結城陽毬と陽景は正反対の双子だった。
人懐っこく誰にでも好かれ友達の多い陽毬と、人見知りで無口いつも本ばかり読む陽景。名が体を表していると揶揄するものも居る程に。
事実陽毬は陽だまりの様に温かく朗らかな一方、陽景は冷たく暗い印象を与えた。
陽毬は成長と共に交友関係が広がっていった。それは通っている学校の学生に留まらず、他校の生徒や保護者にまで。皆が陽毬を頼りにし、皆が陽毬に寄っていった。温かく優しい気持ちになれるから、明るくて眩しくてその光の下に居たいと思ったから。
反対に陽景の交友関係は広く無かった。同級生や後輩に知り合いは居るものの、特別仲の良い友人はごく僅か。相変わらずクールに我が道を行き、誰も近付こうとはしなかった。教室の片隅で1人本を読み、ふらっと何処かへ消えている。ミステリアスといえば聞こえは良いが、一部では不気味だと囁かれていた。それでも陽景は変わらなかった。
ある時陽毬は失態を犯した。決して特別な事ではない、誰もが犯すような失敗だった。けれど、陽毬にとってそれは大きな問題で、周りの人間は陽毬に失望した。あんなに輝いていた太陽が海の向こうへと沈んだ瞬間だった。
日景はそれでも1人だった。
そんなある日の事だった。誰も寄らなくなった、光を失った陽毬が陽景の所へと来た。片割れである陽景の所へ、自ら歩み寄っていった。それまで見向きもしなかったのに。
「ねぇ、陽景。もう一度私を照らして頂戴。」
陽毬が言った。
「私は貴方が居なくてはいけないのよ。貴方が居るから私が輝けるの。陰がなくては陽だまりとは呼べない。私をまた明るい太陽の光にして頂戴。」
陽景は読んでいた本を閉じて陽毬の方を向いた。笑ってはいないが怒ってもいない。無表情なのに冷たくて、けれど不思議と安らぎを与える表情だった。
「何をそんなに焦っているの?陽だまりにずっと居ては人は疲れてしまう。たまには日陰でゆっくり休む事も必要なのよ。」
陽景が言った。
「でも休んでしまっては、人は陽だまりを忘れてしまう。私が照らさなければ、私が温かく無ければ、人は私を求めなくなるわ。だからお願い、陽景。私を照らして。今までの様に私のの影になって頂戴。」
陽毬は声を震わせながら陽景に縋りついた。
陽景はそんな陽毬の頭を撫でてこう言った。
「貴方は疲れているのよ。大丈夫、誰も貴方を忘れたりしないわ。少し日陰で休めば良い。人は陽射しを浴びるだけでは生きていけないの。たまには陽景で一息つく事も必要なのよ。そして、しっかり身体を休めれば、また陽射しの下へと向かうのだから。」
陽景は優しく陽毬の頭を撫でながら、冷たくも心地良い声で言う。
「本当に?本当にまた、戻って来るかしら。」
陽毬はまだ不安そうに訊ねる。
「大丈夫よ。大丈夫。だから今はお休み。ゆっくり休めば、また温かい陽だまりになれるのだから。」
陽景はそう言って陽毬の目が閉じるまで優しく頭を撫でた。
太陽が眠りにつき、陰はクスクスと笑いだす。
「最後に全てを呑み込むのは陰だというのに。陽は落ちた。そう、陽は……堕ちた。」
結城陽毬と陽景は正反対の双子だ。けれど本当は似たもの同士の双子。正反対に見えてとってもよく似た双子だった。
声も顔もよく似ている。柄の好みは一緒なのに、色の好みは正反対。よく似ていて全く合わない双子の少女。
少女はある日自分が目立ちたいと陰を蔑ろにした。自分が輝けば、陰など全てかき消せると信じて。
少女はある日気が付いた。片割れが自分を掻き消そうとしている事に。けれど知っていた。光が輝く為には陰が必要だという事を。陰が無ければ光が光であるかもわからないと。
だから少女は待っていた。いつかその日が来る時を。太陽は必ず沈むもの。最後に訪れる真の闇を日陰として、彼女の影として待ち続けた。
彼女は勝利した。さて、陰に呑まれた太陽が再び輝く日は来るのだろうか。
#日陰
1/30/2025, 10:05:13 AM