吸っているのを見るのは好きだった。タバコを吸う君の横顔が、タバコ臭い君の体臭が、タバコを吸う仕草が、指が、口元が。タバコで苦いキスの味が。全部好きだった。好きだったんだよ。
もう全部無いけれど。このタバコの煙のように白いモヤでかき消される。思い出だったのだと消えていく。
タバコが燃えて残るのは、燃えカスと吸い殻だけ。
でも、私は吸い殻になんてなりたくないから。このタバコと一緒に君との思い出も燃やしてしまうんだ。燃えカスになった思い出に興味は無いし、
吸い殻はキチンとゴミ箱に捨ててしまえる女だから。
タバコが燃え尽きる。長く息を吐き出す。苦くて臭い白い煙を吐き出した。灰皿に押し付けて、思い出も一緒に消火して。
ゴミ箱へ捨てた。灰皿と一緒に。
もう君も、君の思い出も要らないから。
#好きじゃないのに
大人になって出来なくなった事。子供だからできた事。沢山ある。
思い返した時に子供だから出来たことは
意外と少なくて、大人になって出来ない事って案外ないんよ。やらなくなってしまっただけでさ。
そう溢した君の横顔に、なんの意味があるのか戸惑いながら「そうかもな」と答えた。
君はまたニヒッ。と笑った。
***
君はいつも、歯を見せて、目を細めて、何か企むような笑顔を見せる。実際何か企んでいて、それはロクでもない事だ。
今日もその笑顔に僕はため息を吐く。
また振り回されるのだと。わかっていながらも、内心では楽しんでいる自分も居て。君に振り回されるのも悪くない。だって、僕の知らない僕の一面を見せてくれるから。
深夜の住宅街。酒缶片手にコンビニのビニール袋下げた君に連れ出されて歩く道のり。
街灯が照らす暗闇は、まだ肌寒い春風に揺れる桜の木。
君は前を歩き続ける。現れた公園の入り口から中に入ると、袋から何かを取り出した。小さい何か。
街灯の下へと向かう。袋から出した丸く黒い塊を僕に見せニヤリと笑うと、ポケットから取り出したライターで火をつけ地面に置いた。
次第にムクムクと大きく伸び始める黒い何か。しばらくするとそのまま止まった。
「なにこれ」
「知らない?」
「知らない」
「ヘビ花火」
「花火?これが?」
「うん」
「うんこじゃん」
「ヘビだよ。ウケるべ?」
「ウケねぇよ」
何処が楽しいかわからない僕に「わかってないなぁ」とボヤく。
まだ何か入っているらしいポリ袋から今度はメントスを取り出した。ブドウ味だ。
外がカリッとしているチューイングキャンディ。昔店の端にあるゲーム機で取ったのを良く食べていた。止めた数字の数だけ出てくるやつだ。懐かしい。
そんな事を考えている僕の横で封を開けると、君は僕に突き出してきた。
「食う?」
「貰う」
一粒貰い口に入れる。舐めると甘ったるいブドウの味が口全体に広がった。
君も一粒口に入れるとバリバリと噛み砕く。食べ方は人それぞれだが、そういえば君は飴もよく噛んでいたと思い出した。飴を共に食べるなんて事、もう無くなったから。
次に袋からコーラを取り出す。それを見て嫌な予感を覚えた。
キャップを開けると案の定そこに大量のメントスを入れ、急いでキャップを締める。
そして思いっきり振ると、キャップを開けるが早いか、赤いキャップを吹っ飛ばし、黒い液体が空高く吹き出す。
慌てて避けたが間に合わず被ったコーラのせいで、身体はベタベタ。手にペットボトルを持っていた君は盛大に浴び、頬を黒い液体が滴っていた。
「フッ………ハッハ……アハハハ!!!!」
腹を抱えて堪える事もなく大声で笑う君に釣られて僕も笑う。不意打ちを喰らい、身体がベタついた事も、服が汚れた事も今はどうでも良かった。
ただ、こんなしょうもない事が、バカみたいな行為が、楽しかった。
「はぁ〜あ。笑った。笑った。じゃ、お前んちで風呂貸して。今日泊まるから」
「は?泊まるって荷物……あ」
「そういう事」
うちに呼びに来た際置いていった大きなリュックは泊まり道具だったんだろう。なんとも準備が良い。最初からそのつもりで家に来たというのか。終電はもうないが、歩いて帰れない距離でもないだろう。
「一緒に風呂入ろうぜ」
「嫌だよ。大体家の風呂そんなにデカくないって」
「水鉄砲も買ってきたからさ」
「尚更無理だろ!男2人で入れる訳ないだろ!」
「やってみなきゃわかんないだろ〜。ほら行くぞ。文句言ったってお前はやる奴だって知ってっからさ」
君は僕を置いてさっさと公園を後にする。いつの間にかヘビ花火の残骸も片づけていて、残ったのはコーラで濡れた土だけだった。
「うわぁ。身体ベタベタ。しかも濡れてさみぃの」
「バカだろ」
「うるせ、楽しかったべ?」
「……ちょっとな」
「素直じゃないねぇ」
君の吐く息がまだ白かった時期の事を思い出す。僕が仕事で落ち込んで、自暴自棄になってた時だ。
あの日も君は僕を連れ出して、公園に積もった雪で雪合戦をしたんだ。2人きりで。
あの時も深夜だった。終電間近に大きな荷物を持ってやってきて、断る僕を引っ張り出して連れて行った。
雪と汗でびしょ濡れになって、凍えながら帰った後、風呂に入ってカップ麺を食べたんだ。君が買ってきてくれたやつ。
あぁ、そうだ。そうだったな。あの時君はこう言ったんだ。「たまには大人もバカみたいな事して良いんだぜ」って。それでぼくは……。
星空を眺めながら歩く君の横顔を見る。
「上ばっか見て歩いてるとつまづくぞ」
「鼻水垂れそうだから下向けねんだわ」
「……ばか」
「うるせ。大人だってたまにはバカなんだよ」
そう言う君の横顔は笑っていた。僕も釣られて笑って、心の中でありがとうと言った。
直接伝えるのはもう少し待って欲しい。僕もバカにならないと、恥ずかしくて言えないから。
#バカみたい