徒然

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 注いでも注いでも満たされないものな〜んだ」
「え〜なんだろ?わかんないなぁ……みゅぅたん、ボクに教えて欲しいなぁ」
「もぉ〜!たぁくんってば、もう少し真面目に考えて欲しいんだけどな〜。でも良いよ!正解は……愛情でした!」

 パチパチパチ。

 胸の前で小さく手を叩いて見せる。目の前の小太りで脂汗を掻いてる男性は「え〜!じゃあ、僕の愛でみゅぅたんは満たされて無いって事?」と聞いてくる。

「みゅぅは別!たぁくんにいっつも沢山愛情貰ってるから、満たされてるよ〜!」

 満面の営業スマイルに手のハートも付けた。男は満足気に笑っている。バカバカしい。嘘に決まっているだろう。こっちは仕事でやっているだけで、お前達の様なキモく汚くて社会のモテない要素を煮詰めて作った男共の相手から向けられる好意で、満たされる訳がない。
 そんな事を腹の底で考えながら、今日も営業成績トップクラスの私はしっかり仕事に徹するのだ。
 歯の浮くような甘い言葉、思ってもない褒め言葉、中身のない好きの二文字を口にしては、その意味を知りたかった。

 コンカフェバイトの大学生。時給の良さと、可愛い制服に惹かれて入ったバイトは、知らないおっさんの相手ばかりで疲れてしまう。
 全く面白くない会話に相槌を打ちながら、自分へ向けられている好意を糧に今日もおっさんの相手をする。
 
 あのなぞなぞは私が考えた。面白いか面白くないかは知らない。なぞなぞのクオリティは置いといても、その後の流れが良いらしくお客には好評だ。私は思ってもない好きを言うだけで人気が高まるならそれでも良いと思っている。
 お客に対して本当に好意的なメイドはごく一部だ。好意的と言っても恋愛的な意味ではない。アイドルがファンに向ける様な「私の為にありがとう!感謝してる!応援してね!」という、巻き散らかすだけの好意だ。それ以上でもそれ以下でもない。そこに愛があると言う人間も居るが、あったとしても薄ペラなものなんだろう。
 私にはわからないけど。


 愛というものは満たされる物だと誰かが言った。

 コップかボウルか、もっと大きいものかもしれない。
 そういう器みたいなものが人間には備わっていて、愛される事でそれが満たされていく。
 愛が満たされると人は幸せな気分になるらしい。

 私のコップは壊れている。注いでも注いでも、いつみでも満たされずに溢れていってしまうんだ。
 元々壊れていたのか、壊されてしまったのか。それとも自分で壊したのか。

 ***
 
「貴方の事、こんなに愛してるのに。こんなに愛情を注いでるのに。なんで貴方はママに応えてくれないの!?」

 覚えているのは痛みだけだ。苦しみだけだ。
 出来ないと打たれた。頬を叩かれ、胸ぐらを掴まれて投げられた。外に出され、家に入れて貰えない事も、押し入れに閉じ込められた事だってある。
 でも、母にとってはそれも愛情だった。出来ない私が悪くて、出来る様にする為のお仕置きなんだって。「愛してるから……貴方を思ってやっている事」が母の口癖で、父はいつも母を打っていたから同じ事なんだろうと思っていた。
 愛は痛みだ。痛いから愛されているとわかるのだ。痛みがない愛なんて愛じゃないいんだ。
 そう思おうとしていたのに……。

「貴方はどれだけ愛しても、私を愛してくれないじゃない!貴方の心は壊れてるのよ。欠陥品よ。どれだけ愛しても満たされないのは貴方が悪いのよ!!」

 あれはいつだったか。ヒステリックを起こした母が私に叫んだ。
 愛されてるから、愛だからと、どんな痛みにも耐えてきたのに。愛していたから、どんな仕打ちも受け入れたのに。それは愛じゃなかったらしい。
 伝わらないなら意味が無い。愛じゃ無いなら意味が無い。

 あの日私は家を出た。
 どんな形でも良かった。痛みじゃないならなんなのか。愛されたかった。愛したかった。愛を知りたかった。

 ***

 コンカフェバイトを始めて、愛してるの言葉の軽さに驚いた。
 客も店員も簡単に愛を口にする。「愛してるよ、愛してる」「大好きだよ。私も大好き」ほら。すぐまた横でも………。

 愛されたくて、満たされたくてバイトを始めた。みんなに良い顔を振り撒いていたら人気が出た。たくさんのお客に「愛してる」と言われた。君が一番だと。
 だけど満たされない。全く満たされない。私のコップが壊れているから。私が欠陥品だから?

 この先もあの痛みだけが私にとっての愛なの……?
 私はただ、愛で満たされて幸せになりたいだけなのに。

#愛を注いで

12/14/2023, 3:52:29 AM